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第六章 飛翔の羅針図を

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「いい加減にしろ! お前ひとりで、叩き潰せるわけないだ……」
「経済制裁――!」
 鋭いテノールがリュイセンの言葉を遮り、食堂の空気を斬り裂いた。
 ルイフォンが、すぅっと目を細め、酷薄な笑みを浮かべる。
 彼の言葉の意味を一瞬で理解した者は――――ひとりだけ、いた。黙って頬杖をついて聞いていたイーレオが、人知れず眼鏡の奥の目を楽しげに細めた。
 疑問と緊迫とが渦巻き、皆の視線がルイフォンに集中する。
「人間は食わなければ死ぬ。そして、食うためには金が要る。だから俺は、斑目の資金源を断つ。――こちらの被害はゼロという条件で、斑目に打撃を与える方法はこれしかないと思う」
 そう言ってルイフォンは、鼻息を荒くしているリュイセンをちらりと見やった。
「勿論、うちの連中の中には、斑目の血を見ないと納得しない奴もいるのは分かっている。けど、今日の襲撃では、こちらに死傷者はいないんだ。警察隊に立ち入られたという不名誉も、藤咲家のふたりの機転によって雪(そそ)がれている。だから、今回の報復は、経済的に斑目を追い詰めることで良しとしてくれないか?」
 エルファンが「ほほぅ」と、感心した声を上げた。
「それは面白いな。あの狂犬に、ちょうどよい餌を与えることもできる」
「ああ。あの警察隊員が使えるというのも、この案を考えた一因だ」
 ここで、話の流れが読めずに様子を窺っていたハオリュウが、むっとした声で口を挟んだ。
「すみませんが、鷹刀一族の方々だけで話されては困りますね。『経済制裁』とは、どういうことですか? 何をする気なのか、具体的に示してください」
 片方の眉を上げ、慇懃無礼にルイフォンを睨みつける。そんなハオリュウに、ルイフォンは「ああ」と相づちを打ち、猫背をぐっと伸ばして胸を張った。
「斑目が資金源にしているものは、ほとんどが非合法のものだ。その不正の証拠を警察隊に渡して、潰してもらう。――言ったろ、情報網の差だって。俺は、いざとなれば斑目の息の根を止められる証拠を揃えられる」
 彼が天才クラッカー〈猫(フェレース)〉であることは、一族ではないハオリュウに明かすことはできない。だから、こんな言い方しかできないが、彼がその気になれば、すべての凶賊(ダリジィン)を滅ぼすことも不可能ではないのだ。
「どうだろう――『総帥』」
 挑戦的な目を向け、ルイフォンが父イーレオに問う。
 ずっと頬杖をつきながら楽しげに成り行きを見守っていたイーレオは、そのままの姿勢で、にやりと笑った。
「いいだろう。斑目の総帥の逮捕状が、五通くらい書けるネタを用意しろ」
「へ? それだけかよ? もっと、壊滅的なネタを用意できるぜ?」
 拍子抜けしたルイフォンに、イーレオが珍しく渋い顔で諭した。
「斑目を頼って生活せざるを得ない、末端の者たちも存在する。完全に潰す必要はない。『必要悪』程度に生かしておけ」
 ルイフォンは腑に落ちない様子であったが、長年、父の片腕として働いている次期総帥エルファンは、「父上らしいな」と独りごちた。
 一方、いつもならルイフォン以上に、イーレオの生ぬるい指示に不平を鳴らすリュイセンが、じっと押し黙っていた。不審に思ったルイフォンが「どうした?」と水を向けると、思案顔で口を開いた。。
「総攻撃をしなくても、結局、こいつらの父親を助けるためには、斑目の屋敷に忍び込む必要があるわけだろ? それをお前ひとりでやるのは不可能じゃないか?」
 ルイフォンは、にんまりと笑った。
「ああ、お前には言ってなかったな。メイシアの親父さんは斑目の本拠地じゃなくて、別荘に囚われている。既に情報屋トンツァイから見取り図を貰っている」
「な、なんだよ! それじゃ、全然、難易度が下がるじゃん!?」
「そ。だから俺が、こっそり救出してくるって。セキュリティを騙せば、なんとかなるだろ」
「いや、お前じゃ無理だろ。お前、貧民街で俺に助けてもらったこと、もう忘れたのか?」
 言いながら、リュイセンがルイフォンを小突く。
「祖父上。そういうわけで、俺がルイフォンに同行します」
 肩までの黒髪をさらりと流し、よく通る低音を響かせる――『神速の双刀使い』。
 その発言に、ハオリュウを除く誰もが目を見開いた。
 ここにいる凶賊(ダリジィン)たちの中で、もっとも貴族(シャトーア)に否定的なのが、リュイセンだったはず……。――ちなみに、ハオリュウは素直に感激している。
「お前……。どうした風の吹き回しだ?」
「茶化すな、ルイフォン。絶対に成功させるべき案件を、みすみす失敗させることは、愚かとしか言いようがないだろ? それとも、俺と一緒は嫌なのか?」
「そんなことあるわけないだろ! お前がいれば百人力だ!」
 ルイフォンが満面の笑みを浮かべ、リュイセンの首に腕を回して、ぐっと彼を引き寄せた。
 予想外の頼もしい発言をした息子に微笑しながら、彼の父親であるエルファンが問う。
「ルイフォン、斑目は『鷹刀が人質の正確な居場所を知っていること』を、知らないのだよな?」
「ああ。そのはずだ」
「だったら、私が陽動に出よう。現状なら斑目は『鷹刀の総攻撃が本拠地に来る』と考えているはずだ。それに乗ってやる。大部隊を用意して斑目の屋敷に向かう素振りを見せれば、そっちの別荘の守りは薄くなるだろう」
「えっ!?」
 リュイセンに続いての援軍に、ルイフォンの全身が興奮する。思ってもみない僥倖だった。
「助かる!」
「よし、それじゃ、決まったな」
 イーレオが頬杖から身を起こした。
「決行は今晩。ルイフォンはそれまでに、経済制裁となる証拠を揃えておくこと。エルファンは陽動。好きなだけうちの奴らを使っていい。ルイフォンとリュイセンは救出だ。それから――」
 イーレオは、言葉少なに座っていたミンウェイのほうを向いた。
「――ミンウェイは自白剤を調合して、捕虜を吐かせろ」
 忘れかけていた捕虜の存在に、一堂が軽くざわめく。
 捕虜――執務室で傍若無人に振る舞った巨漢と、庭でメイシアに銃を向けた警察隊員。
「分かりました」
 ミンウェイが答える。
「本来なら、奴らから充分に情報を引き出した上で、救出作戦に移りたいところだが、藤咲家の当主の命が掛かっているから仕方ない。――以上だ、解散!」
 イーレオの低く魅力的な声が、食堂を震わせた――。


作品名:第六章 飛翔の羅針図を 作家名:NaN