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心中未遂

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 人は死ぬ時、普通は一人で死んでいくものだというのをいつもなら分かっているはずなのに、その時、自殺という言葉を聞いて、可哀そうだという発想とともに、一人で死んでいくことの違和感を感じたのだった。
 それは自分で自分の命を抹殺してしまったことへの苛立ちのようなものがあったからなのかも知れない。死ぬ前に誰かがいてくれれば、自殺など思いとどまったかも知れないという思いと、もし死ぬなら、一緒に死んでくれるのなら、寂しくなくてもいいというおかしな意識を持ったからなのかも知れない。
 どちらにしても、普通に静かに迎える死に直面したわけではない。喧騒とした雰囲気の中で、一人虚空を見つめて、断末魔の表情を浮かべている。当分頭から離れなかったのも当然と言えるだろう。
 しかし、ある日を境に、思い出すことはなくなった。事故を目撃したという事実だけは意識の中にあるのだが、断末魔の表情を思い出すことはできなかった。思い出せないのなら、それに越したことはないのに、不思議だった。
――ひょっとして自分以外の誰かの瞼の裏に写っているのかも知れない――
 という不思議な感覚に駆られた。
 移ってしまった誰かには、断末魔で蠢いている人を知るはずなどないのだ。そう思うと、断末魔を瞼の裏に見つけた時のその人の心境を思い図ることなどできるはずがないと思うのだった。
 その時、
――穂香は自殺するのであれば、心中の方がいい――
 と、子供心に感じた。
 まだ異性への気持ちが固まっていない時だったのだが、この事件をきっかけに、急速に異性への思いが強くなった。思春期の転換期に彼女が受けた影響が事故だったというのは、何とも人が聞いたらいたたまれない思いに陥るに違いない。
 そしてしばらくして思春期の中間くらいだっただろうか、母親の万引き事件が起き、刑事の影が母親と穂香の二人に寄り添うようにいたのだ。
 まるで自分の影のように静かに佇んでいることが、これほど不気味だというのをその時に初めて感じた。
 大人になってからは、それがその人の男としての気持ちと、刑事としての責任との葛藤の中に渦巻いていたものがあったのだろうと思うと、不気味だと感じたことを申し訳なく思い、気持ちを分かってあげられなかった自分が、まだ未熟だったのだということを思い知らされた。
 男としての刑事と、刑事としての男の差が、子供の目から見ていてかなりあったように思う。それは母親も感じていたようで、決して心を許さないようにしていたのは、見ていて分かった。それは子供心からではなく、子供が親を見る目だった。いくら成長期とはいえ、親を見る時は子供の目であっても、大人に匹敵するくらいのものを持っているのかも知れない。大人と子供の違いというのは、本当のところ、どこにあるというのだろう?
 目の前の男に恐怖を感じていることを知っている人は、まわりに誰もいなかった。それぞれに客の相手をしているというのもあるだろうが、穂香は少なくとも自分の中から恐怖というマイナスのオーラを発散させていると思っている。それは無意識にではあるが、
――助けてほしい――
 という気持ちの表れに違いない。
 助けてほしいという気持ちが強ければ強いほど、穂香はまわりの声が聞こえなくなり、まわりも穂香を意識していないように思う。完全に穂香と目の前の男性だけの世界に入り込んでいるのだ。
――本当にあの時の刑事なんだろうか?
 穂香を見て何も反応しないのが不気味で仕方がない。知らないなら知らないでそれなりのリアクションがあってもいいはずなのに、それもない。
「ビールをください」
 という一言だけで後は何もない。そんな二人の空間は、空気が飽和状態で、息苦しさは最高潮だった。
 刑事の存在にママは気付いていたが、その男が刑事だということは分かっても、どうして穂香がその男を恐れるのかは分からなかった。
 弥生のように穂香はママに打ち明けてくれたことはない。いつも一人で抱え込んで、自分から孤独を迎え入れるようなところが穂香にはあった。
 穂香の存在が、この部屋の空気を異様にしているのは事実で、どうしても一人だけ違う雰囲気の人がいると、まわりが色めき立つこともある。
 ママは今までの経験からそのことは分かっていたが、かといってどうすることもできないことも分かっている。下手に穂香を諭そうとしても、余計に殻に閉じこもるだけだ。自分から殻を破ろうとしない限り、彼女の孤独は誰にも分からない。
 部屋の空気が飽和状態のピークに達すると、一度時間が止まったように感じられた。それを意識しているのは穂香だけで、
――まただわ――
 と、以前にも同じ感覚に陥ったことがあるのを思い出した。
 だが、それがいつのことだったのか、穂香は思い出すことができない。内容を思い出すことができなくても、いつ頃のことだったのかということは、時間が経てば少しは思い出してくるものなのだが、その時はまったく思い出すことができなかったのだ。
 そんなことも今までにはあった。
――あの時は、おかしな感覚だったわ――
 思い出そうとすればするほど、次第に忘れてくる。そして、そのことを近い将来思い出すことになるのだった。
 なぜかというと、
――まただわ――
 と思って、以前にも感じたことがあると思ったことは、実は前に感じたことではなく、近い将来に感じることの予感だったのだ。その時と今とで同じ感覚だということは、空気が飽和状態になり、時間が止まったように感じたのは過去ではなく、未来にもう一度同じ感覚の訪れを予感させるものだったということになる。
 過去があって現在があって未来がある。過去に似たようなことがあったように思い、現在を迎えたのだから、将来に起こるかも知れないという思いを今抱いたとしても不思議ではないように思える。現在から過去を見るのは、未来から今を見るのと同じなので、過去を見るつもりで今を見れば、そこに何かの予感を感じることができれば、未来に起こることが予感できたとしても、不思議ではないだろう。
 理屈としてはそうでも、なかなか理解できるものではない。
 実は、ママにも同じところがあった。過去を見ているつもりで過去を見る感覚を何度か感じたことがあり、未来に起こることを予期できた気がしたことがあったのだ。ママは穂香と似ているところは一切ないように思っていたが、どこか通じるところがあるような気がしていた。それが、未来への予見であるという共通点だということに気付くまで、まだ少し時間が掛かった。
 ママは穂香を見ていて、嫌な予感がした。
 自分や店、そして自分のまわりの人に危害が加わるというわけではないが、ママ自身と穂香の間に小さなことのようなのだが、何かが起こるような気がしてならなかった。
 穂香と弥生は共通点が結構あるような気がしていた。それはママも感じているし、弥生も感じている。ただ、穂香は感じているのかも知れないが、それを自分で認めたくない気持ちが強かった。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次