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心中未遂

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 最初に感じた時は、記憶の欠落を意識していなかったが、三度目に感じた不安感から、記憶の欠落を感じ取ると、まったく分からない不安ではなく、記憶の欠落という事実が一つ分かっただけでも、安心できるような不思議な感覚に襲われた。
 記憶の欠落は記憶のすべてではなく、ある瞬間に感じるもので、それ以外は普通の生活に何ら影響を与えるものではない。ただ、不安に襲われるというのは、欠落している記憶があるということを知っている自分の中のどこかが発する危険信号の一つで、自分で感じているほど大げさなものではないのかも知れない。
 記憶に対して未練を持っているわけではない。実際に自殺しようとした時点で、記憶はおろか、自分のすべてを抹殺しようと考えたのだから、未練などあるはずもないのだ。だが、生き返ってしまうと、死んでしまったはずの気持ちも一緒によみがえるのだが、生き残ったことで、生きようとする気持ちが強くなったわけではなく、一度死んだことで、もうこの世に引き戻すことができないものをあの世に送ってしまったように思っていた。その思いがそのまま記憶の欠落として穴が空いているのであれば、ここまでの不安感はないだろう。きっと自分の想定外のことが起こっていて、修復できるかどうか、分かるわけもない。すでに気持ちは一度死んでしまったという思いが、いつになったら、消えてくれるのだろう?
 ただ、一つ言えることは、
「死ぬ勇気など、そう何度も持てるものではないわ」
 ということで、もう自殺を考えることはないだろう。ただ、生きていくには、一度失くしてしまったものを取り戻さなければいけないものがある。その思いと葛藤が不安感を呼び起こし、記憶の欠落を教えてくれる。一度自ら死に直面してしまった人間が、通らなければいけない道を、今まさに通っているのだろう。この辛い思いを抜ければ、少々のことでは自殺を試みようなどと、思わないに違いない。
 もし、弥生のそんな気持ちを知っている人がいるとすれば、それはママだけであろう。ママはなぜかいつも弥生が何を考えているかを心得ていて、弥生がこの店で働くようになった理由も分かっているつもりだ。弥生もママにだけは心を開いていて、何でも相談できる相手だったのだ。
 もし、ママがいなければ、弥生が再入院するなどということはなかっただろう。
「私、何かおかしい感じがするんです」
 さすがに四度目の不安感が募ってきた時、怖くなって、ママに訴えた。
「私も何かおかしいとは思っていたんだけど、弥生ちゃんの自覚がないと、私からは何も言えない立場なのよね。だから、弥生ちゃんが告白してくれて、私は嬉しいし、安心しているのよ」
 と、ママが言ってくれた。
 病院には、ママが付き合ってくれた。
「心配いらないからね」
 入院の手続きから裏のことは、ママがしてくれたのだ。
――前自殺未遂の時も、こうやってママが入院の手続きまでしてくれたらしいと聞いたけど――
 やはり実際に見てみると、なかなか手際よく、本当に頼りになる。入院期間中も安心していてよさそうだ。
 だが、それにしても、ママがどうしてここまでよくしてくれるのか、弥生には分からなかった。
 弥生は高校を卒業すると、二年先輩の彼氏を頼って田舎から出てきた。その時、親とは大ゲンカになったが、和解することもなく、一方的に出てきたようなものだった。そんな弥生を東京に出ていた彼氏は暖かく迎えてくれるどころか、さっさと都会で別の彼女を作り、適当に大学生活を楽しんでいたのだ。しかも、最初から彼の態度がおかしかったのならまだ救いようもあったが、弥生に分からないように二股を掛けていた時期が一年ほどあった。その期間、ずっと騙されていたのだ。
 何の苦労も知らない彼氏が、今さら弥生のような「お荷物」を抱え込むわけもない。捨てられて、放り出されたも同然の弥生は、この時自殺しなかったのが不思議なくらいだと思っていた。
「今回の自殺は、前のショックを思い出したことで、さらに精神的に追い込まれたからなのかも知れないわね」
 と、ママは言っていたが、それも間違いではないと思った。
 弥生は元々、執念深い方だ。
――女性らしい性格――
 と言ってしまえばそれまでなのだが、本人は、そんな性格をずっと嫌いだった。
 だが、泣き寝入りも自分の性格からして耐えられることではない。どちらの思いが強いのか天秤に掛けてみたが、
――泣き寝入りは嫌だ――
 という思いが強いことに気が付いた。
――それまで彼に尽くしてきた思いは、自分の中の性格を客観的に見て、可愛らしさの中にいじらしさと強さがある――
 と思っていた。
 泣き寝入りしてしまうと、最後の強さを否定してしまいそうで、強さを否定することは、まるで自分をも否定する気になって、嫌だった。もし、強さを否定することになったら生きていけないという思いがあり、自殺に踏み切ったのは、その思いがあったからだ。
 弥生の自殺は衝動的なものだった。自殺したと聞いた時、ママは最初に、衝動的な自殺かどうかが一番気になったという。もし衝動的な自殺であれば、立ち直りが早いと踏んだのだろう。
 実際に衝動的な自殺であったことで、ママは安心したようだ。
「衝動的な自殺なら、本当に死んでしまう確率もグンと減りますからね」
 と、警察の人に聞かれた時に答えたという。さすがに警察も、ママの落ち着きにはビックリしていたようで、よほど弥生のことを理解していないと、ここまで落ち着いて状況分析までできないだろうと思っていた。
 自殺に事件性もないようなので、警察は一通りの尋問を終えるとすぐに帰っていったが、入院はしばらく掛かるということだった。それでも、二週間程度での退院だったので、さほど長引くことはなかった。ただ、その時はまだ弥生に記憶の欠落が見られなかったことで、安心しての退院だったのだ。
 弥生は退院してから、しばらくは精神的に不安定だった。それは弥生よりもママの方が分かっていて、
――しばらくは仕方がないかも知れないわね――
 と感じていたようだ。病院にいる間は、守られているという意識があるが、退院すると自由ではあるが、寂しさが一気に噴き出してくる。何しろ、絶対に戻ってくるはずのない世界に、再度引き戻されることになるわけだから、当然である。いくら衝動的な自殺であっても、ある程度の整理は頭の中でつけていただろう。それを思うと、退院は弥生にとって、この世の地獄を感じるくらいのものになるかも知れない。元々一人で暮らしているつもりだった弥生は、一人でいても寂しいという感覚を超越した思いがあったに違いない。その思いから死を持って解放されたと思っていたとすれば、死に切れなかったことで強制送還させられた神経は、何を目指して行けばいいというのだろう。ママは、弥生にその辛さを課さなければいけなくなったことへの自責の念に駆られていたに違いない。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次