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心中未遂

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「今度入ってきた穂香ちゃんと、仲良くなってあげてくださいね」
 と言われたからだ。
 弥生が休みの時というのも、弥生から、
「私がいない時に、仲良くしてあげてね」
 と言われたからだ。
 さすがに自分のお客が他の女の子と仲良くしているところを見たくないというのも、女心の表れなのだと、三枝は感じていた。
 弥生の思惑通り、三枝は穂香と仲良くなった。だが、それは弥生の計算外だったところもあったようで、想定外の出来事に、弥生も少し戸惑った。
 だが、そこまで三枝のことを好きだったわけではない。我に返ってみると、三枝一人の穂香に取られたとしても、自分の店の中での地位が揺らぐことはまったくなかった。逆に自分の懐の大きさを示すことができることと、悲劇のヒロインを演じることができるかも知れないという思いに、少しドキドキもしていた。
 弥生は今さらながら、悲劇のヒロインに憧れているところもあった。もちろん、この年になって悲劇のヒロインに憧れているなど、恥かしくて誰にも言えることではなかった。もし分かっているとすれば、ママくらいだろうが、もしママに分かっていたとしても、ママの表情は母親が娘を見るような顔になって、何も言わないに違いないと思っていたのだ。
 穂香と三枝の間は次第に縮まっていった。いくら自分が言い出したとはいえ、少し精神的に尋常ではなくなってきた。もし自殺の原因の中に、田舎から出てきた彼氏に裏切られたこと以外にあるとすれば、三枝に穂香を紹介してしまったことへの後悔の念が渦巻いていたことしか考えられない。
――どうして、あんなこと言ったんだろう?
 三枝が、いくら弥生が勧めたとしても、自分に靡いていると思っている男性がそう簡単に他の子に靡くはずなどないとタカをくくっていたのかも知れない。
 男と女の心など、一瞬先で、想定外の行動に出ていても、今さら驚くことではない。それは、彼のことで立証済みではなかったか。
 弥生は一度死を覚悟したことで、三枝のことを忘れられると思っていた・もし、相手が三枝以外の男性であれば、忘れることもできたのだろうが、弥生にはそれができなかった。なぜなら三枝に対して、
――自分は導いてもらっている――
 という感覚があるからだ。
 弥生のことを入院させたママは、穂香と三枝が親密になることを分かっていた。それは経過を見ていて分かったというよりも、最初から分かっていたのだ。さすが百戦錬磨のママだけのことはある。だが、その雰囲気を察することができたのは、実は三枝のおかげだった。
 本当なら、いくら常連と言えども、店の女の子と仲良くなるのを客の方としても、なるべく隠そうとするのかも知れないが、三枝はそうではなかった。
「ママに公認になってもらった方が、店にも顔を出しやすいし、他の女の子にも、却って気を遣わなくていいかも知れないので、ママには分かっておいてもらいたいんだ」
 という三枝に、
「三枝さんは正直なんですね」
 とママがいうと、
「自分に正直なんだね」
「そうかしら? 私には三枝さんの優しさが感じられるけど?」
 とママが含み笑いを浮かべると、三枝も同じように笑みを浮かべる。それがちょうど、弥生と仲良くなった時のことだった。
「弥生ちゃんも結構正直な子だよね。少し僕は意外な気がしたんだよ」
「そうですか? 私は最初からあの子が正直なのは分かっていましたよ。ただ、正直すぎて怖いところがあるんですよ」
 ママのその言葉は、弥生の自殺という形で実証された。ただ、ママは弥生なら自殺を試みたとしても、本当には死に切れないのではないかと分かっていたようだ。ママが弥生の自殺を聞いて、一瞬ハッとしたような態度を取ったが、次第に冷静になっていくのを事情を聞きに来た刑事は察していて、百戦錬磨であることを認識したようだ。
 だが、ママの話で、随所に弥生のことを、
――正直な女性だ――
 と、語ったことで、落ち着きの中に、暖かいものが潜んでいることも分かったようだ。これが殺人事件ということにでもなれば、見方がまた違ってくるのだろうが、自殺未遂であれば、そこまで疑いの目を向ける必要もないので、相手の性格を正面から見ることができるのだろう。
「刑事というのは因果な商売でね」
 事情を聞きにきた刑事が一言そう言ったが、それは、普段の自分たちのことを言ったのだということを、ママは悟った。
「人を疑うことから始めるというのもお辛いでしょうね。今度気分転換に、プライベートでいらしてくださいね」
 と、声を掛けると、刑事は苦笑いをしながら、
「ふふふ、こちとらそんなに暇じゃない」
 と言って、踵を返して、扉を開けて出て行った。その背中が少し小さく見えて、
――刑事と言っても普通の人間なのね――
 と、今さらながらに当然のことを感じていた。
――あの時に来られた刑事さんが、穂香を見るとどう思うだろう?
 穂香は溢れんばかりの笑顔が何と言っても魅力だった。客の中には、
「あの笑顔が眩しすぎて、近寄りがたいよ」
 と思っている人もいるようだ。
 そんなことを感じている人は、いつも数人で来る中にいるわけではない。単独の客で、他の客と関わりたくないと思いながら、自分の指定席を持っている。
 他の人に自分の指定席を取られたくないという思いから、いつも開店と同時にやってくる。そして、人が増え始めたり、カラオケが始まると、そそくさと帰っていくような人だった。
 それでも大切な客である。
 その人の相手は、いつもママがしていた。ママがいない時は、弥生がついていたが、会話をしていて、教養が深い人だということは分かった。自慢したいわけではないのだろうが、聞いてほしいという気持ちは持っているようだ。だが、集団の中に入ってしまうと、教養的な話しは敬遠されてしまって、話をしたことを後悔させられるであろうことを、その人は分かっていた。だから、他の人と関わりになりたくないのだ。
 スナックに来る客で、同じような客は決して少なくはない。
――程度の差こそあれ、誰もが寂しさを紛らわせるために、お店にやってくるんだ――
 という気持ちは、少なくともママと弥生の共通した気持ちだった。他の女の子には損な話題がないために分かっているかどうか疑問だが、ママと弥生が分かっているだけでも十分だと思われた。
 穂香は、そんな客に対してでも、まったく態度を変えることはない。そこが穂香のいいところなのだが、客の心を解き開かすまでには行かないようだ。
 穂香は自分と三枝の仲が急接近することで、自分の立場が店の中で微妙になってきていることも分かっていたが、
――今さら、それを悔やんでみても仕方がないわ――
 と感じていた。
 穂香に対して、ママが最初に感じたイメージと、やヨガ感じたイメージとでは、実はまったく違っていた。
 弥生が感じたのは、明るさを表に出せる女の子で、それが一番の特徴であるということ、そしてママが感じたのは、本質はテンションが低く、馴染める相手であれば、果てしなくテンションを挙げられる女の子。つまりは、興味のあることにはとことん積極的だが、興味のないものには、まったく興味を示そうともしない両極端さを持った女の子であるということである。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次