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短編集20(過去作品)

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 ネクタイを付けずに駅までの道を歩くなど、実に久しぶりである。それだけ最近は仕事に集中していて、休日であってもあまり出かけた記憶がない。あっという間に過ぎてしまう休日に身体を任せているのだ。
――あまりいい傾向ではないな――
 思わず苦笑してしまった。しかし、久しぶりに駅までのラフな恰好、久しぶりという感覚がないのはなぜだろう。ゆったりとした気分は間違いなく久しぶりである。まわりの駅まで急いでいるサラリーマンを見ていると、動きが滑稽に見え、
――あれが普段の私なのか?
 複雑な想いが頭を巡る。普段では絶対に考えないことであって、それもそのはず、急いで歩いている時には、まわりの人など気にならないからだ。ある意味、今の自分が寝ぼけたような顔になっていないか、そっちの方が気になっていた。
 途中商店街を通るのだが、ショーウィンドウで自分の顔を見ていた。あまりはっきりと写らないが、それほど変な顔ではなさそうだ。じーっとショーウィンドウを覗いている私を見て、周りの人はどう思うだろう? いや、普段の私のように誰も気付かないのではなかろうか。
 駅に着いて切符を買う。実に久しぶりだ。いつもは降りる時だけにしか使わないプラットホーム、いきなりほとんど知らない光景が飛び込んでくるに違いない。
 ビルの谷間ばかりを眺めながらの通勤風景も、いい加減飽きてきた。しかし、今から乗る路線は、進めば進むほど広がっているのは田舎風景のはずである。次第に乗客も減っていくだろう。乗り込んだ今でさえ、それほどの客がいないのだ。
 静かに滑り込んでくる電車に乗り込むと、かなりの人が降りてくる。この駅はサラリーマンというよりも学生が多く、高校、大学と五つの学校を利用する学生で入り混じっている。
――さぞかし電車の中はうるさかったことだろう――
 友達との話し声、利用してはいけないにも関わらず気にせずに使っている携帯電話での会話の声、聞き苦しい以外の何ものでもない。高架になった駅なので、改札へと降りていく階段に殺到する学生が完全に軍団化している。他人事とは言え見るに耐えないものだ。
 中に入ると、まばらに人がいるだけで、一気に平均年齢が跳ね上がっていることは見るからに分かった。老人専用電車ではないかと思えるほどで、考えてみればここから先は、目立った会社も学校も何もないところだった。私の住んでいる街が、いわゆる都会の端にあたり、通勤のベッドタウンとして、学生街として発展した、ある意味おしゃれな街なのだ。
 私を乗せた電車がゆっくりと走り出す。車両の一番後ろの席に腰掛けた私は、まばらな乗客の行動を一目で見れるところに無意識に座っていたのだ。
 電車が走り始めて途中から単線に変わっていた。どこから変わったのか気がつかなかったが、離合する電車の待ち合わせがあるというアナウンスが頻繁に聞かれるようになったからだ。
――急ぐ旅でもないし、ゆっくりいくか――
 まさしくその通りである。時刻表を見て二時間も掛かるのを考えると、なるほど離合での時間待ちも納得がいく。
 そのうちに一時間もすると目の前に広がる海岸線、どうやら海水浴場のある街までは、少なくともこの海岸線を左に見ながら走ることになりそうだ。
――やはり波が高いな――
 これが第一印象だった。普段の海を知っているわけでもないのにそう感じるのは、やはり誰もいない海というイメージが男らしさに結びついているからかも知れない。水面を照らす太陽が、乱反射を起こし私の目に容赦なく飛び込んでくる。それでもしばらくは水平線から目が離せなかった。
――何か忘れていたものを思い出しに来たような気がする――
 不思議な感覚は続き、目的地が近づいていることを忘れさせるほど、目の前の光景を眺めていた。集中しているというより、漠然と眺める方が、目が離せないものなのかも知れない。
 秋の海というのを思い浮かべてみた。
 冬に海に一度行ったことがある。それは友達の車に便乗してのことであるが、男二人と女性二人だったのだが、アベックだったのは友達の方で、私はその時の女性とは初対面だった。
 友達の彼女が明朗活発な性格のわりには、友達というのは無口で、少し暗めの娘である。何か話しかけようものなら、下から睨みつけられそうな雰囲気すらあった。細めで少し攣り上がり気味の目が、そんな感じを漂わせているのだろう。
――よく見ると美人なのだが、惜しいな――
 なるべく初対面の相手には、長所を探してあげることを心掛けている私だったが、さすがにその表情には抵抗があり、ガードの固さは簡単にはぶち破れないだろうと感じていた。
 性格的な美人なら簡単に話ができるが、性格を閉ざしているのではなかなか最初の一言のきっかけが難しい。最初の一言ですべてが決まるような気がするからだ。彼女、名前を真由子といった。それだけは自分の口から教えてくれたのだ。背が高くてスリムな真由子は、ストレートで綺麗な髪が背中まで伸びていた。美人に見えるのは、外見に雰囲気がピッタリ合って見えるからかも知れない。
 女友達が何とかフォローするかのように話しかけるが、真由子は適当に答えるだけで、自分から話題の提供などもない。友達とですら会話が二言三言で終わるのだから、初対面の私が会話に入る余地を見つけるのは困難を極めた。
 きっと、女友達は友達思いな人で、何とか真由子の心を開かせてあげようと、私の友達でもある彼に相談したのかも知れない。しかしその白羽の矢がなぜ私に向けられたのだろう、私もそれほど彼とは親密な仲ではなかった。
 逆に親密でないからよかったのかも知れない。新しいカップルができて、それがこじれたとすれば、あまり親密な友達なら亀裂が走ってしまう。最初からそれほど親密ではないやつを薦めておけばこじれても、あとくされなく済ますことができるからである。
 よく考えたら、その友達はそれくらいの計算のできるやつで、付き合っている彼女とも、打算的な付き合いをしているのではないかと疑いたくもなっていた。いや、男の目から見たのと女性の目から見たのでは明らかに目線が違う。きっと彼女は友達のクールなところに惚れているのかも知れない。
 そんな時に連れて行かれたのが冬の海である。
 なぜ冬の海などに行ったのかというと、行きたいと言い出したのは真由子だった。
「どこ行こうか?」
 一応主催の友達が、ハンドルを握り、エンジンをかけながらそういうと、
「私、海が見たい」
 ボソッとではあるが、間髪いれずに真由子が返事を返したのである。
 それを見て、
――真由子は暗い性格であるが、自己主張は強そうだ――
 と思った。まったく話をしないよりも幾分かマシだった。しかしそれにしてもいきなり冬の海を見たいとは、私を含め、三人はそれぞれ顔を見合わせてしまっていた。
 私が真由子に感じた思いは、
――美しいものがまわりにあることで、さらに美しく輝く女性だ――
 ということである。そのままでも十分美しいイメージであるし、そんな彼女をひき立てることで、まわりの景色もさらに美しく感じることができるだろう、いわゆる相乗効果というやつなのだ。
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次