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第六章 飛翔の羅針図を

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1.花咲く藤の昼下がりー3



「それじゃあ、厳月家の動きから説明する――」
 茶で喉を湿らせたルイフォンは、再び話を始めた。
「厳月家は、藤咲家に対し『娘(メイシア)を厳月家の嫁にくれるなら、姻戚のよしみで息子(ハオリュウ)を誘拐犯から助けるための私兵を貸す』と言ってきたんだ」
「は……? 『私兵を貸す』だって? 誘拐犯は斑目で、斑目は厳月家が雇っているんだから、私兵なんか使わなくても、厳月家ならハオリュウを解放できるだろ?」
 直接的に受け止めたリュイセンが、率直な疑問を投げ返す。いかにも彼らしい反応だと、ルイフォンは軽く笑んだ。
「私兵は口実だよ。厳月家の申し入れは、ずばり『娘をくれれば、息子を返す』だ。――厳月家は貴族(シャトーア)だ。誘拐とは無関係、という態度をとりたいわけだよ。だから、面倒くさい言い方をするんだ」
「姉様を嫁に? そんな馬鹿な……?」
 ハオリュウが呟いた。
 厳月家は藤咲家とは不仲である。それは互いに絹織物の産地を領土に持つ以上、仕方のないことのはず。なのに、婚姻を結びたいとは……?
「初めから、それが厳月家の狙いだったのだろう」
 権謀術数に長(た)けたエルファンが、低く声を漏らした。相手の腹を読み解いた充足感よりも、その策の低俗さに呆れた彼は、氷の嘲笑を浮かべる。
「どういうことですか!?」
 食らいつくように、ハオリュウが叫んだ。
「厳月家にとって一番旨味があるのは、藤咲家が役職を辞退して没落した上に、宙に浮いたその役職の座が転がり込むことだ。一方、そのとき藤咲家は、誘拐されたお前が助かっても、その後は衰退の一途をたどるだけだ。つまりはお前ともども、一族の婉曲なる死にしかならない――」
 たった十二歳の子供に語るにしては、エルファンの言葉は厳しく、声色に体温を欠いていた。だが、諭すような眼差しは、決して凍りついたものではない。
「――ならば藤咲家が採るべき選択肢は明らかだ」
「僕を見捨てること、ですか……」
「そうだ。だが、厳月家としても、お前の首を取ったところで得るものなど何もない。だから自家の利益になる第三の選択肢を用意した。――婚姻は一見、平和的だ。平時ならともかく、お前の言う『究極の二択』のあとに出されたら、藤咲家は飛びつくだろう」
「でも、姉様を迎えても……?」
「嫁に出された娘は人質になりうるだろう? いずれ、外から藤咲家を操るつもりか、ほとぼりが冷めたころにお前を暗殺して、厳月家の血を引く異母姉の子を当主に据えるか。ともかく藤咲家は乗っ取られるだろう」
 エルファンの言葉にハオリュウは顔色を変えた。
「厳月め……!」
 卑劣な手口に毒づく。
 進行を務めていたはずのルイフォンは途中から口を閉ざし、エルファンの解説に聞き入っていた。昨日、ルイフォンがメイシアに言った解釈とほぼ同じであるが、海千山千の異母兄のほうが、より悪意に満ちていた。
「……すまんが、いいか?」
 話の区切りを待っていたリュイセンが、肩までの髪をさらりと揺らし、やや遠慮がちに切り出す。
「厳月家の目論見って、とっくに失敗してないか? 藤咲家の当主が斑目に囚えられたら、結婚話なんて進められないぞ。厳月家って、もう関係ないんじゃねぇか?」
 父親のエルファンとは違い、リュイセンは、あまり腹の探り合いは得意でない。だが、一足飛びに本質を見抜く能力があった。
「ああ、その通りだ。つまり、どういうことだと思う――?」
 ルイフォンが猫のような目をすっと細め、問いかける。
