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短編集20(過去作品)

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 都会に染まってしまった田舎育ちの女性が、その田舎に戻ってくる。きっと浮いて見えるに違いない。私も都会に染まった一人であるが、実際に自分がどのように染まっていったのか、その過程は自分では分からない。人を見て今までの自分を感じてみたいと思う気持ち、それがないとは言えないのだ。
 しかし都会に染まった女性が田舎に帰ってくるというのは、きっと何かの理由があるのだろう。恋に敗れて戻ってくる、それが一番考えられるところだ。
――自分の居場所を見つけたい――
 きっとそんな気持ちでいっぱいなのかも?
 もしそうだとして、彼女はここで本当に自分の居場所を見つけることができるだろうか?
 娘さんが帰ってくる日を指折り数えて待っている老夫婦、傍目から見ていてもそれはとても健気に感じることができる。
「おとうさん、おかあさん、ただいま」
 手には一杯の荷物を持って玄関先に現われた彼女はきっと満面の笑みを浮かべていることだろう。もしそれまでに道中一人でいろいろなことを考えていたとしても、顔を見た瞬間というのは安心感が漲り、大きな声が自然に出てくるものに違いない。
 老夫婦も、それまでの寂しさがまるで嘘のように、いくら数十年会っていなかったとしても、そこは親子、まるで朝出かけた娘が夕方仕事から帰ってきたような感覚になるのではないかと勝手に思い込んでしまっている。
――そういえば親ともだいぶ会ってないな――
 なんと言う親不孝なのだろう。親の顔を思い出そうとするが、瞬時に思い出せない自分が情けない。しかし、シルエットとして浮かんでいる両親の顔は、間違いなく微笑んでいるのだ。それはまるで朝起きた時にカーテン越しに白く光っている雪景色のようである。眩しさに目を奪われ立体感を感じないかのようなのだが、白い中にも影を感じることができる。それが立体感とまではいかないが、雪景色の素晴らしさを私に与えてくれる一つの要素であることには違いない。
 雪が奏でるシンフォニーは、私の幼い頃の記憶を思い起こさせてくれる。ずっと見ていると目が痛くなるのだが、一旦見てしまうと釘付けになってしまう。習性なのだろうか?
 写真で見る雪景色とは間違いなく違う。写真で見るとくっきりと浮かんで見えている立体感を感じるのだが、それは光の加減だけのような気がしてくる。しかし、そこに光の加減だと感じるのは、本物を目の当たりにしてからだ。これほどの光の照り返しによる明るさがあるなんて、写真では想像もつかない。きっと何事もそうなのだろうが、実際に見る見ないでは大違いなのだ。
 こんな雪深い田舎で育った女性とはいったいどんな人なのだろう?
 田舎の人はおおらかだというイメージがあるが、実際には雪に対してであっても自然との戦いを余儀なくされ、避けて通れないものである。そんな中でおおらかでいられるということは、それだけ強い精神力を自然によって養われているのだろう。何とも皮肉な気がする。
 帰ってくる日はちょうど私の仕事が休みの時なので、楽しみにしていた。東京の話に花を咲かせるのもいいだろうし、こちらでの幼かった頃の話も聞いてみたい。もちろん会話の展開なのだろうが、あれこれと思い巡らせるのも楽しいものだ。
――東京から離れた私、この村で育って東京へ出て行った彼女――
 それぞれに考えが交錯するところもあるだろう。それを聞くことで、私の今感じているこの村に対する気持ちを確かめたいのかも知れない。いやいやとは言え、やってきたこの村である。やっと気に入りかけた気持ちに嘘のないことを確かめたい。
 おじいさんおばあさんもいい人たちだ。その娘である。いい人に違いないだろう。だが、都会に染まるということは知っているつもりの私である。都会に憧れて田舎を飛び出したことのある私、それはまったく知らない世界への挑戦でもあった。
 それをきっと娘さんもしたのだろう、ましてや女性である。私の場合よりはるかに大変だったに違いない。まわりの目もあるだろうし、何よりも女性ということで必要以上に本人が意識したことだろう。
 都会に出て変わった女性を私は何人も見ている。はるかに男性より女性の方が外見は変わるもので、内面がどうなのかまでは分からないが、きっと違うのだろう。それはどこかターニングポイントがあり、それを境に前と後ろではかなり違うものになっているのかも知れない。
 だが、本人としてはどうだろう?
 男の私としては、気がつけば変わっていたという記憶が強い。
「都会に染まったんだよ」
 何人かにそう言われた。確かにそうだ。それまで吸わなかったタバコを口にしてみたり、引っ込み思案だったのが急におしゃべりになっていたり、自分でも信じられないくらいである。
 服装も少し変わった。あまり着なかった革ジャン系を着てみたり、田舎では考えられないような髪形やファッションで、渋谷や原宿を歩いたりした。
――甘く見られたくない――
 という意識があっただろう。みんなと同じようなファッションをして、なるべく目立たないように……、これが田舎から出てきた者の習性かも知れない。目立ってしまうことがまわりとの不協和音につながることを分かっていたからで、それは危険だった。知らない土地で、しかも一番いろいろな考え方を持っている連中が密集している地域東京である。
私の考えなど、普通に通るわけもない。
 元々は、
――人と同じことをしたくない――
 と思っている方で、それは今も変わっていない。自分の信念である。しかし信念を曲げてでもやっていかなければならないのが東京という街であり、都会のアリ地獄のようなものではないだろうか。
 きっと彼女も私と同じことを感じたはずである。都会の雑踏の中で女性一人が生きていく。並大抵のことではないだろう。まわりを見る目、そしてまわりが彼女を見る目、必要以上にその間の壁が大きかったであろう。
「こんにちは、そろそろですね」
 老夫婦はソワソワしていた。娘が帰ってくる喜びとともに、変わってしまったかも知れない娘を見るのが怖いのだろう。ただの喜びだけではなさそうに見える。おばあさんの方は、孫が好きだといっていたという肉じゃが作りに一生懸命で、その中で気持ちの高ぶりを抑えているように思える。
「ただいま」
 言葉のする玄関の方を見ると私が想像したように大きなかばんにお土産を下げた女性が一人立っていた。私が来てあまり経っていないように感じたが、時計を見るとすでに私が来てから二時間以上が経過していた。
 少し茶髪かかってはいたが、それほど目立つものではない。しかしそれは都会にいて思うことで、田舎の中では少し目立ってしまうのではないだろうか。元々この村にいる女性をあまり見たことのない私は、特に都会から帰ってきた女性というのが新鮮に見えるのかも知れない。
 都会で見れば、あまり特徴のない顔のように感じるのだが、ここで見ると実にハデに見える。しかも今日初めて会うような気もしないのだ。
 最近の女性はジーンズが多いが、彼女はワンピースだ。白系統のワンピースは少し細めの彼女をより一層細く見せることだろう。
「こんにちは、初めまして。松永といいます」
「あ、どうもご丁寧に、智美です。こちらこそよろしくお願いいたします」
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次