小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

心中未遂

INDEX|4ページ/44ページ|

次のページ前のページ
 

 入院患者の中にも同じように、夜眠れない人は少なくない。トイレに起きると、時々ロビーの方で人の気配を感じる。真っ暗なロビーに佇んでいる人の影が、病院の通路に影として映っているのは、実に気持ち悪いものだ。
 最近でこそ慣れてきたが、最初の頃は、気持ち悪いことこの上なかった。病院の消灯時間が早すぎるのか、それとも弥生のように入院患者の中には、入院前の不規則な生活が祟って、それが原因で入院している人もいるのかも知れないと思うと、佇んでいる影を見ていて、
――私の姿を見られているようだわ――
 と、自分に重ね合わせて見てしまっている自分を感じるのだった。
 朝、他の人と同じように起きるのは、別に苦にならないが、診察を受けてその後は急に気が抜けてくるのか、昼食までまだ時間があるという意識が生まれるからなのか、眠れる時間ができたことで、軽い睡眠が摂れると思うと、不思議なもので、睡魔は一気に襲ってくるのだった。
 眠りに就くことが弥生にとって、病院生活では大きな意味を持っていた。
「記憶の欠落は、睡眠時間に影響があると言われていたりしますが、睡眠は十分に摂れていますか?」
 という医者の問いかけに、
「全体としては取れていないと思います。それに浅い眠りを何度か繰り返す程度で、目が覚めているのか、寝ているのか、自分でもハッキリとしない感覚に襲われてしまうこともあるんですよ」
 と医者に話すと、
「やはり睡眠が十分に摂れていないことが、記憶が欠落している大きな要因の一つになっているのかも知れませんね」
 先生は、基本は内科だというが、精神科も兼ねているという。大学病院の中でも信頼できる医者のようで、弥生は心配することもなく、先生の治療を受けていた。
 先生の名前は山田教授というが、山田教授が直接診療してくれるというのは、よほど重たい症状の患者か、先生が興味を持った患者だという。弥生は先生が興味を持った患者ということになるだろうか。
 山田教授は、弥生の診察を終えた後、今度は重病人の患者を診てまわっていた。その中には先日運ばれてきた心中を図った女性患者もいるが、彼女は、まだ意識を取り戻すことができないようだ。集中治療室で二十四時間監視の元、こん睡状態が続いているということだった。
 弥生が気になるのは無理のないことだ。自分も一度は自殺未遂をしたのだから、精神的に尋常ではないのはよく分かる。
 しかし、彼女はただの自殺ではない。心中だという。弥生には心中の気持ちが正直分からない。
――一人きりだという意識があるから自殺したのに――
 本当は一人っきりではないことを分かっていたが、それでも自分が一人だと思い込んでしまうほど切羽詰ってしまったからだ。もし、その時に誰かがそばにいてくれたら、死のうとまでは思わなかったかも知れない。
 いや、逆に誰かがそばにいて、その人も切羽詰っていて、
「一緒に死のう」
 などと言われたらどうだろう?
 一人だと死に切れないかも知れないという思いを、二人だったら死に切れるかも知れないと感じるかも知れない。どちらにしても、一人ならできないことを二人ならできてしまうという集団心理がその時に働く余裕があったかどうかであろう。
――自殺を思い立った時、意外と冷静だった気がするわ――
 と、弥生はその時のことを思い返していた。
 自殺する時の心境について、山田教授に聞かれたことがあったが、さすがに大学教授、それまで意識していなかったことを、まるでその時に分かっていたかのように思い返して話をすることができたのは、それだけ弥生の心境を理解しているからなのか、弥生と話をしていると、自然とその時の心境を図り知ることができたのか、弥生はまるで最初から分かっていたかのように今では思うことができるほどだった。
――もし、心中した彼女も意識が戻って、山田先生の治療を受ければ、その時の心境を思い出すことになるのかも知れないわね――
 と思った。
 しかし、弥生のように落ち着いた心境になることができて、ママやまわりの人の印象を思い出すことができたから、山田先生の話に素直に反応できたのだが、彼女の場合は違うのかも知れない。
 しかも、心中だったのである。
 男の方は、それほど重症ではなく、すぐに回復するだろう。その時、男がどのように感じるか。死に切れなかったことで、新しい人生を模索するかも知れない。その時、今までの人生をすべて皆無にして、新しく生まれ変わろうとでもするのであれば、彼女の方は完全に置き去りにされた形になってしまう。
――そんな、可哀そうだわ――
 その気持ちを一番よく分かってあげられるのは、弥生ではないかと思う。
 もちろん、二人がどれほどの関係で、何を考えて心中を図ったのかが分からない以上、あくまでも想像するしかできないからだ。
 付き合った期間もそうだが、結婚まで考えたことがあるかなど、さまざまな憶測が生まれる。弥生は今、自分のことだけでも大変ではあったが、気持ちに余裕を持たなければいけないと思っている中で、余裕を持てば持つほど、気になってしまっている心中の二人、いや女性の方に神経が集中してしまっているようだった。
 弥生の入院は、最初に運ばれてから、意識が戻って感じた一日と、再入院して、今感じている一日一日とでは、明らかに違っている。今の一日一日の方が、あっという間に過ぎている感覚であるが、逆に、瞬間瞬間は、長く感じていたのだ。
 最初に入院した時、精神的な余裕もなく、まず自分がこのままどこに行くのかすら分かっていなかったのだ。
 自殺して死に切れなかったことで、自分がこの世にいてはいけない人間なのだという意識が強く、生まれた意識は、やはり自分は一人きりだという気持ちだった。
 瞬間瞬間は、あっという間に過ぎていくのに、一日経ってしまうと、その日の朝が、はるか遠い過去のように思えていた。それだけ皆無の時間が長く弥生の中に存在し、その事実が、さらに自分を一人きりだと思わせる状況を作ってしまうのだろう。
 以前、弥生はスナックで、怪しい男女を感じたことがあった。明らかな不倫で、二人はまったく会話を交わさない。
――スナックにはふさわしくないわ――
 と感じていたが、よく見ていると、女性の方が、以前スナックに勤めていた女性のように感じられてならなかった。
――餅屋は餅屋――
 と言われるが、弥生も気づくくらいなので、ママには最初から分かっていたのだろう。弥生にアイコンタクトで、あまり二人に関わることのないようにというサインを送ってきたからだ。余計なことを話して、二人のどちらかの気持ちを逆撫でするようなことがあれば、何をするか分からない雰囲気があったからだ。
 男性も女性も、一見みすぼらしい格好をしていたが、男性の方は見た目通りの冴えない雰囲気に感じられたが、女性の方はよく見ると、化粧によっては水商売にピッタリに感じられた。
――水商売と分かるような同じ雰囲気を感じることができるというのも因果なものだわ――
 と感じたが、表情には出さなかった。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次