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心中未遂

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――感覚を覚醒させるものだ――
 というのが正解であろう。
 悦に入っていることがあれば、さらに心地よさが漲ってくる。それが充実感であれば、さらなる高みの満足感を与えてくれる。
 その時に、感覚がマヒしてしまったように感じるのは、飽和状態に陥ってしまうからなのかも知れない。
 コーヒーを口にすると、避けることのできない苦味が口の中に広がってくる。
 苦味が頭を覚醒させるものなのかどうか、弥生には分からないが、
「コーヒーを飲むと眠れなくなる」
 という感覚は、誰もが口にすることで、まんざら嘘ではないだろう。弥生の中で感じる苦味は舌の先端で感じることもあれば、奥で感じることもある。本当は決まっているはずなのにその時で違うということこそ、コーヒーの味に対して感覚がマヒしているからではないかと思うのだった。
 部屋に広がった香りからは、想像もできないような苦さを感じる。弥生はミルクが苦手なので砂糖しか入れないが、そのせいなのかとも感じた。
――いや、ミルクを入れてもまろやかにはなるかも知れないけど、根本的な苦さに変わりはないはずだわ――
 と思った。
 同じようにブラックで飲む人も同じことを言っていた。
「ミルクを入れようが入れまいが、苦さには関係ない」
 半分本心だと思って聞いていたが、その時は学生時代の他愛もない会話の中でのことだったので、それほど重要視して聞いていたわけではないのに、よく思い出すセリフである。やはり、自分の部屋で飲むコーヒーは、他で飲むのとは一味違う。飲みながら、孤独を感じているからであろうか。
 弥生は自分の部屋にコーヒーの香りが漂ってくるのを感じると、やっと暖かくなってきた部屋を感じてきた。
 さっきまで狭いと思っていた部屋も、以前の広さに変わってきたのだが、それは部屋に対して自分が慣れてきたのかも知れない。それだけ、部屋がやっと自分を「住人」だとして許可してくれた証拠のように思えてきた。

                   ◇

 ここはとある町はずれの神社の境内。さほど広くはないが、小高い丘の上に立っていて、ここからであれば、街の一望することができる。
 早朝のまだ朝日が昇ってすくくらいの時間なので、人の気配もなく、スズメが境内に降り立って、一生懸命に何かをついばんでいる様子が見て取れた。
 冬に入って久しく、年末の喧騒とした雰囲気とはまるで別世界、朝もやの中で、浮かび上がる社屋は、少し大きく見えていた。
 階下の赤鳥居をくぐり、一人の男が境内への石段を上がってくる。一歩一歩確かめるように歩くのは、石段が簡素に作られていて、一段一段で高さが違っているからだということもあるだろう。
 上まで上がるとさすがに息が上がってしまう。呼吸が荒くなっているところで、上がりきると、すぐには境内に向かわず、しばし上がりきったところで境内を見渡していた。
 それは呼吸を整えるという目的だけではなく、他にも目的があることを示していた。その目的とは、人を探していることだった。彼は、ここで人と待ち合わせをしているのだ。
 男は境内を見渡して、誰もいないことを確認すると、ゆっくり石畳を境内に向かって歩き始めた。境内の横にも視線を移しながらであるが、歩いて来れば来るほど、境内の横は死角になってくる。
「やあ」
 境内までの石畳を半分近く進み出た時であろうか、一人の男が現れて、声を掛けた。
「よく分かったな」
「ああ、石畳を革靴で歩けば、音で分かるさ」
「いや、それだけ耳を研ぎ澄ませていたんだな」
「そうだな、我ながらすごいと思うよ」
 もう一人の男はそう言いながら、境内の左側の横から顔を出して、近づいてきた。
 その場に現れた男はトレンチコートに帽子をかぶり、手をコートに突っ込んでいた。サングラスまで掛けているので、一見、昔のギャングでも見ているかのようないでたちに、表情は口元だけでしか判断できない様子でも、相手のことが分かっているようなので、お互いにかなり分かり合った仲であることは察しがついた。
 ということは、二人はかなり以前からの知り合いだということにもなるだろう。
 気心知れた仲というのは、少しでも似ているところがあれば、他の人が見て最初は見分けがつかないほど似てくるものだと思うのは危険な考えであろうか。
 二人は背丈もよく似ていて、体格もそれほど変わりがない。しかし、明らかな違いがある、それは帽子をかぶっていて、サングラスをしている格好の二人なので、すぐには気付かないかも知れないが、絶対に否定することのできない違いがあった。
 それは年齢である。
 年齢は平行線と同じで、決して交わることはない。年を重ねている方が死んでしまえば話は別だが、それでも違っていることには違いない。
 階段を上がってきた男性は、少々年齢を重ねた男性で、中年の域を十分に超えているだろう。それに比べて、境内で待っていた男は、年齢的にはまだ二十代から、行っていたとしても三十歳を少し超えたくらいであろうか。親子というほどの年の差ではないが、顔をオープンにすれば、明らかな違いが分かることだろう。
 なぜ、この二人が早朝の神社の境内などという人っ気のないところで、しかも顔を隠して会う必要があるというのか、二人のその時、交わされた言葉はまるで暗号だった。
「首尾はどうだい?」
 と、若い方が言えば、
「ああ、こっちはうまくいっているが、お前の方がどうなんだい? 相手が怪しんでいるなんてことはないかい?」
「ああ、でもきっと怪しんでいるだろうな」
「それじゃあ、困るじゃないか」
「何言ってるんだよ、相手は普通の状態じゃないんだ。怪しんでくれた方が、それだけ意識をこっちに持っていけるというものさ。何でもかんでもスルーされると困るんじゃないのかい?」
「それはそうだ。若いのに、なかなか分かっているじゃないか?」
「それだけ、俺も苦労してきたということかな? いや、余計なことをいうのは、やめよう」
 二人の謎めいた会話であるが、怪しさは十分なのだが、どうにも犯罪の匂いが漂っているわけではない。早朝の神社の境内というシチュエーションが、いい意味で影響を及ぼしているからなのかも知れない。
 昭和のギャングのようないでたちに、しかも早朝の神社の境内。こんなベタな設定は、夢でなければ見ることができないような気がすると思うと、やはり夢の中だったようで、一気に目を覚ましてしまった。
「いつの間にか寝てしまっていたんだわ」
 コーヒーの香りを感じていた弥生は、本当ならそこで目を覚ますと思っていたのに、却って寝てしまうことになったことを、
――よほど疲れていたのかも知れないわ――
 と思った。
 それだけ、入院生活は自分が思っているよりも疲れが蓄積されていたのかも知れない。力が入っていないつもりでも夢の中で知らず知らずに力が入ってしまい、寝ている時、足が攣るなどということがあったりするのも、同じようなものなのかも知れない。
 足が攣る時は、事前に分かるものである。
――やばい――
 と思った瞬間には、身体が反応してしまって、逃れることができない。
――もし、気が付かなければ、足が攣ることもないかも知れないな――
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次