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第六章 飛翔の羅針図を

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2.猫の征く道ー1



 リノリウム張りの床に、流れるような打鍵の音色が木霊する。
 高名なピアニストのごとく、高らかにキーボードを鳴り響かせているのは、言わずもがな、この部屋の主(あるじ)、ルイフォンである。天才クラッカー〈猫(フェレース)〉の名を母から引き継いだ彼は、今まさに『仕事中』であった。
「ふぅ……」
 記憶媒体にデータを移し、ルイフォンはひと息ついた。
 中身は斑目一族の息の掛かった店の実態、偽装事故の証拠、麻薬取引の予定日時、密輸品の売買記録……などなど。表に出れば斑目一族にとって痛手となる情報が、十ばかり入っている。
 斑目一族に繋がるコンピュータは、いつでも自由に乗っ取れるようにしてあった。斑目一族だけでなく、あらゆる凶賊(ダリジィン)、ひと通りの公共機関、主要な企業のコンピュータが、彼の支配下にあると言っても過言ではない。
 ルイフォンはOAグラスを外し、目元を軽くマッサージした。
 この前、寝たのはいつだったか。――昨日は、ほぼ徹夜だったはずだ。
「うっわ。俺、凄(すげ)ぇ働き者?」
 思わず声に出して驚いてしまう。そして、メイシアの膝枕で昼寝したことと、情報屋トンツァイが『ハオリュウ解放』の報を持ってきたことで叩き起こされたことを同時に思い出し、頬をたるませつつ鼻に皺を寄せるという、複雑な表情を作った。
 ルイフォンは大きく伸びをして、首を回した。自分でも、こりゃ酷いな、と思うほどの音を立てて骨が鳴る。
 あと、もうひと踏ん張りと、携帯端末を取り出した。これに必要な情報を入れたら終わりだ。
 そのとき、部屋の扉がノックされた。
「誰だぁ? 入れよ」
 鍵は掛けていない。迎えに出るのも面倒臭いので、おざなりに返事をする。
 すぐに扉の開く音がして、低温に保たれた室内と常温の廊下との間で、空気のやり取りが行われた。
「ミンウェイか」
 足音はしないが、干した草の香りを感じ、ルイフォンは声を掛けた。ちょうどよかった、と彼は思った。彼女には言っておかねばならぬことがあった。
「ルイフォン、例のものはできた? ほどほどでいいから、少しは休まないと……」
 波打つ髪を豪奢に揺らし、ミンウェイが近づいてきた。手にはティーポットとカップがふたつ載ったトレイ。彼女はそれを机の空いている場所に置いた。
「ああ、終わったよ」
 言いながら、ルイフォンは先ほどの記憶媒体をミンウェイに手渡す。
「これを、警察隊の……なんていったっけ、あいつ」
「緋扇シュアン、よ」
「そう、そいつ。緋扇シュアンに渡してほしい」
「ご苦労様。さっき話をつけたから、手ぐすね引いて待っているわ」
「あ、おい、お前が緋扇のところに行くのか?」
 リュイセンが切れるぞ、という台詞は口には出さない。これは一族の暗黙の了解である。
「まさか。私は屋敷でやることがあるし、誰かを使いにやらせるわ」
 ミンウェイは綺麗に紅の引かれた口元を、くすりとほころばせた。
 それはそれで、シュアンの期待を裏切るのかもしれないな、とルイフォンは思う。自分がミンウェイに心を動かされることは、髪の毛ひと筋ほどの可能性もないが、我が『姪』ながら彼女は無意味に色気があるのだ。――たとえ歳が十以上、上であっても、彼女は彼の『姪』であった。
「……ルイフォン、あなたこそ、本当に自分で行くつもり? あなたは本来、後衛部隊よ。今の仕事で充分、働いているわ」
 ミンウェイが記憶媒体を示して言う。
 ――それは数時間ほど前の、鷹刀一族と藤咲家が手を組んでの会議の場でのこと。
 互いの情報をすり合わせ、共有したところで、ルイフォンがこう宣言したのだ。
『こいつら父親の命は風前の灯だろう。だから、俺は今晩、救出に向かう』
 鋭く、好戦的な眼差し。
 過剰なほどの自信に満ち溢れた表情。
 ルイフォンのテノールの響きが消えたのち、完全に無音の時間が訪れた――。


