小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

心中未遂

INDEX|11ページ/44ページ|

次のページ前のページ
 

 どこがいいのかと聞かれると、ハッキリと答えられないが、三枝という男には、優しさが自然と醸し出される雰囲気があるのだ。それが父親のような雰囲気で、本人は自覚していない。下手に自覚すると、ぎこちなくなるのだろう。穂香は、思い切りの笑顔を三枝に向けていた。
 そんな穂香を見ていて、客の中でもファンが増えていった。三枝との仲を知らない人はもちろん、知っている人でも、穂香のファンだと自分から公言している人もいるのだ。
「穂香ちゃんには、癒しを感じるんだよ」
「どこが?」
 と他の女の子に聞かれて、
「あの笑顔」
 誰もがそう答える。ただ、それは三枝以外の答えで、三枝は穂香の笑顔も好きだが、本当に可愛いと思ったのは、そこではなかった。
「たまに見せる寂しそうな表情が、守ってあげたいと思わせるんだよ」
 三枝は、ママにだけそっと気持ちを教えてくれた。ママは黙って頷いたが、ママの顔にも笑顔があった。穂香は弥生と違った意味で、この店の救世主になっていた。
 三枝の言葉の本当の意味を、穂香はまだ分かっていなかった。それは穂香が自分の寂しそうに見える顔があまり好きではなかったからだ。
――どうして、三枝さんは、私の寂しそうな顔が好きだっていうんだろう?
 と、考え込んでしまった。
 なるべく寂しそうな顔をしないようにしていたし、まわりからは、
「あんまり寂しそうな顔するんじゃないわよ」
 と言われていたからだ。
 それはまわりの勝手な理屈である。穂香に寂しそうな顔をされると、自分たちが苛めているんじゃないかって思われるのが嫌だったからだ。穂香は純粋な気持ちを持って、まわりの意見を取り入れていたので、
――寂しそうな顔をしてはいけないんだわ――
 と思っていたのだ。
 そして、寂しそうな顔をするのは、
――恥かしいこと――
 として認識していた。
 親が離婚して、母親にくっついていったので、すべて母親の意見を中心にまわってしまっている。母親はまわりから見ると、
――嫌な女――
 の類だった。
 人をすぐに好きになるわりには、嫉妬深い。しかも、強引なところがあるので、好きになった人に誰かいても、強引に引き裂いてでも自分のものにしたいという思いがある。悪賢さが伴っているのも、嫌な女の条件なのかも知れない。自分の思った通りに世の中が動いていると思っているところがあり、母親の感じたようにまわりが動いてくれることから、増長もしていった。
 しかし、それは同時に孤独を抱え込んでいるのと一緒だった。まわりは、
「何を言っても無駄だわ」
 と、半分無視を決め込んでいる。一人躍起になって、まわりに勝手に勝負を挑んで、勝った負けたと騒いでいるのは自分だけだということに気付かないのだった。
 穂香も成長するにしたがって、次第に母親の孤立を目の当たりにしていた。
 母親なのだから、味方になってあげるべきなのだろうが、穂香は肉親の感情というよりも、自分の中の理念を重要視していた。実はこれも母親の教育によるもので、
「信じられるのは自分だけよ。いくら近しい間柄だと言っても、甘い顔を見せてはダメ」
 と言っていたからだった。
 そんな母親も、次第に孤立していくと、寂しさがこみ上げてきたのか、味方が穂香だけだと思うようになっていた。
 しかし、穂香は母親の味方をするはずもない。自分の信念では、母親といえど、考え方は、
――到底認めることのできないもの――
 として位置付けられている。
「穂香だけはお母さんの味方よね」
 と母親が寂しそうな顔をすると、穂香は、さらに冷酷な顔になり、
「お母さんの味方はできないわ」
 寂しそうな顔は、憎しみに近いものに変わっていた。ただ、本当の憎しみにならないのは、肉親だという思いと、さらにはその顔に浮かんだ情けなさが、見るに堪えないものだったからである。
 穂香は、これ以上母親と一緒にいるわけには行かないと思い、スナックに勤め始めた。しっかりはしているが、百戦錬磨の水商売のお姉さんたちに掛かれば、まだまだ子供だった。
 三枝から見てもひよっ子に見えていたが、三枝は同じひよっ子でも、他の女の子たちとまったく違ったひよっ子に見える穂香を、愛おしいと思うのだ。
 孤立した人間が、情けなく見えるなど、母親が最初だった。小学生の頃は、孤立した人間の立場になり、庇ってあげていたりしたものだった。
 どちらかというと、他の人と同じ考えは嫌なタイプだった穂香だが、母親に対してだけは、他の人と同じ目線で見ていた。
 だが、同じ目線ではあるが、見る観点は違っていると思っている。
――まったく同じでなければ、同じではない――
 という考えが穂香にはあり、あくまでも人と同じでは嫌だという考えを貫こうとしていたのだ。
 穂香は明るく可愛らしいところが、人を惹きつける魅力であったが、どこか気が強いところがあり、一言で言えば頑固なところがあったのだ。
 そんな穂香のことを三枝は分かっているつもりだった。
 三枝がスナックに来るようになったのは、ここ半年くらいのもので、弥生がやっと店に慣れた頃だった。三枝も最初の頃は弥生とばかり話をしていて、弥生もまんざらでもない雰囲気で、三枝が来れば、弥生がまるで専属であるかのように振る舞っていたことで、二人のお店での雰囲気は、暗黙の了解となっていた。
 三枝の話は本当に大人の会話というべきで、相手が話題を出して来れば、話題に対して的確な話を持ち出してくれる。三枝から出てくる話も、会話が続きやすいような話題が多いことで、弥生も会話にスムーズに入っていけたのだ。
 そんな三枝に穂香がつくようになったのは、弥生が休みの時についてからだった。
 弥生が自殺未遂をしたことは、実はママしか知らないことであり、客はもちろん、店の女の子の誰も知らないことだった。ママ代理のような弥生が長期で休むのだから、おかしいと思う女の子も中にはいただろうが、そのあたりは、ママがうまく話をつけていた。客の中には、
「今日も弥生ちゃん、いないの?」
 と言って、
「いないなら帰る」
 という客もいたが、無理に帰ろうとする客を引き留めることをしなかったのは、弥生についている客のほとんどが、強く言われると引いてしまうところがある人ばかりだったからだ。
 そのあたりの客扱いが一番達者なのが弥生だった。他の女の子からすれば、
「弥生さんは贔屓されている」
 と言われても仕方がないくらいに、ママから優遇されていたのだが、ママが弥生を認めていることで、暗黙の了解が成立していることは、まわりの女の子にも、分かっているようだった。
 ただ、そこにも程度の差というものはあるもので、
「やっぱり弥生さんには敵わないはね」
 と言って、脱帽している人がほとんどだが、
「いずれは私も弥生さんを追い抜いて見せる」
 と、弥生を目標としている女の子もいる。頼もしい限りだと言えるだろう。
 穂香が、そんな女の子ではないことは皆分かっていた。謙虚なところがあり、決して前に出ようとしないところが、誰からも偏見の目で見られることのない秘訣であった。
 三枝が穂香を気に入るようになったのは、別に弥生に飽きたわけではない。弥生の方から、
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次