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心中未遂

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 プライベートに関わることまでは聞けないのは分かっている。だが、病状や刑事が事情聴取に来ている話などは聞くことができた。
 その時に坂田刑事の話を聞いたのである。担当看護師も坂田刑事のいでたちと雰囲気から、他の若い刑事のような形式的なことばかりでないことは分かっていた。
「形式的なことしか言わない刑事って、信用できませんよね」
 看護師は、今でこそ一人でアパートを借りて暮らしているが、最初は病院の寮に入っていたという。その時、寮に下着泥棒が横行したことがあり、警察がやってきたことがあったらしいが、その時に受けた質問に、彼女は憤慨していた。
「どうして、あんな聞き方しかできないのかしらね。デリカシーに欠けているわ」
 と憤慨をあらわにしたのを想像すると、少し可笑しくなった。
 時々会話することがあり、情報を貰ってはいたが、どこか形式的な言い方しかしていなかったように思ったからである。
 冷たいとまでは言わないが、感情を表に出せない性格なのかも知れないと思っていた。だが、それは病院という閉鎖された環境が原因なのかも知れないと思っていたが、それだけではないのは、彼女の憤慨を見て分かった。
 憤慨する表情に、内に籠ろうとする意識があるようだ。可笑しく感じたのは、憤慨している彼女の視線が斜め上を向き、あらぬ方向を見つめながら、自分の世界に入っているのを感じたのは、彼女の性格の本質が垣間見えた気がしたからだ。
 同じような性格は、弥生にもあった。ただ、それは学生時代までで、都会に出てきてからは、そんな性格は鳴りを潜めている。忘れてしまったかのようだが、これは同じ欠落でも、
――意識の欠落――
 だと思うようになっていた。
 意識の欠落は、気が付かない限り分からない。記憶の欠落は気付くというよりも、過去のことを思い出そうとして、繋がらない記憶があることで、欠落していることを認識する。同じ欠落でもかなり違っているのだ。
 担当看護師を見ていると、過去の自分を思い出そうとしている自分に気付く。最近は過去のことを思い出すのは無意識になっていて、感覚がマヒしてしまっているのだ。過去の自分を思い出すには、今の自分を意識しないと無理だと以前は思っていた。それは、思い出したくない過去があったからだと今は思っているが、自殺してから今に至るまで、今の自分を意識することなく、過去を思い出しているようだ。
 過去の自分を思い出そうとして思い出せないことが腹立たしい。この思いは過去にはなかった。
――思い出せないのは仕方がないことだ――
 と思っていたのだ。思い出したくない過去があるのだから、それも当然だが、記憶が欠落するまでは、思い出したくない過去がどういうものだったのか、分かっていたはずである。
 弥生は担当看護婦と話をしていて、彼女が弥生の過去について自分から聞いてこないことを分かっていた。それは、医者から言われてのことだろう。
「欠落している記憶がある人の過去の記憶を探ろうとするのは、藪を突いてヘビを出すのと同じことだね」
 とでも言われているのだろう。
 弥生にとって、過去の記憶の欠落は、自殺してしまったことの後遺症なのか、それとも自殺から立ち直るための避けては通れない必要不可欠なものなのか、自分では分かっていない。ただ、避けては通れないもののような気がしているのは、自分の世界になかなか入ることができないのが分かっているからだった。
 自分の世界に入れない時期が以前にあった。それがいつのことだったのか、それすら欠落してしまった記憶の中に入り込んでいる。ただ、時期があったということだけは覚えているのだ。
――記憶の欠落とは、一つの出来事の記憶すべてが欠落しているわけではない。出来事の部分部分が欠落しているのだ――
 だから、欠落していることが分かるのかも知れない。最初に気が付いたのがママだったのか、自分自身で気付いていたのかも曖昧な記憶の中に入ってしまっているが、それが自分にとってどんな影響があるのか定かでないことは、不安な気がしていた。
 記憶の欠落がどれほど自分に不安を与えるのか分からなかったが、
――この程度の不安で収まっているなんて不思議だわ――
 と思うほど、不安に感じていない弥生だった。
 入院するまでもないと思っていたが、入院を促進したのはママだった。
「あなたは自殺未遂をしたのよ。記憶の欠落が自殺の後遺症だったら、しっかり治さないといけないでしょう」
 と言って、知っている医者を通じて、大学病院に入院できる手続きをしてくれたのだった。
――それにしても、少し長い気がするわね――
 そう思っていたが、先生に聞いても、
「もう少しいろいろ確認してみないこともあるので、ご不自由をおかけいたしますが、もう少し入院していただきたいと思っています」
 大学病院というところは、資料収集や研究が主な目的であるということは分かっているので、研究材料にされるのも仕方がないとは思う。ママの紹介からの入院でもあるし、せっかくだからゆっくりしていればいいのだと、自分に言い聞かせている弥生であった。
 理沙のことも気になっているので、入院が長引くことは、弥生にとっても願ったり叶ったりなのかも知れない。ママも時間的には短いが、毎日のように様子を見に来てくれるのはありがたいことだった。
「お忙しいのに、すみません」
「いいのよ。私が紹介したんだから、心配せずにゆっくりしていればいいのよ。ここの先生は信頼できる先生が多いということなので、私も安心しているのよ」
 と、ママは言ってくれた。
「そろそろ年末になるけど、お店も忙しいんじゃない?」
「忙しいけど、大丈夫。ほら、この間入ってきてくれた女の子がいるでしょう? 彼女は結構役に立っているのよ」
 弥生が入院してから入れ替わりだったこともあって、彼女とは顔を合わせていない。
「今度連れてくるわね」
 とママが言っていたが、退院してからでもいいのではないかと思った。
 だが、そこで一つの疑念が浮かんだ。
――ママは私の入院が長引くと思っているのかしら?
 それならそれでもいいと思うのだが、入院が長引くことで、店の方はどうなのだろう? 弥生を目当てに来ている客もいたはずだ。
 まさか、新人に取られることはないと思っている。新人と言っても、年齢的には弥生よりもだいぶ上で、年齢的に絶対優位は揺るぎないと思っていたのだ。その頃の弥生は、しっかりはしていても、まだどこか年齢がすべてに優先しているという思いを抱いていた。直線的な考え方が吉と出ることも多いが、凶と出ることもある。凶と出た時、どうすればいいかなど、弥生の頭の中にはなかったのだ。
 弥生の入院が長引くことで、スナックのことを思い出すことが増えてきた。それだけ精神的にも余裕ができてきたのかも知れない。
 だが、思い出すスナックでの時間はあっという間に過ぎてしまうことばかりのようであった。楽しいことでも悲しいことでもない。共通性は、
――あっという間に忘れてしまうようなこと――
 だったのだ。
 それは、まるで夢を見ている時のようではないか。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次