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心中未遂

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 まるで疫病神のようだが、文句をつけるわけにはいかない。一応、ちゃんとお金は払うし、あからさまに迷惑を掛けているわけでもない。ただ、見ていると、何かこの店の、その席に座らなければいけない理由のようなものがあるように思えてならないのは弥生だけではない。ママが何を考えているのか聞いてみたいのだが、その客の話題は、完全タブーが暗黙の了解になっていた。
 それは、その客が店にいる間でも、店にいない間でも同じことで、話題にすること自体が、何かよからぬことを呼び寄せるからではないかと弥生の中で勝手な想像を巡らせていた。
 弥生は、子供の頃を思い出していた。似たような人が、家の近くに住んでいたのだ。
 その人は、バラックのようなところに住んでいて、最初の頃は近所の人に媚を売って、何か食料を貰って生活していた。
 一人で暮らしていて、どうしてその人がそんな暮らしをしているのかなど、誰に聞いても教えてくれない。
「子供はそんなこと知らなくてもいいの」
 と、イライラしながら言われたが、それを、子供心に額面通りに受け取り、
――知らなくてもいいことなんだ。知っちゃいけないんだ――
 と思っていたが、今思えば、大人が話をすることを面倒臭がっていただけのことであった。
 話をすれば、子供は必ず質問してくる。ただでさえ話題に出すことすら億劫な存在なのに、いちいち質問されたのではたまらない。何をどう答えていいか分からないからに違いない。
 何を質問していたか想像もつかないが、弥生も必ず質問していたに違いない。
 その男が次第に変わって行った。
 今まで媚を売って生活をしていたのに、今度は誰とも話をしなくなり、じっとバラックに閉じ籠ったままで出てこなくなった。
 誰もがホッと胸を撫で下ろしたことだろう。
 しかし、数か月後、その人が部屋の中から死体で見つかった。誰もが気持ち悪そうな顔をしたが、それからしばらくして、街の人間の雰囲気が異様になっていった。それまで世間話をしていた人たちが、誰も話さなくなり、街には誰のことも干渉しないというような空気が流れていた。
 明らかに男の死体が見つかってからだ。
 誰かが殺したというわけではないのに、皆それぞれが疑心暗鬼になってしまったかのようで、お互いを疑い始めた。
――俺が死んでも、誰も見つけてくれないんだろうな――
 という思いであろうか。きっと大人は皆誰のことも信用できなくなったに違いない。その中には自分も含まれていて、自分自身も信じられなくなったら、おしまいだということを知ってか知らずか、異様な雰囲気の中、誰も何も口にしなくなってしまったのだ。
 そんな雰囲気がどれほど続いただろうか。子供たちにも伝染してしまったようで、弥生を始め、孤独を嫌だという感覚になることもなく、感覚自体がマヒしてしまったのではないかと感じるのだった。
 子供の頃にそんな経験をしているので、暗い人がいると近寄らないようにしている。
 弥生が親と大ゲンカした時には、街の雰囲気は元に戻っていた。弥生が先輩を好きになったのは、そんな暗さをまったく感じさせない人だったからで、それが都会に出てくると裏目に出た。ここまでの人だったことに田舎にいる時は気付かなかったのだ。
 しかし、先輩のこの性格も、元を正せば、暗い人が、一人で孤独に死んでいった時にまわりの陰湿な雰囲気の影響を、自分なりにどうすれば受けないかということを考えて出した結論が性格として現れているのかも知れない。
 そういう意味では、彼も被害者だった。
 あの時の当事者、死んでいった人が本当は一番可哀そうなのだろうが、それ以外の人も大なり小なり、何らかの影響は受けているはずである。心の中にトラウマが残った人、まわりが信用できずに孤立してしまった人、孤立してしまった人の家族への八つ当たり、ちょっとしたことから一触即発になったことも少なくなかっただろう。
 今の弥生なら、少し分かるような気がするが、肝心なこととなると、闇の中であった。それが記憶を欠落させる原因になっているに違いない。
 弥生にとって田舎での子供時代は、あまり覚えておきたくない時代だった。実際に忘れてしまいたいと思ったことで、思い出すことはないのだが、都会に出てきて、その思いが少し違うことを知った。
――思い出したくないことほど、思い出してしまうものだ――
 ということを感じた。
 ということは、記憶の欠落は今に始まったことではなく、子供の頃からの延長ということになる。根本から考え方を変えないといけないのかも知れない。
 欠落した記憶には、トラウマが背中合わせに存在しているのかも知れない。子供の頃の思い出は、常にトラウマを意識させられるものであった。子供に対してはなるべく大人の世界を見せたくないという大人の気持ちがある。それは子供に対しての配慮なのか、それとも、大人の世界を見られたくないという大人のプライドのようなものがあるのかも知れない。
 だが、そんなプライドは子供にとって関係のないものだ。大人がトラウマに感じることがあるのなら、大人が感じているものと違うトラウマが子供に残ってしまう。たとえば、大人の世界を隠そうとする大人へのイメージが、そう感じさせるのだろう。
 弥生の中で、大人に対してのトラウマが爆発したのは、父親との大ゲンカの時だったかも知れない。
 ケンカになってから、弥生は自分が何を言ったのか覚えていない。無意識での言葉も多く発せられたに違いないし、必死になった時の自分が、トラウマの爆発を伴うことにその時、ウスウス気付いていたのかも知れない。
 父親に対して必死になった弥生は、今でも父親を避けているのが分かる。
――言い過ぎた――
 という思いがあり、本当は自分から折れなければいけないのだと感じているのだが、自分から折れてしまうと、必ず田舎に呼び戻されてしまうだろう。
 本当は田舎に戻った方がいいのかも知れない。
 しかし、自殺のことは田舎には知らせていない。警察も二十歳を超えているのと、誰かを巻き込んだ事件というわけでもないので、連絡先をママのところにしてくれたことで、親に知られることはなかった。
 田舎でのいきさつを少しは知っているママなので、警察からの連絡先になってくれることを承知してくれたことはありがたいことだった。
 そういえば、警察と言えば、理沙にいろいろ聞いていた坂田刑事が気になっていた。坂田刑事は、理沙の心中に何か不自然さを感じているようだが、弥生にはそれがどこから来る者なのか分からない。
 むしろ、心中の方が一人で自殺するよりも、よほど理に適っているかのように思えるほどで、なぜそんなことを思うのかは、それだけ自分の気持ちの中に寂しさが募っているからなのか、それとも、欠落はしているが思い出せる部分での子供の頃のトラウマが、影響しているかも知れないと思うのだった。
 以前は心中というのが多かった時期があるという。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次