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心中未遂

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 別に彼女が恋愛経験のない女性だとは思っていなかったが、自分から人に話すような恋愛をしたことがあるとは思わなかった。人に話したくなることは、話したくないことと紙一重ではないかと弥生は思っていた。だから、もし彼女に恋愛経験があるとしても、それは話したいことでも、話したくないことでもどちらでもない平凡なものでしかないと思っていたのだ。そういう意味で、
――この人は、恋愛をイメージできる人じゃないんだわ――
 と思ったのだ。
 きっと本人の中で、どうでもいい恋愛しかしたことがないという思いがあり、恋愛話には自分から積極的に参加するタイプでもないと思っていたのだ。
 そんな彼女が、
――医学生と恋愛だなんてまるで絵に描いたようなお話。それも自分から話そうという気持ちになったのだから、きっと忘れられない何かがあるに違いないわ――
 と思っていた。
 しかし、それが何であるか想像もつかない。そこまではきっと話をしてくれないに違いない。自分でもどう話をしていいのか分からないと思っているのかも知れないが、そんな話を弥生にしてくれようとしたことが嬉しかったのだ。
 想像通り、細かい話はしてくれなかった。しかし、彼女がその人のことを好きになったタイミングと相手の男性が好きだったタイミングが違っていることで、別れに至ったということは分かってきた。
――彼女にとって、悔いが残ったに違いないわ――
 弥生に話をしてみようと思ったのは、弥生の記憶の欠落と、自分の残った悔いとの間に、何か共通性を見出したからなのかも知れない。
――人との間に共通性さえ見出せれば、そこからいくらでもその人に心を開くことができるのかも知れないわね――
 と、感じたが、この思いの逆がひょっとして、記憶の欠落なのかも知れないと感じた。記憶の欠落は、思い出したくないことだけだと思っていたが、決してそうではないのかも知れない。
 思い出したいことと、思い出したくないことが紙一重だという思いがある弥生には、思い出したと思っていることも記憶を欠落させるものなのかも知れないと思うのだった。
 それは夢と同じではないか。
 夢だって、目が覚めるにしたがって、忘れていくものだが、
――忘れたくない――
 と思いながら、忘れていることが多い。それは、夢だから仕方がないと思っていたが、果たしてそうなのだろうか?
 理沙が看護師のイメージだと分かってくると、今までまったく話をしたことがないはずの理沙と、前から知り合いだったのではないかという思いが頭を擡げてきた。もちろん錯覚であることに違いはないのだが、ただの錯覚として片づけられるものであろうか? 不思議な感覚だった。
 理沙が、窓際で表を見ている姿を後ろから椅子に座って見ている弥生は、自分が理沙を理解しようなどということはおこがましいのではないかと思えてきた。逆に理沙から理解されようと思うのも、何か違うと思っている。
 お互いに共通性という意味ではたくさんあるような気がする。だからといって、露骨に相手の気持ちに踏み込むことは、土足で上がりこむようなものであり、
――親しき仲にも礼儀あり――
 という言葉が、この場では当て嵌まりそうな気がするのだ。
 特に二人とも、記憶がない部分があるという意味での共通性は、デリケートなもののはずだ。自分と同じだと思うことは危険であり、同じように見えて、本当は一番遠い原因によって生まれた共通性なのかも知れない。
 そのことを分かっていないと、理沙の気持ちはおろか、自分が信じられなくなってしまうのではないかと思う。
 自分の記憶が欠落しているうえに、自分が信じられないということになると、目も当てられなくなってしまうのではないだろうか。自分が信じられないと、自分のことを思っていろいろ助言してくれる人の言葉が薄っぺらいものになってしまう。煩わしく感じてしまうと、きっと、相手に辛く当たるようになるのではないだろうか。そうなると、最悪で、もっと自分を信用できなくなってしまう。
――そんな思いを以前に感じたことがあったはずだ――
 そう思って思い出そうとすると、今度は容易に思い出すことができた。
――そうだ、躁鬱症の鬱状態だわ――
 何をするのも嫌になり、それまで楽しく話をしていた相手が話をする内容がわざとらしく感じられ、それ以上の会話が困難になり、何が辛いといって、相手に対して嫌われるような態度をわざと取ろうとしている自分を感じることだった。
 鬱状態の時は、見えている色が普段と違って、すべてが黄色っぽく見えてしまう。鬱状態への入り口は、見え方だけでも分かるが、人を信じられなくなる時は、何も自分の中に変化や異常は感じられない。
 理沙が弥生に対して心を開いたという感じではない。たまたまラウンジの前を通りかかったら、そこに弥生がいたというだけなのかも知れない。
 いや、もしかすると、理沙も弥生の知らない時間帯に、ここの住人だったのかも知れない。今まで会うことはなかっただけで、そう思うと、弥生がここに来るのを理沙が知っていたのかどうかが、気になるところだった。
 今までは、そこに弥生がいたから理沙は来なかっただけなのかも知れないと思うと、
――今日はどうして来たのだろう?
 という疑問が浮かんできた。
 もし、逆の立場ならどうだろう?
 弥生がいつもここに来ていて、理沙がいるから、なかなか入ることができなかった。しかしある日、急に入る気になって入ってしまった。では、
――どうして入る気になったんだろう?
 それは理沙が何を考えているか知りたかったからなのか、普段の自分の姿を見せて、それで理沙がどのように感じるかというのを知りたいと思うからだろうか。
 だとすると、理沙はいつもここに来ると、椅子に座ることなく、表をじっと見ていることになる。闇の中に見える点々とした明かりが気になるのは弥生も同じだが、それは弥生の気持ちと同じものなのだろうか。
 弥生にとっては、表の明かりに対してのイメージは、さほどハッキリとした意識があるわけではない。見つめていると何かを思い出すかも知れないという漠然とした意識があるだけで、見つめる時間が長くなれば長くなるほど、意識は惰性を伴ってくる。自分が表を見ているという意識はあるが、見えているものに対して何を考えているのか、ハッと我に返ると、思い出すことができなくなっている。
――意識だけが、別の世界に飛んでしまったかのようだ――
 それが弥生の思いで、惰性が意識を別世界へ誘うという感覚に陥ってしまっていた。
 弥生が理沙の後ろ姿を見ながら、自分も理沙の前に広がる闇に点在する明かりを見つけようとしていることに気が付いた時、自分がスナックに入った頃のことを思い出していた。
――あの頃は、まだ彼を信じて、自分は自分の世界を見つけようと、前向きな気持ちしかなかった頃だわ――
 そう、あの時が一番自分の中で輝いていたように思えてならない。
 大ゲンカして出てきた家への思いを断ち切ることもできず、彼を信じることだけが自分の生きがいだと思って出てきた時は、自分の気持ちが彷徨っていたのを分かっていたつもりだった。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次