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心中未遂

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 ママもそれなりに苦労を重ねてきているので、弥生の気持ちを分からなくもない。元々弥生とママは同郷であることから知り合った仲なので、弥生が同郷の男から騙されていたこと、そして、都会で一人で生きていこうという強い気持ちを持ちながら、自分との葛藤に苦しんでいる姿を見るのは、身につまされる思いだったに違いない。
「ママがいてくれていると思っているのに、勝手に自殺なんかしようとしてごめんなさい」
 と、弥生はママに面と向かって謝ることができるくらいまで回復した時、ママは心から弥生の苦しみが分かった気がした。
「いいのよ、もうこの私があなたに自殺なんて思わせないようにしっかりと見ていてあげますから」
 その言葉に、弥生も幾分か救われた気がした。その時に見せた弥生の笑顔にママは、自分も同じように救われた気がしていたのだ。
 お互いに同じ心境になれる相手がいることは幸せなのだと思うことで、二人は今まで生きてきたような気がした。ママも弥生に出会う直前の時期には、大きな裏切りに遭ってしまったことで、自殺を真剣に考えたほどだった。弥生には話をしていないが、その時の心境は、自殺未遂をしてしまった弥生よりも強かったかも知れない。結果として行動に移すか移さないかは、衝動的な自殺である弥生の方が強かったのだが、自殺することもできずに、先に自殺されてしまったママからすれば、本当は先に自殺をするはずだった自分だけが取り残されてしまったようで、一度高めかけた気持ちの持って行きどころのなさに戸惑ってしまい、振り上げた鉈の振り下ろし先がないことで、どうしていいのか分からなくなってしまっていた。
 それでも、弥生の看病をすることが生きる支えの一つになってしまったことは、何とも皮肉なことだ。
「そう何度も死ぬ思いなど持てるものではないです」
 と、刑事から、今後のことを聞かれての弥生の返答だったが、この言葉はソックリそのままママにも言えることだったのだ。
 弥生はママから看病されることで自殺を思いとどまる気持ちになった。ママは弥生を見ていて、自殺を思いとどまった。二人とも、相手に自分を重ね合わせて見ることで自殺を思いとどまったのだ。やはり、ママと弥生の出会いは、運命の出会いだったのだ。
 弥生は今までに何度か自殺しようとして手に残ってしまった躊躇い傷を、ママの手首に見たことがあった。
「あなた以外に見せたことがないの」
 というママの躊躇い傷を見ていながら、それでも自殺に追い込まれてしまった弥生。そして、そんな弥生にだけしか見せたことのないママの心境は、
――この人には、自分と同じ匂いを感じる――
 とでも思ったのか、自殺しそうに感じたことで、思いとどまらせるにはどうすればいいかということを、ママなりに考えていた結果が手首を見せることだったのかも知れない。それでも自殺をしてしまった弥生だったが、もしここで手首を見せていなかったら、本当に今頃この世の人ではなかったのではないかと思うと、ママは幾分か自分が救われた気になってくるのだった。
 自殺を思いとどまったことが、本当によかったのかどうなのか、誰にも分からないが、少なくとも、現時点では、弥生も落ち着いてきて、再度自殺を考えることはなさそうだ。ママにとっても、ホッと胸を撫で下ろすにふさわしい時間が訪れたのだが、間を置かずして、記憶の欠落が発覚した。再入院という形になったのだが、今度は命に別状のあることではない。
――よくなることはあっても、悪くなることはないだろう――
 と、ママは楽観的に考えていたが、果たしてそうだろうか。
 入院に際しての問題はなかった。
 スナックでは、再入院した弥生に変わって一人新しい人を雇い入れた。
 弥生が入院して困ったことにならないように、人員を増やすかどうするか迷っていたところであったが、雇ってほしいと言って訪ねてきた女の子がいたのは、迷いを吹き飛ばすことになった。
――迷っている間に、相手が飛び込んできてくれた――
 天の助けだと思い、ママはすぐに雇い入れることにした。新しい女の子は開放的な性格で、どうやら、スナックでアルバイトした経験もあるようだ。客相手のトークも達者で、ママの感じた天の助けは本当だったのかも知れない。
「お店のことは心配しないでいいからね」
 一人新しい娘を雇い入れたことについてママは話題として弥生とはあまり話さなかった。雇われた女の子は、一見明るそうな女の子なので、それほど心配することなどない。話題に出すことは弥生に心配かけることになると思い、ママなりに気を遣ったのだろうが、そのことが弥生とママを苦しめることになるとは、その時誰にも気づくはずもなかったのだ……。

                   ◇

 病院に救急患者として担ぎ込まれた人は二人だった。
 一組の男女、二人はそれぞれのタンカに乗って、それぞれの部屋に運び込まれた。男性よりも女性の方にたくさんの医療チームが取り囲み、その場は、救急センターさながらの緊迫した雰囲気でピリピリしていた。
「二人は心中のようです。薬を飲んでいます。飲んだ薬は睡眠薬、男性の方はすぐに救急班で吐き出させましたが、女性はそのままこん睡状態です」
 大方の話を救急搬送班から聞かされ、医者は聞いた話を元に、医療チームに的確な指示を与える。専門用語が飛び交っているので、医者でないとその場がどれほどの「修羅場」なのか分からないが、状況が切迫していることに違いはないようだ。男の方には、看護師数人が当てられたが、女性の方には宿直の医者に、さらにもう一人、近くに住んでいる医者が呼び出された。臨戦態勢の中でも緊急度はかなり高かったのかも知れない。朝方くらいまで治療が施され、やっと落ち着いた頃には、全員クタクタになっているようで、声を出す人はいなかった。集中治療室前では、交代の医者が来たことで、開放された昨夜から治療に当たっている医者や看護師の荒い息遣いだけが響いているだけだった。外は、まだ真っ暗だったが、そろそろ夜が明ける時間でもあり、眠っていた世界に息吹が吹き込まれる時間がやってくると、荒い息遣いがイビキに変わり、夜中の喧騒とした修羅場が、まるで夢の跡だったのだ。
 弥生が、昨日心中の患者が運び込まれたのを知ったのは、午後になってからだった。午前中の弥生は、先生の診察があったり、まだ慣れきっていない時間帯を過ごしているせいで、どうしても意識がハッキリしていない。診察が終わったら、そのまま寝てしまうことも少なくなく、医者からも、
「今は眠い時に我慢することなく、寝てしまえばいいからね」
 と言われていたこともあって、その日も診察が終わって二時間ほど、軽い眠りに就いていたのだ。
 眠りは軽いものだった。夜中、眠ったとはいえ、二時間おきくらいに目を覚まし、そのうちの一回は、トイレにも行ったことで、一度は完全に目を覚ましていた。一度目を覚ますと、今度は寝ようとしてもなかなか寝付けない。寝ようと意識してしまうと今度は眠れなくなってしまい、
――これが人間の性なのかも知れないわ――
 と、意識しすぎることが却っていけないということを教えられた気がした。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次