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短編集20(過去作品)

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 何となくそんなことを言ったような気がする。何か仕事に成功でもしたのか、プロジェクトが成功したかのような記憶だけが残っている。後の会話の内容まではほとんど覚えておらず、かなり酔っていたのかも知れないと思ったが、それだけ彼女たちと呑むのが楽しかったのだろう。
 それまで女性と一緒に呑むなどということはあまりなかった。それだけにかなりはしゃいだという記憶が残っている。
 普段はゆっくりと呑む私が、その日はきっと普段よりピッチの早かったことだろう。それだけに時間の感覚はおろか、会話の内容もハッキリと記憶していない。私にしては珍しいことだ。
 二人のうちの一人だけ記憶はほとんど残っていない。それだけ一人に集中していたに違いない。
 彼女の眼差しは私を虜にした。お酒に酔い、トロンとしてきたその眼は光っていた。私も同じような眼差しをしていたことだろう。見詰め合っても実に自然で、まわりのことなどまったく気にならなかった。それは彼女も同じだったと思う。
 きっと会話が弾んだというよりも見詰め合っていた時の記憶が強い。見詰め合うだけの会話が成立するなど、後にも先にも感じたのはその時だけだった。
 時間もかなり過ぎていただろう。友達ももう一人の彼女と仲良くなっていたようだ。そのまま店を出てお互いに違う方向へと歩いていった。
 それは暗黙の了解に近いものがあった。別に気まずいというわけではないが、そういうことには友達の方が慣れていて、私はただ従うだけだった。もちろん、お互いの相手にも暗黙の了解があったことだろう。それだけその日は自然だったのだ。
 どこをどう歩いたのか、気がつけばホテルの一室だった。女性とホテルに入ることは学生時代にもあったが、社会人になってからは初めてである。それだけ仕事が忙しかったというのもあるのだが、女性に対しての感情というものを忘れていたに違いない。
 学生時代の恋愛はまるで子供のようだった。
 一日のデートでそのまま夜にはホテルへ直行、そのまま燃え上がって次はない。などということもあった。お互いの肉体を貪りあったことは覚えている。かすかな記憶はきっと欲望を放出し、その後に訪れる倦怠感を伴った放心状態がすべてを忘れさせ、そこには快感の波があったということだけを身体に刻み込ませる。覚えているのは記憶ではなく身体なのだ。
 酔いもその時になって覚めてくる。お互いに身体の奥に冷たさを感じるのか、無性に抱き合いたくて仕方がない。震えているのが分かったが、それが寒さから来るものなのか、興奮からくるものなのか、ハッキリと分からないでいた。
 強く抱きしめあったのが合図だったのか、身体の間に空気の入り込む隙間のないほど密着していた間から汗があふれ出し、クチュクチュという音が聞こえる。それが一層淫靡な響きとなり、襲ってきた耳鳴りに溶け込んでいくようだった。
 耳鳴り自体がまるで夢の中にいるような感じだった。火照って熱くなった身体も、自分のものではない感じがして、彼女のやけどしそうな熱い身体も本当に感じているのかと思えるほどだった。
 私の腕の中で、想像したように蠢く女体、征服感を味わえる瞬間なのだろう。あまり経験のない私が、いつも女性への征服感に溢れているような気持ちになるなど不思議なものだった。
 私の指を待っていたかのように蠢く身体に私は興奮していた。初めてではないけれど、それほど頻繁ではない。にもかかわらず、まるでいつも触れているような懐かしさを感じるのは、自分も同じように火照った身体になっているからだろう。
 心臓の鼓動が伝わってくる。ほとんど同じようなスピードに、彼女もかなりドキドキしていることが窺えた。私自身、まるで口から心臓が飛び出してきそうなくらいだからである。
 気がつけばお互い身には何も纏っていなかった。生まれたままの姿で抱き合っている。
「ねぇ、明かりを消して」
 恥ずかしさの中、やっと出てきた言葉だろう。私は彼女をベッドへと導くと、枕元のスイッチで少しずつ照明を落としていく。一気に真っ暗にするにはもったいない気がしていて、少しは顔が見えるくらいの明るさを保っておきたいと感じたからだ。
「恥ずかしいわ……」
 そういいながら私の胸に顔を埋めた。
 目が慣れてくるにしたがって、今度は肌の白さが浮き上がって見える。この方がよほど淫靡な感じがして、私にはうれしかった。白蛇が蠢くがごとく纏わりついてくる肌のきめ細かさに、その時私は酔っていたに違いない。
 そこから先は早かったのか遅かったのかわからない。こみ上げてくる快感に身を任せながら、遠くで聞こえる悦楽の声を心地よく聞きながら、私は興奮の真っ只中にいた。そこまでの記憶はあるのだが、きっとそこからは、本能のままの行動だったのだろう。
 肌と肌が触れ合う音を聞きながら、気がつけばシーツのこすれる音に変わっている。ムンムンとした熱気の中、重苦しい空気を貫く彼女の声を耳鳴りとともに聞きながら、私は押し寄せる快感に耐えていた。心地よい瞬間である。身体の一点に神経を集中させていると、まるで体中の血液が逆流しているかのようで、全身を走りぬける快感の原因が分かった気がする。熱くなった血液が私の中で一箇所に集中した時、抑えられなくなった快感が放たれる瞬間でもあった。
 糸を引くような甲高い、乾いた声が部屋全体に響いた。耳鳴りとともに聞こえてくるので、まるで他人事のように思えるところが口惜しい。
 すべてが終わったあとに押し寄せる倦怠感、女性にもあるのだろうが、男性の場合は結構きつい、身体を動かすことを忘れてしまったかのようで、さっきまで集中させていた箇所がまるで自分のものではないような錯覚すら感じてしまう。
 しかし、彼女に対して感じたのは少し違っていた。まだ、身体が何かに包まれているような、そして暖かい感触が残っているような、そんな心地よさに身体全体が酔っていた。
 軽く寝息を立てているのが聞こえる。向こうを向いて寝ているようなのだが、少し顔が見たくなった。ゆっくりとこちらに向けるが、その顔は何とも安心しきったような顔である。
――こんな表情ができる女性なんだ――
 先ほどまでは快感に表情を歪め、最後には快感によってその歪んだ顔を解放したようだが、それとも違う、完全に安心しきった顔である。
――見るんじゃなかった――
 なぜか後悔もあった。それは男としての感情である。
 さすがにそんな表情を見て、もう一度自分から抱こうとは思えなかった。強く抱きしめたいのだが、その表情を崩したくないという思いがさらに強かったからだ。
 目が覚めたのはどれくらい経ってからであったろうか?
「おはようございます」
 クリっとした目が私を捉えている。枕に頭を預けながら長い髪を指でさらりとなぞっている。微笑んでいるその表情には、ハニカミが感じられた。
「おはよう。もうそんな時間なのかい?」
 それほど呑んだつもりはなかったが、起きた瞬間口の中にウイスキーの香りが広がったような感覚だった。頭が痛いとまではいかないが、スッキリするまでに少し時間が掛かるかも知れない。口に残ったワインの味を感じて思わず彼女の唇を見たのは、無意識のことだった。
「私はそんなに軽くないのよ」
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次