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心中未遂

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 ということを警察から言われたのかも知れない。観念して喋り始めたのであれば、この事件も次第に弥生の想像していた方へと展開していくだろうと思っていた。
 しかし、想像はいきなり覆された。さすがにこれには警察も呆れかえっていたほどで、男の方というより、女の方の気が知れないと思っていたのだ。警察でもこんなことはさほどないことなのかも知れない。刑事の焦りは、そのあたりからも伺うことができたのだ。
 噂というのは、良しも悪しも、広がり始めると早いものだ。しかも、興味深い話であれば、事実でないことであっても、あっという間に広がってしまう。
 最初は、信じられなかったが、考えてみれば、その方がまだ救われる。情報は、警察の方から漏れ伝わったものらしい。
「どうやら、心中した二人、まったく知らない者同士だったらしいわよ」
 噂を耳にした者は、信じられないという顔をするが、落ち着いてくると、この話を抱えておくことができなくなり、人に喋りたくなってしまうのだ。どこから漏れ伝わったかということは、もうどうでもいいことであって、事実なのかが話題になったのだ。
 男の方が警察で自供した内容によるものだというが、女性の方も次第に意識が戻ってくると、事情聴取に対して、同じ答えをしたという。
 ここまでくれば、マスコミにも知れて、次の日のニュースで流れた。男が危険ドラッグを使用していて、知らない女性と心中まがいのことをしたというだけで、話題性は十分だ。
 病院内の誰もが、他人事だとは言いながら、興味を持って理沙を見ている。理沙は完全に意識が戻ったわけではなく、治療に専念しなければいけない状況であることから、警察の追及はさほどなかった。
 もっとも、彼女から薬物反応は検出されず、本当に男とは知らない仲であるならば、理沙に対しての警察の追及は、ほとんどないに等しい。
 それでも、どういう経緯で心中に至ったかというのは、大きな問題で、男がどこかの組織の人間であることは警察の調べで分かっているが、女の方の素性は、ほとんど分かっていない。
 名前と現住所からだけでは、消息を掴むのは難しいようで、警察が情報をマスコミに流したのも、彼女の素性を調べるための一環でもあったことは、弥生には最初から分かっていた。
 弥生自身も、もし今自分が誰か知らない人と心中をすれば、同じように調べられるだろうが、自分の素性はすぐに分かるだろうか?
 免許書と、スナックの名刺があれば、スナックまでがたどり着けるが、そこから先は難しいかも知れない。スナックに勤める時に、素性はあらかた話をしたが、正確なところの田舎の住所までは話していない。いい加減なところがある店であったが、それもママがしっかりしていることで、何とかなっているようだ。弥生は、心中未遂をした理沙の気持ちを分かってあげられるとすれば、自分しかいないとまで思っていた。弥生も、自殺未遂をした心境は、
――この世から、自分の存在を消してしまいたい――
 という気持ちが強かったからだ。
 弥生と理沙、二人の間に何か共通点があるのだろうか? 理沙がどうして知らない男の人と心中を図ったのかという理由は、まだハッキリとしていない。
 理沙は、刑事の追及に対して。期待している答えを返せるほど、相手の男のことを知らなかった。飲み屋で会って話をして、どこでどう話が展開したのか、死のうという話になったという。男が正常ではないのは分かっていたが、自分もまともな精神状態ではないと思っていたので、死ぬということだけ意気投合したという。
 しかし、それよりも何よりも、理沙はそれ以前の記憶がほとんど消えていた。意識を取り戻した時から、病院側でも意識がないのは分かっていて、体調が回復していくうちに思い出すこともあるだろうからと様子を見ていたが、どうもすぐに思い出せるようなことはないようだ。
「私は自分が分からない」
 刑事はこの言葉を信じられるわけはないと一蹴したが、病院側からの診断書を提示され、半分疑念を抱きながら、事情聴取を厳しくするわけには行かなくなった。ここは病院であり、主導権は当然病院側にあるのだ。
 理沙は、自分の名前を刑事に教えられても、どこの誰だか思い出せなかった。ただ、初対面の男と出会って、心中しようという気持ちになったこと、そして、自分が死に損なってしまったことへの屈辱を感じていることは分かっている。
「記憶がないのに、何に対して屈辱感を感じるんだい? 屈辱感を感じるということは、どうして死のうと思ったのかが分かっているからではないのかい?」
 と、刑事に聞かれても、キョトンとした態度を示すだけで、どう対応していいのか分かっていないようだ。
「屈辱感というのを感じているという意識はありますが、何に対してなのか、自分でも分かりません」
 聞かれたことをそのまま答えているだけだが、それが本心であり、それ以上でもそれ以下でもないに違いない。
 しかし、刑事はこの「屈辱感」という言葉に注目した。屈辱感が誰に対してのものなのかである。
 心中相手とは、口裏を合わせたようには思えない。かといって、記憶がないと言っているのに、心中の瞬間だけは覚えていて、そこに屈辱感があったというのも自覚している。そこに何か見えない壁のようなものが存在しているのではないかと、刑事は考えているようだ。
 男は違う病院に入院させられた。薬物を身体から取り除くためだということだが、二人を同じ病院にしないのは、どこかで二人が繋がっているのではないかという思いと、再度二人を一緒にすれば、また心中を繰り返すのではないかという意見があったからだが、二人が心中を繰り返すかも知れないと思っているのは、たった一人だけだった。
 その刑事は、坂田刑事といい、心中の通報を受けて、最初に駆けつけてきた刑事だった。彼は二人の顔を見て、二人が最初から知り合いではなかったのではないかということに気付いていた。
 根拠があったわけではないが、二人のこん睡状態の顔が、あまりにも似ている表情だったので、二人が知り合いだったとは思えないというのだ。
「普通なら、反対じゃないんですか?」
 と他の刑事から聞かれて、
「もし、男と女の心中なら、普通、男が女を庇うような気持ちになるはずで、女は男に抱かれる気持ちで安らかに行きたいと思うものじゃないのかな? そうであれば、二人の表情が似ているというのはおかしい。どちらかというと、お互いに知らない者同士、境遇を話しているうちに相手の気持ちになって考えるようになり、死に至る時もまだ、相手の気持ちになっているだろうから、似たような表情になると思うんだ。お互いに、あの世で会おうという約束でもして、睡眠薬を飲んだんじゃないかな?」
 それが坂田刑事の考えだった。
 ただ、それも薬が絡んでいるなどと知る前のことだったので、まわりも、そうかも知れないと思えたが、薬が絡んでくると、坂田刑事の話はただの理想論でしかなくなってくる。次第に時間が経って分かってくることが増えてくると。坂田刑事の話に説得力はなくなってくるのだ。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次