短編集19(過去作品)
と、ホッと胸を撫で下ろすことだろう。しかし、その時には必ず汗を掻いていて、汗を掻いていることでそれが悪い夢だったんだという思いがいつもであれば残るだけだった。
いい夢の時はしっかり覚えている。したがってなぜ地団駄を踏むような思いをしていたのかが頭に残っていて、まだ見ていたい夢を思って、何となく目覚めがハッキリしないものなのだ。だから逆に覚えているのだろう。
「お前の夢の見方ってヘンだな」
友達と夢の話をした時のことである。友達の中には、夢や超常現象、その他についての話題が好きなやつがいて、私も時々話題を提供したりしている。その中で夢の見方について話したことがあったが、私の話をするとそういわれたのだ。
「ヘンって、いったいどこがヘンなんだ?」
と思わず身を乗り出すように聞いてみた。夢の見方にまったく違和感を持っていなかった私だったので、噛み付いたような言い方になって、却って相手を驚かせてしまった。
「どこがって、普通だったら、嫌な夢ほど覚えているものだぜ」
「え? そうなのか? 僕は今まで自分の夢の見方に何ら不自然さを感じたことなどなかったよ」
するとやはり不思議そうな顔をした友達は、
「そこがそもそもおかしいのさ。普通だったら、自分の夢の見方に対して少しは不思議な感じを受けてもいいはずだよ。夢というのは神秘的だからね」
私は神秘的なことに関しては、人一倍気になる方だった。超常現象をあまり信じていないくせに興味がある。興味があるから、いろいろ人に聞いているからこそ、信じられないのかも知れない。時々本屋でホラーともミステリーともつかない話の本を買ってきて読むことが多い。それは小説で、人と話すことと同時に私の情報源でもあった。
小説は、オカルトっぽいホラーを読むわけではない。どちらかというと、普通に生活している人間が誰でも陥りやすいようなお話で、それだけに一般生活とは背中合わせ、恐怖がすぐそばにあっても気付かない……。そんな話をよく読んでいる。
――夢に見るとしたらそんなことかも?
夢では自分の意識以上を見ることができない。
たまに見る夢で覚えているのは、自分が死ぬ夢である。本当に死ぬ寸前の夢を見ることもあれば、死んでいる自分を見ている夢もある。
「死ぬ夢なんて見たりすると、本当に死が近いということを暗示しているって話を聞いたことがあるぜ」
口の悪い友達はそう言って私を脅かす。もちろん夢なのだから、気にすることはないのだろうが、やはり気持ち悪い。そして毒舌を浴びせられるのが分かっていながら話してしまうのも私の悪い癖なのだ。
――誰かに話してしまわないと気持ち悪い――
という気持ちが強く、どうしても自分から話をしてしまう。相手に話して自分と同じ気持ちを味合わせたいと思うのだが、そんなことができっこないのも分かっているのにである。何とも不思議な感覚だ。ヘンな安心感だけを味わいたいと思っているのだろう。
「どうせ、迷信だろう?」
友達の顔色を窺いながら答えるが、相手の顔に悪意がないのを感じるとホッとしてしまう。どちらかというと言葉を選んでしゃべっているつもりだと言っていたが、果たしてそうなのだろうか?
「うん、きっと迷信だろう」
顔があまり笑っていない。いいすぎたと思ったのか、それとも自分にも言い聞かせているのだろうか、急に神妙になっていた。
「君もそんな夢を見たことがあるのかい?」
「ああ、以前ね。でも何もなかったよ」
何もなかったという言葉だけが早口だった。まるで、自分の気持ちを相手に肯定してもらいたいような口ぶりである。
――ひょっとして彼も私と同じ気持ちでは――
と考えてみたが、きっと当たっているだろう。
――誰かに話してしまわないと気持ち悪い――
私の話を補足することで、自分の気持ちを表現しようとしたのかも知れない。やはり友達になるだけ、どこか引き合う似たようなところがあったに違いない。
私は臆病な方なのだが、怖いもの見たさというところもある。夢で見た自分の「死」というのも、きっとそういう潜在意識の成せる業ではないかと考えたこともあるくらいだ。だから、自分がそういう夢を見たということをまわりにほのめかし、本当であれば、
「そんなのは迷信に決まってるじゃないか」
と一言言ってもらいたいのだろう。
他の友達は、みんな迷信だと言ってくれる。だがその話はすぐに終わってしまい、誰もそれ以上は聞き返してこない。当たり前のことだ、誰が好き好んで「死」の話などするだろう。皆が皆、
「そんな話なんてしたかねぇよ」
と言わんばかりに嫌な顔をしている。苦虫を噛み潰したような顔というのは、まさしくそんな顔なのだ。
潜在意識が見せる夢と感じていると、その夢は恐怖が延々と続きそうな予感のある夢である。自分が死ぬということを予感しながら、実際に死を迎える寸前まで夢で見ているようだ。内容は目が覚めてからでは覚えていないのだが、それも潜在意識の中に封印されてしまっているからに違いない。
いよいよという時、必ず目が覚める。それはギロチンの時もあれば、目の前に輪っかを作った太い縄であることもある。また、目の前に鋼鉄の冷たい椅子だったりもして、すべてに共通点があった。
「処刑されるんだ」
声にならない声が夢の中で響いていたような気がする。それは自分が発した声ではなく、どこからともなく聞こえてくる声だ。しかしそれは紛れもなく自分の声で、聞き覚えがありすぎて、却って自分の声ではないような気がする。
以前、テープレコーダーに吹き込んだ自分の声を聞いたことがある。
「これ、僕の声?」
優しそうな声であるが、自分が思っていたより高めで、鼻にかかったような声は決して自分が好きになれそうな声ではなかった。
――なんか坊ちゃんっぽい声になっている――
と感じて、それ以来自分の声が嫌いになった。
しかし、その時の声は紛れもなく自分の声だと感じることができた。喉から鼓膜の内側を通して聞こえてくる声に違いない。
だがその声は頭のてっぺんから聞こえてくる。空全体が地上の世界を包み込むように、重々しく感じるのだ。どうやら、その世界は私だけが主人公の世界。そう感じると夢であることが紛れもないことだと感じる。
首や腕が厳重にロックされていて動けない。うつ伏せにさせられ、目の前には群衆の輪ができている。彼らの顔は複雑だ。まるで汚いものでも見ているようで、それでいて目は輝いている。
――正義の制裁が加えられるんだ。お前はここで死ぬんだ――
という無言の視線を感じる。
と、同時にいくら怖いもの見たさとは言え、執行された後の陰惨な光景を想像して、まるで苦虫を噛み殺したような表情を交互に浮かべている。実際に顔を背けたくなるような光景を私は見ることは不可能なのだが、目に見えてくる自分が悔しかったりもする。
首筋の後ろにとてつもない熱さを感じた瞬間、私は目を覚ますのだ。
それは絞首刑の時も、電気椅子の時もまったく同じだった。群衆の視線を一身に浴び、ただ熱さを感じる場所が違うだけで、気がつけばグッショリと掻いた汗が気持ち悪いと感じながら、ベッドの上ではぁはぁと息も絶え絶えに目を覚ましているのである。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次