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短編集20(過去作品)

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 この村へ来てそろそろ半年、初めての冬を迎えるわけだが、期待と不安が半々というところだろうか。きっと私の気持ちにそれなりの結論が出るのは赴任から一年が経ってからだろうと感じている。一通りの季節を感じないと分からないからで、その中でも今という時期が覚悟して一番感じなければいけない時期なのだろうことを自覚している。
 東京でもよく見る雪だったが、明らかにここで見る雪は違う。少ない雪でもすべてのものを覆いつくすこちらの雪は雑踏の中で感じる雪とは違うのだ。
 まず感じる冷たさが違う。都会も確かに冷たいのだが、最初から冷たさが染み付いた土や空気がそう簡単に抜けるものでもなく、短い夏の間にいくらか暖かくなったとしても、それは知れている。しかも日照時間を考えると、夏の時間は実に短い。セミなどのように夏にしか生きられない動物や虫はかわいそうだ。
 それに比べて都会の夏は長い。何といってもアスファルトやコンクリートが多いこともあり、黒いコールタールが熱を吸収するということもあって、気温がどんどんうなぎ昇りだ。都会で感じる辛さは、寒さよりも暑さの方が強いだろう。
 初めて冬を迎える私は、一応の覚悟をしてきたつもりだった。防寒体勢も先輩に聞いていたので、万事それでよかった。備えあれば憂いなしに間違いはない。
 しかし、私自身の性格はどうなるものでもなかった。
 元々短気な私は、車の運転には向いていないのではないかと常々感じていた。東京を車で移動するのは辛く、営業活動はほとんど電車、バスを利用していた。そのためか、田舎に来て車を使うのはラッシュに遭うわけでもなく快適なものだった。
「これなら営業も楽だ」
 と思っていたほどで、確かに春から夏、秋にかけてまでは快適だった。
 しかし、秋の気配を感じてから冬になるまでの何とも早かったこと。秋の気配を感じたのは、森が紅葉を示し始めた頃であった。日中はそれなりに汗ばむような陽気で、風が気持ちよかったが、朝夕はめっきり冷たくなっている。
 ゆっくりと紅葉を楽しもうと思ったのも束の間、風を感じ始めるとそれはもうすでに冷たくなっていた。
「ああ、もう冬が近づいているんだな」
 そう感じ始めた頃の村が一番忙しいのかも知れない。
 それぞれの家での、それぞれの冬支度が始まる。社宅ももちろん冬支度を余儀なくされ、私もその一員に加えられた。休みの日にはチームを組んで買出しに出かけたり、灯油などの燃料の手配などもあった。何事も初めてだったので、私には新鮮だった。
 しかし、それでもやってきた冬は私の想像をはるかに超えていた。
「あの村はそれほど冬といっても苦労はないよ」
 そう言って送り出してくれた元上司の顔が浮かび、その時の笑顔が憎らしくも感じたほどである。
 確かに雪の量はそれほどでもない。膝が沈んでしまうほどの雪が降るわけでもなく、頻繁に吹雪が起こるわけでもない。確かに風の強い日があったり、雪が結構降る時もある。しかしそれは一緒に訪れるものではなく、風の強い日にはあられのようなものだったり、雪が降る時は穏やかに、本当にしんしんと降る時が多かった。だからであろうか、積もっても平均的に積もるのであって、少し掘るとすぐに黒土が出てくるのである。
 車を走らせていれば怖くなる。元々冷たくなった土が凍ってしまって、その上に雪が降り積もる。少し気温が下がった時など完全にアイスバーンができている。車を走らせるのが危険な時もあるくらいだ。
「夏はあんなによかったのに」
 分かっていても、思わずぼやいてしまう。
 スピードを出すと完全にスリップしてしまうことが多く、夏の間の二倍は時間が掛かるのだ。もちろん命あってのモノだね、危険を冒してまでスピードは出せない。
 最初の頃はそれでもまだよかった。しかし年末や締めの時などのように忙しく、しかも時間厳守な時にスピードが出せないと完全に自分のペースが崩れてしまう。実際の時間以上に長く感じてしまう。タイムリミットは待ってくれないのに、時間だけが無常にも過ぎていくのだ。イライラしても仕方がないことは分かっている。しかし、それを自信でコントロールできず、いつもそのイライラの矛先を自分に向けてしまい、自分勝手に自らを責めている自分に後になって気付かされる。
 ハッと思うのだ。
――いったい何を考えていたんだろう――
 そう感じた時にまわりが急に暗くなったような感じがして、それが嫌でもあった。
 学生時代にはあったのだが、久しくなかった躁鬱症のようなものが私を襲った。
 躁鬱というのは鬱状態に陥り始める時には分かるものである。他の人が皆そうであるとは思えないが、きっと同じようなことを感じていて口に出していないだけの人も結構いるのではないだろうか。
 あたりが暗くなるのを感じてくると、そこにグレーの背景が現われる。そして色に匂いを感じるようになれば、もうそこは鬱状態の入り口だ。匂いというのはシンナーのような匂いだと思っている。幼い頃によく遊んだ近くの廃工場、そこでかくれんぼや鬼ごっこなどをした記憶があるのだが、その時にあったドラム缶から匂ってきたような記憶があるのは、きっと夕方の日が沈む時だったような気がする。
 鬱状態というのはきっとそんな西日の傾く時間に感じていたものなのだろう。気がつけば日が沈んでいてネオンが煌いている。そんな時に目を瞑って写る瞼の裏の光景は、さっきまで感じていた沈む夕日に照らされた、オレンジ色に染まった世界だったのかも知れない。
 そういえば私はかつて感じた最高の鬱状態だった時も、まわりのものがいつもと違ったのを感じていた。あれはかなり前だったと記憶していたが、思い出そうとするとつい最近だったように思えてならない。
 その時の私は、集中していた仕事が一段落し友達とよく飲み歩いている時期だった。馴染みのスナックなどもあったりして、そこにしょっちゅう通っていた。友達はそこの常連らしく、私もそのお零れに預かっていた。キープが安いということもあったのだが、客の比率に若い女の子が多いというのも私たちを喜ばせてくれた。
「やっぱり、男ばっかりじゃ面白くないからな」
 そう言いながら呑んでいたのだろう。まるで判で押したように扉が開いて入ってきたのは二人組の女性だった。彼女たちはカウンターへと進む。私のすぐ横に座ったのだ。私たちがカウンターを選ぶのは、カウンターの中にいる女の子との会話を楽しみたいからで、カウンターに座るどの客も考えていることは同じだった。
 あれも確か寒い日だったように記憶している。会話の内容が鍋のことだったように思うからだ。その話に途中から入ってきた二人組の女性が参加したのだ。もちろん会話は盛り上がり、想像以上に楽しいものとなった。
 彼女たちは近くの会社でOLをしているようで、すぐには仕事の内容を教えてくれなかった。しかしスナックに来た理由を聞いて見るとどうやら私たちと同じようなものだったらしく、話に花が咲いたのは当然の成り行きだった。
「そうなんだ、それはおめでとうございます」
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次