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心中未遂

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 あっという間に時間が過ぎるのは、夢というものが、目が覚める直前に数秒見るものだと聞いたことがあったからだ。どんなに長い夢であっても、見ているのはほんの数秒、その話にどれだけの信憑性があるのか分からないが、弥生がその話に大きな興味を示したのは事実だった。
――スナックにいる時間は、果てしなく続くようにいつも思っていたのは、私にとって楽しい時間だったからなのかしら?
 人から聞く話では、
「楽しい時間ほど、あっという間に過ぎるのよね」
 という言葉をよく聞く。
 弥生はスナックにいる時間が人と違和感なく人と話ができて、同じ気を遣うのでも、自分の意志で遣っている気なので、違和感などありえないと思っていた時間が果てしなく続くように思えたことは、幸せなのだと思っていた。その気持ちは今も変わっているわけではなく、
――人の話の方が、信憑性がないんだわ――
 と、自分がおかしいのだという考えは毛頭なかったのである。
 スナックにいる間が、人生の中で一番楽しかった。その反動からか、仕事が終わって一人になると、鬱病のようになってしまうこともあった。
 急に身体が震えだして、寒気を感じる。風邪を引いているわけでもないのに、唇にも痺れを感じ、食事をしていても、何を食べてもおいしいと感じることがなくなるのだ。
――ここまで一気に変わってしまうなんて――
 一日のうちに何度も躁鬱状態を繰り返すというのは、自分だけだと思っていたが、ママに聞いてみると、
「私も実はそうなのよ。最初の頃は私だけだと思って殻に閉じ籠ってしまっていたけど、最近では、自分と同じような悩みを持っている人が分かるようになってきたの」
「じゃあ、ママは私のことも分かっていたの?」
「ええ」
「分かっていて、話しかけてくれなかったの?」
「ええ、話しかけても、閉じ籠ってしまった殻を破るだけの力はないはずだからね。相手が話してみようというところまで来ないと、私はどうすることもできないのよ」
 とママは言っていた。
 確かにその通りだろう。
 ただ、ママは店の経営者である。他の従業員とは感覚が違って当たり前だ。ママの感覚に自分を合わせてしまうのは少し感覚が違っているのではないかと思ったが、弥生にとっては、半分自分がママの代わり、そう、まるで代理のような感覚になっていることもあった。
 配達に来てくれる業者の人からも、
「弥生ちゃんに任せていれば、ママも安心だね」
 と、気軽に声を掛けられる。それはママが出入り業者に弥生のことを頼りになると宣伝しているからで、弥生もありがたいことだと思っていた。従業員と責任者との絆が深ければ、いずれ自分が何か困ったことがあった時、助けになるのではないかと、漠然としてではあるが考えていた。
 店の女の子は全部で六人いた。こじんまりとした店なので、そのくらいの人数がちょうどいい。
 普段はママを含めて店には三人の女性がいることになる。ママが不在の時は、代理として表に出るのは弥生だった。
 弥生が表に出ることを他の女の子たちは妬んだりしない。最近の女の子たちは、ドライというか、欲がないというか、店に対して執着がないようだ。もし、他の店から、
「給料を割増しにするから、うちに来てくれ」
 と言われたら、迷うことなく移籍する人がほとんどだろう。よほど店やママに恩でもない限り、それは仕方のないことなのかも知れない。
 実際に、この店に移籍してきた女の子もいた。まさか給料を割増しにするなどと言って引き抜いたわけではない。その娘が自分の意志で前の店から、こちらに移りたいと言ってきたのだ。
 前の店では、女の子の数には不自由していなかった。
 しかも、彼女はそれほど目立つタイプでもなく、前の店で顧客がついていたわけでもなかった。単身、店を変わったわけだが、この店にきて、彼女は変わっていった。
 それまで目立たなかったのがウソのように、お客さんが、彼女目当ての人が増えていった。最初は、
「ウソでしょう。私なんかに」
 と言っていた彼女だが、一人のお客から、
「君はユニークで、他の娘にはない面白いところがある」
 と言われたことが彼女の自信になったようだ。
 実際に無口だったのは、何かを口にして、
――バカにされたらどうしよう――
 という思いが強かったからで、前の店でもたまに口を開くと、他の女の子や客から、冷たい目で見られていたようだ。要するに話に水を差したというイメージなのだ。
 確かに彼女には水を差すようなところがあるが、それはタイミングが悪いだけで、一対一であれば、普通に会話もできるし、さらに今まで冷静な目で他の人の会話を聞いてきたので、耳は肥えている。話題性にはぐ自由しないことで、まわりからは、初めて聞いた彼女の声に、賛美の意を表す人すらいた。
「初めて聞いたけど、可愛い声しているね」
 お客というのは、自分だけを見てくれている女の子を欲しているものだ。それは普段の寂しさを紛らわすために店に来ているからで、普段あまりしゃべらない女の子が自分のために話をしてくれたと思うと、一気に彼女のファンになるのも当然のことだろう。
 弥生が入院した時に入ってきたのが彼女だった。
 さすがに他の女の子の客を取るようなことはしなかったが、弥生が入院している間にそんな変化が店の中で起きているなど、思ってもみなかった。
 他の女の子が、妬むことをしないのも、彼女にとってありがたかった。

                   ◇

 彼女は名前を穂香と言った。本名ではなく「源氏名」である。だが、彼女は穂香という名前にこだわった。客もその名前を気に入っていて、
「本名は親が付けた名前なので、自分ではどうにもならないけど、源氏名は、少なくとも自分でつけることができる名前なので、僕はそっちの方がいいな」
 と、穂香ファン第一号の客は、そう言って、穂香という名を称えた。
 穂香もその客を気に入ったようだ。
「私が言ってほしいことを言ってくれる」
 そんな人を待ち望んでいたようだ。
 男は四十歳代後半で、そろそろ五十歳になろうとしていた。
 しかし、見た目はまだまだ若く、十歳は若く見られると言って笑っていた。正直、穂香も四十歳を超えていると思っていなかったが、五十近いと聞かされた時、
――まるでお父さんのようだ――
 と、思ったのだ。
 穂香には実の父親はいなかった。中学の時に、交通事故で父親を亡くしたという。スナックに勤めるようになったのは、そのことも大いに影響しているという。高校まではとりあえず卒業したが、大学に進むわけにもいかず、スナックでアルバイトをしながら、昼は、コンビニでもアルバイトをしているという。
 穂香の好きになった客の名前は三枝と言った。
 三枝は、一度結婚したが、四十歳の時に離婚したという。子供はいなかったようで、奥さんは三枝よりも十歳も年下だったという。
――この人はかなり年齢的に年下の人から好かれるタイプなんだわ――
 自分が憧れた理由も分かったような気がした。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次