「ばっ……!」
 口火を切ったのはリュイセンだった。
「ば、馬鹿言うなよ!? 斑目のところへ戦争をしかけるのに、お前みたいな弱っちい奴を連れていけるか!」
 彼もまた立ち上がり、起立した状態であったルイフォンの襟元を掴み上げた。
 もし、その手に双刀があれば、軽く峰打ちにしてルイフォンを黙らせていたことだろう。――さすがの彼も、屋敷内では帯刀していなかったので、それは未遂に終わったのだが。
 感情が先走ったようなリュイセンと、自分を締め上げてくる相手を平然と見返すルイフォン。どちらが優勢であるかは傍目には明らかで、リュイセンの父であるエルファンは、大きく溜め息をついた。
「リュイセン、とりあえず拳を収めろ。――まずは、ふたりとも席につけ」
 低く冷徹な声が命ずる。
 ばつが悪そうにリュイセンが着席すると、ルイフォンもそれに続いた。ふたりが落ち着いたのを確認すると、エルファンは斬りつけるような冷たい視線をルイフォンに向けた。
「これは、藤咲の当主の人命に関わると同時に、我々鷹刀の体面に関わる問題だ。無様な戦い方はできない。――ルイフォン、子供の感傷も大概にしろ。お前は足手まといだ」
 エルファンの弁は道理である。
 ルイフォンは当然、誰かがそう言ってくると構えていた。むしろ、それを待っていたといってもいい。
「俺は、ひとりの死傷者も出すつもりはないぜ?」
 にやりと、含みのある笑いを漏らす。
 エルファンが、ぴくりと眉を上げた。裏があることに、いち早く気づいたのだ。わずかに体を引き、静観の姿勢を取る。
 と、なると、声を上げるのは――。
「はぁ?」
 すぐ隣から、素っ頓狂な声がルイフォンの耳朶を打った。
「斑目の本拠地を総攻撃して、無傷ですむわけないだろ!?」
 唾を飛ばし、リュイセンが噛み付く。
 期待通りの反応に満足し、ルイフォンは涼しげな顔で、とぼけた答えを返した。
「メイシアの親父さんを助けるために、他の誰かが犠牲になったら、メイシアが悔やむだろ?」
 そして、柔らかな微笑みをメイシアに向ける。
 彼女は、険悪な雰囲気のふたりを交互に見ていたのだが、ルイフォンの顔の上でぴたりと視線を止めた。そして、鋭く息を呑み込む。……しかし、彼女は吐き出す言葉を思いつけなかった。ただ、どきりとした心臓を抑えたまま、目を見開いている。
「何、ふざけたことを言っているんだよ!」
 リュイセンの尖った声がテーブルに突き刺さった。――描いていたシナリオそのものの展開に、ルイフォンは内心でほくそ笑む。
「まぁ、聞けよ。――一族の中には貴族(シャトーア)を快く思っていない者も多い。そいつらの感情を考えたって、犠牲は絶対に許されないんだ」
「そんなこと言ったって無理なものは無理だ! 割り切る他ない。祖父上の決めたことに逆らう奴は、一族にはいない」
「今後も、鷹刀と藤咲家が友好な関係でいてくれないと、俺が困るんだよ」
 リュイセンの剣幕をもろともせず、ルイフォンが意味ありげな微笑みを浮かべる。
「だから、一族をあげての総攻撃はしない。今回のことは、俺がひとりで全部やる。斑目のことは親父の――総帥の希望通りのレベルにまで、俺が責任持って叩き潰してやる。その代わり、メイシアの親父さんに関しては、救出だけが目的の隠密行動として、俺に行かせてくれ」
作品名:第六章 飛翔の羅針図を 作家名:NaN