「斑目が厳月家の意向に逆らった。――裏切りだろ」
 ほぼ即答で、リュイセンが応じる。
「厳月の高慢さは有名だ。雇っている者が勝手な行動をして許すわけがない。仲は決裂したはずだ」
 遅れてハオリュウが続いた。そんなふたりに、ルイフォンは頷く。
「さすがに俺の情報網でも、斑目の裏切りの事情までは掴めてない。だから憶測しかできないんだが――斑目は、貴族(シャトーア)の厳月家の言いなりになることよりも、凶賊(ダリジィン)として、敵対している俺たち鷹刀を陥れることを選んだんじゃないか?」
 リュイセンとハオリュウの目が、ルイフォンを捕らえた。どういう意味だ、と問うている。
 ルイフォンは目線を返し、言葉を続けた。
「おそらく斑目は、厳月家を通して警察隊の指揮官と知り合ったんだろう。そして、そのパイプを利用して、親父を――鷹刀イーレオを罠にはめる策を思いついた。――それが雇い主の厳月家に逆らう行為だとしても、奴らは構わず実行に移した……。そんなところじゃないだろうか? 他の皆はどう思う?」
 ルイフォンは視線でテーブルの円周をなぞる。
「同意するわ」
 綺麗に紅の引かれた唇をきゅっと引き上げ、ミンウェイが短く答えた。
 彼女は、この場は帰国したばかりのエルファンとリュイセン、そして渦中にありながら囚われていて情報不足のハオリュウのためのもの、と思っていたので今まで発言を控えていたのだ。
「待ってください。……父を囚えることが、裏切り行為になるのは分かります。けど、斑目は、なんのために父を囚えたのですか? 父を手に入れることに意味などあるのでしょうか?」
 うつむいて考え込んでいたメイシアが、顔を上げた。
 そのとき――。
「あるだろう」
 魅惑の低音が響いた。
 決して大きな声ではないのに、そのひとことで、すべての視線を一身に集める。
 テーブルに肘をつき、掌で顎を支えていた男。分厚い報告書をなぞる会議など眠たくてたまらぬと、半ば瞼を閉じて、うつらうつらとしていた人物。
 総帥、鷹刀イーレオ。
 皆が固唾を呑んで、彼の次のひとことを待つ――。
「『お前』だ。メイシア」
 イーレオが、にやりと笑った。
 眼鏡の奥の眼光は鋭く、先ほどまで欠伸を噛み殺していた人間とは思えない。
「奴らが何をしたか。それを考えれば、簡単なことだ」
「え?」と、疑問形の口のまま、メイシアの聡明な頭脳は混乱に陥った。
「奴らの目的がなんだったか――。チャオラウ」
 イーレオが背後を振り返った。そこには、護衛の大男チャオラウが控えている。彼は主人の意図を汲んで「僭越ながら」と無精髭を揺らした。
「斑目の狙いは、イーレオ様に罪を着せ、身柄を確保することです。執務室に押しかけてきた連中が、そう言っていたのを、私はこの耳で聞いております」
 エルファンが、「なるほど」ゆっくりと腕を組んだ。
「斑目は、警察隊にパイプができている。だから、父上に適当な罪を被せて逮捕させ、あとで密かに身柄を引き渡させよう、という腹か。厳月家はいい面の皮だ」
「その『罪』が、私の『誘拐』……」
 メイシアが呟き、イーレオが頷く。
「そうだ。斑目は、俺の『罪』を作るために、お前がこの屋敷に行かざるを得ない状況を作り出した。――お前の父を囚えて、お前を追い詰めたんだ」
「……そんな……」
 メイシアが、胸元でぎゅっと手を握りしめた。自分のせいで父が囚えられたのだと思うと、心が苦しくてたまらない。
 エルファンが眉を寄せ、不快げに鼻を鳴らした。
「『貴族(シャトーア)令嬢の誘拐』なら大々的に警察隊を動かすのにうってつけだ。しかも、彼女が屋敷にいるという事実だけで『誘拐犯』に仕立てられる。――生死は別にしてな」
作品名:第六章 飛翔の羅針図を 作家名:NaN