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短編集20(過去作品)

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 お互いに深々と挨拶をしている。それを面白そうに眺めているおじいさんだが、何度も頭を下げている二人が滑稽に見えたのだろう。
 荷物を置いてそのまま智美は自分の部屋から降りてきた。田舎の木造の家には似合わないワンピースなのだが、囲炉裏の前に鎮座していると、本当にお嬢さまのように見えてくる。
 ハンカチをキチンと畳んで膝の上に乗せる姿は都会の垢抜けた女性である。しかし何となく下を向き加減で、私の方をあまり見ようとしない彼女は都会から来た私を直視できないようだ。
 その日は疲れているということで、食事だけで私は帰ってきた。年齢は三十歳を少し過ぎたくらいだと聞いていたが、最初に見た時に感じたより、次第に若く見えてくるように思えたのは、俯き加減ではあったが、少しずつ表情が和らいでいったからだろう。私はあまり喋らなかったが、さすがに実親からの話には屈託のない笑顔を見せていた。その笑顔が智美の本当の表情で、それが若く見せるのだろう。
 表に出ると、少し雪が降っていた。吹雪いているというわけでもなく粉雪が舞う程度だが、ボタ雪のようで積もりそうな予感がある。帳の下りた景色は雪の白を想像できないほどに暗く、そして重くあたりを覆っていた。
 ゆっくりと表に出ると、さすがに寒い。風があるわけではなく、空気が重たい。それだけに冷たく感じるのかも知れない。
「ザックザック」
 足元に音がしている。少し地面が凍っているようだ。舗装もされていない道は、簡単に霜が降りたようになり、氷を踏みつけたような感触が心地よい。
 家を離れるにつれ、暗さも増して、空気も重たい。息苦しいまでの重さを感じるのは、雪が降っているわりに湿気が薄く、まわりの暗さが迫ってくるように思えるからだろう。
 いつもはあれだけ白く明るく見えるのに、さすがに夜は不気味だ。
 田舎と都会の違いはここにある。
――眠らない街――
 それが都会である。少なくとも私の知っている都会は、夜になるとまったく違う顔を持っていた。
 昼が真面目で夜が不真面目ということではない。どちらかが重たく、どちらかが軽いというわけでもない。それが田舎と都会の違いなのかも知れない。
――人のいるいないだけで、これほど空気重さに違いを感じるなんて――
 本来であれば、密集している都会の方が空気の重さを感じるのかも知れないが、乾ききった都会の空気にそれほどの重たさを感じない。
 家までは一直線の道のりだ。いつもなら、障害物もなく綺麗に見えている道なのだが、車のヘッドライトの明かりが照らすところしか、まったく見えない。ライトを上げているにもかかわらず、それほど先が見えて来ない。まるでまわりの暗さにライトの明かりが吸収されたかのようである。
 少しスピードを上げると先ほどまでしんしんと降っていた雪が、まるで吹雪のように迫ってくる。雪国に転勤になってから何度もこんな景色は見慣れているはずなのに、これほど気持ち悪いものはない。自分が本当に車を走らせているのかというスピードの感覚もなくなってくるのだ。
 ワイパーを使っているがフロントガラスにぶち当たって大きく弾けた雪を払拭するように動いているのが気になって仕方がない。ワイパーの動く音だけしかしないはずなのに、雪を払拭する時の音まで聞こえてきそうで不思議だ。
――いったいどこに向って車を走らせているのだろう――
 いつも通り慣れた道をいつものように一直線に走っているだけのはずである。スピードもいつもと同じように雪の中をゆっくりと走らせていた。タイヤに巻いているチェーンの音に気がつくと、車はメイン国道を走っていた。
 確かにまわりには何もないところで、国道を抜けるように走ると、村の森を抜けて社宅まではそれほどの距離ではない。
――時間が経っているのが分からない――
 時計は確実に動いているにもかかわらず、時間の経過を感じない。出てきた時からもう十分以上経っているように感じるが、時計はまだ三分少々しか過ぎていないのだ。
――もうすぐ着くはずなんだが――
 とは思っても、実際に時間が過ぎていないのだから、着かなくても当然である。
 何となく不思議な気持ちで車を走らせていると、目の前の何の変化もない吸い込まれそうで真っ暗な景色が不気味で仕方がない。目の前のヘッドライトに照らされた雪でさえ、白く見えないと感じているのだから、かなり感覚が麻痺していることは自分でも分かっていた。
 ゆっくりと走らせる車の前に、もし何かが飛び出してきたらどうしようという気持ちがないではない。それも白いもの、黒くてはまったく分からないだろう。
 そんなことを感じながら車を走らせていると、耳が遠くなってくるのを感じた。耳鳴りのようなものがするのを感じるのが早いか、ワイパーに当たる雪の音と、ワイパーの音だけが響き、それ以外は耳鳴りとともに、吸収されているかのようだ。
 軽いカーブを抜けると社宅の明かりが見えてくるはずだ。そこまで来ると帰りついたような気がしてくる。時間としてはまだ八時過ぎで宵の口ではないか。ビクビクする時間帯ではない。
 やっとの思いで帰りついた気がするせいか、部屋に帰ると暗さをさらに感じた。扉を開けると真っ暗な部屋で、すぐにライトのスイッチを探すのだが、今日は少し暗い部屋を見つめていたかった。
 真っ暗な部屋を見ながら入り口でしばし佇んでいる。部屋の中に差し込んでくる明かりがはっきりと目に飛び込んできた。自分の部屋なのに、いつもの自分の部屋でないように感じるのは、少し狭く感じるからだろうか。
 この感覚は初めてではない。まるで昨日のことのように感じるが、もちろん昨日のことなどではない。いつだったか、思い出そうとしていた。
 部屋の中から見れば私の姿はシルエットに浮かび上がっていることだろう。身体の輪郭だけがおぼろげに浮かび上がって、元々細身の私の身体をさらに細く見せる。そう、まるで影のように……。
 ゆっくりと部屋の前に佇んでいるのは、まるで中から気配を感じるからであった。明らかにあけた瞬間に漏れてきた冷たい空気はそこに誰もいないといういつもの感覚には違いないのだが、いつも感じることのない空気の重たさを感じるのだ。
 それは湿気を帯びている。息遣いのような重々しさを感じるからなのだ。胸の鼓動と同じスピードの数を感じる。それは間違いなく中から表に吹いてきているものだ。まるで私に知らせるかのような感じである。
 先ほどの道から続いているような違和感はどこから来るのだろう?
 さっきまで都会から帰ってきた智美と話している時に、東京のことを思い出していた。しかしそれが私にとって、懐かしいということであったり、望郷の思いがあるわけではない。もちろん、ずっとこんな村にずっといたいという思いがあるわけではない。どちらかというと都会の雑踏にいい加減ウンザリしていた時期でもあった。数年くらいならこんな村で暮らしてみてもいいと感じていたような気がする。
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次