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第六章 飛翔の羅針図を

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「親父が総帥になる前の鷹刀は、〈七つの大罪〉と組んでいた。だから今、斑目が〈七つの大罪〉と組んでいるのなら、鷹刀の情報が斑目に流れていたとしても不思議じゃない。偽者の〈蝿(ムスカ)〉を仕立てることも、わけないはずだ」
 何故なら、医学、薬学に深い造詣のあったヘイシャオは、鷹刀一族と蜜月関係にあった闇の研究組織〈七つの大罪〉に、研究者を意味する〈悪魔〉の〈蝿(ムスカ)〉として所属していたから――。
「……貧民街に現れた〈蝿(ムスカ)〉は、お父様じゃないのね」
「当たり前だ。死んだ人間は生き返らない。ただ気をつけてほしいのが……」
「何?」
「ミンウェイが自白を任された捕虜たちは、俺の会った〈蝿(ムスカ)〉と口調がそっくりなんだ。わざと奴の真似をして、揺さぶりを掛けようとしているとしか思えない。あいつらは斑目の手の者というよりは、〈七つの大罪〉の関係者だろう」
「お父様のことを知っている……?」
「ああ。だからこそ、奴らが持っている情報は気になるが……」
 言葉の途中で、ルイフォンは、はっと顔色を変えた。
 ミンウェイの上半身が、背もたれのない丸椅子から倒れ落ちようとしていたのだ。
「おい!」
 ルイフォンは慌てて抱きとめる。
 ふわりと草の香が鼻をかすめ、温かな体の重さが腕に掛かった。
「大丈夫か!?」
「あ……、ごめんなさい……」
「お前、真っ青だぞ!」
 波打つ髪が顔の半分以上を隠していたが――否。だからこそ、黒髪の狭間で白い頬が浮き立ち、光って見えた。
 全身を鍛えられた筋肉で覆われている彼女なのに、女性的に柔らかい。そこに色気など感じないが、それが彼女の脆さの象徴のようで、ルイフォンは怖くなった。
「平気よ……」
「平気じゃねぇだろ! お前にとって、父親のことは鬼門だ」
「そうね、そうかもしれない」
「お前は一旦、この件から外れたほうがいい。親父に進言する」
 そう、ルイフォンが言った瞬間、弾かれたようにミンウェイが叫んだ。
「駄目よ! これは、私が避けてはいけないことだわ!」
「ミンウェイ……」
 不意に、彼女が彼の背中に腕を回してきた。そして、ぎゅっと体を密着させる。草の香りが彼の鼻腔をくすぐった。
「それ以上、何か言うと、可愛い叔父様を誘惑するわよ?」
 いつもの調子に戻ったようなミンウェイは、単に無理をしているだけだ。けれど、いつも通りに振る舞ってほしい、という気持ちが伝わってくる。
 だから、この話は打ち切る。心配はあるけれど、誰にも引けない時はある。
 ルイフォンはミンウェイの体を引き剥がした。もともと冗談で貼り付いているだけなので、回された腕はあっさりと外れた。彼は癖のある前髪をくしゃりと掻き上げた――いつものように。 
「あのなぁ……。俺、お前に何か感じるほど飢えてないから」
「メイシアが、いるものね?」
「そうなる予定だ」
「白状したわね?」
「別に隠してねぇし?」
 そう言って目を細め、にやりと笑う。そんなルイフォンに一瞬、あっけにとられたミンウェイだが、徐々に穏やかな笑みを浮かべた。
「いつの間にか、いい男に成長したわね。これもメイシアのお陰かしら?」
「何、言ってんだよ? 俺はもともといい男だぜ?」
 そして、どちらからともなく、声を上げて笑い出した。


作品名:第六章 飛翔の羅針図を 作家名:NaN