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心中未遂

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 あくまでも彼を慕いながら、自立できるような自分を見つけることだけが目的だったのだ。彼を失うなど、考えたこともなかった頃である。今から思えば、自殺に踏み切ってしまったほど、精神的には弱かった。水商売で百戦錬磨のママのようになれるわけもないし、なりたいとも思わなかったのである。
 今の弥生が見る夢は、スナックでの出来事がほとんどだった。スナックでカウンターに出ている頃は、カウンターから見える世界が広大に感じられたが、スナックを離れて夢で見ると、実に狭い世界であったように思えてならない。見方や角度によって同じ場所でもまったく違って感じられるのは、今までになかったことだ。
――意識していなかったからなのかも知れない――
 スナックという場所は、夜であること、暗い店内、さらには、様々な人生の悲哀を持っている人が訪れるところ、弥生にとって、いろいろな定義を感じることができる。
――人生の縮図であり、交差点でもあるんだわ――
 と思っているが、ママは少し違った考えのようだ。今までにそのことについて会話をしたことはないが、見ていると微妙に違っているのではないかということを垣間見ることができた。
 会話がママとの間で成立する必要はなかった。それは最初付き合っていた彼にも感じたことだが、成立しない会話がぎこちなさを生むことは、彼との間で立証済みなのに、ママとの間では問題ないように思えた。女性同士だからなのか、それとも、感じていることに共通点が多いからなのか、弥生にとってママは、
――会話が成立しなくても、分かり合える相手――
 として、君臨している女性であった。
 だが、今までにも同じ感覚になった女性がいたような気がした。それがいつのことだったのかハッキリしない。子供の頃だったのか、最近のことなのか分からない。
――この部分が記憶の欠落している一部なのかも知れない――
 そう思うと、少し記憶を取り戻す手がかりを見つけた気がしたのだが、そこから先が進まない。この部分が埋まったことで、却って他の記憶を取り戻すのに問題が発生しているのかも知れないと思うと、これ以上、この部分を深く掘り下げることをしてはいけないと感じた。
 スナックを離れて入院している弥生は、今はスナックのことばかり思い出してしまうのだが、そのうちに、違うことを意識するようになるのではないかと思っている。それは、今回心中で入院してきた二人の様子を見ていくうちに、気持ちに変化が生まれてくるのではないかと思うからだ。
 病院に入院してまでスナックのことを思い出すと、これまで果てしなく広く見えていたカウンターからの景色を、逆に見ているようで、今までの感覚がどれほど狭かったのかということを思い知らされる気がしていた。
 自殺を図った前後で明らかに自分が違った人生を歩んでいるのではないかという思いの元、弥生の中では、心中の二人が自分にどのような影響を与えるかと考えると、いまだこん睡状態の彼女が、今にも自分に話しかけてくるように思えてならなかった。
――目が覚めた時の彼女の第一声は、何と言うのだろう?
 と思うと、その言葉が自分に対して言っている言葉ではないかという妄想に駆られてしまうのだった……。

                   ◇

 こん睡状態だった心中の片割れの女性が目を覚ましたのは、担ぎ込まれて三日後のことだった。男の方が、だいぶよくなり意識もしっかりしてきたことで、女性が目を覚ます前に、警察の事情聴取を受けることになった。
 警察もさすがに心中というと慎重である。男の方も軽かったとはいえ、さすがに睡眠薬を服用しているので、意識がずっと朦朧としていたようだ。だが、医者の目はごまかせないのか、男の方は睡眠薬の服用はあったが、それ以外に、ドラッグ反応が出たようである。事情聴取は心中事件にとどまらず、別の様相を呈してくるように思えた。
 病院内では、静かにその噂で持ちきりであろう。緘口令が敷かれていることもあって。大っぴらには話をしないが、ナースステーションの奥では、何を言われているか分かったものではない。
「薬をしているということは、二人は何か危ない組織に所属していて、逃げ出してきたのかも知れないわね」
 という話が大方を占めているのではないかと、勝手に想像していた。
 女性が集中治療室だったのは分かるが、男の方はさほど重症ではないのに、男も病室が個室だった。今から思えば、曰くつきの患者なので、個室にするのもやむなしだったのだろう。
 それにしてもドラッグが絡んでいたとは思わなかったが、病室が個室であったことで、ただの心中ではないと弥生には分かっていた。ただ、自分が関わり合いになる筋合いのものではないので、なるべく知らん顔をしていたが、分かってくるにつれて、二人の関係が余計に気になってきた弥生だった。
 弥生の中には、一つの仮説があったが、それはあまりにも突飛な発想であり、他の人に話しても、
「そんなバカな」
 と一蹴されるに決まっている。鼻であざ笑われるに違いないと思うと、余計に自分の考えに固執してしまいそうだったのだ。
 症状がだいぶよくなり、何とか話ができるようになると、さっそく刑事がやってきた。まだ動かすことができないので、病室での事情聴取だが、退院できるようにまで回復すれば、厳しい取り調べが待っているに違いない。
 気が付いた彼女にも、当然刑事の尋問が待っているのだが、気が付いたと言っても、まだ何も話をできる状態ではないようだ。刑事が二人ほど集中治療室の前で待ち構えているが、どうやら、待ちぼうけを食らっているようだ。
 刑事の苛立ちは傍から見ていても分かる。もっとも、これは水商売で培った目線でなければ分からない世界かも知れないが、彼らは一刻も早く、女から事情聴取をしたいようだ。
 噂が本当であれば、それも当然である。ドラッグ疑惑がある男と、心中したのだから、当然何も知らないわけではないだろう、
 警察の捜査は、女の身辺調査から行われているのだろうが、どうもそちらの方がうまく行っていないことで、意識が正常になるのを待つしかないのだろう。女がどこから来て、どこに行こうとしているのかというイメージで捜査が繰り広げられているようだ。病院の外で携帯電話を使って本部とやり取りしている会話を聞いた弥生だったが、一つだけ分かったこととして、彼女の名前が、理沙ということであった。
――名前までは分かっているが、素性はほとんど分からない。きっと名前は所持品から分かったくらいで、どこの誰なのかまではハッキリしていないのかも知れない――
 弥生が彼女に水商売を感じたのは、まんざら間違った発想ではなかったのかも知れない。男は危険ドラッグの使用者で、女は水商売だとすれば、男は何かの組織の下っ端で、女はその恋人か何かで、男は女のために組織を裏切ったが、逃げられないと見て、心中を図ったと見るのが一番近いかも知れないと思っていた。
 だが、弥生の想像と違っていたことは、すぐに判明した。それは女の意識が戻ったということを聞いた男が、警察で少しずつ話を始めたからだった。
「黙っていても、そのうちにバレる」
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次