小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集19(過去作品)

INDEX|6ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 当時の先生はなるべく皆に慌てないようにと諭し、なくした生徒に、
「よく探してごらん」
 と言っていたのだが、そこへクラスメイトの一言があったため、少し話が変な方向へと動いていった。
「米村君が、教室に残っていました」
 という一言であった。
 別にそのクラスメイトは私のことを犯人だと言ったわけではないのだが、それを大勢の前で言ってしまったことで、皆の目が一斉に私の方を向いた。
 その目は明らかに淀んでいて、疑いの眼差しであることは明らかだった。特に当事者の私としてはこれ以上の嫌疑に満ちた鋭い目を見たことはなかったのだ。
――視線が無数の槍となって、私を突き刺している――
 そんな感覚に陥ってしまっても、それは仕方のないことだった。
 後になって、給食費が見つかったことで私への嫌疑は晴れたのだが、
――何もあの場で公表しなくとも――
 という思いと、まわりの嫌疑の目の恐ろしさがそのままトラウマとなったのだった。
 しかし私にはそれだけではなかった。性格的に
――曲ったことが許せない――
 性格だったのかも知れない。ある意味打たれ強い性格なのかもと感じたが、悪いことではないという思いも強く、皆からの蔑まされた目に対し、自らを奮い立たせる術になるのだから皮肉なものである。
 その結果、皆からはさらなる蔑まされた目が私を襲う結果になってしまった。
 しかし、そんな私が不倫ということをしている今は、そんな感覚はすでに麻痺しているのかも知れない。だが、時々ではあるが、心の隅にわだかまりのようなものを感じるのだが、もし私の中に「正義感」のようなものが残っているとするならばそこから由来していると考えても不思議ではない。
 私にとっての由紀子は美しすぎる。眩しすぎると言っても過言ではないだろう。
 人生の中でいくつかの選択肢があったとして、その選択の結末の積み重ねが今であるとするならば、少なくとも由紀子と出会えたことは、選択が間違ってなかったような気がする。
 一生の中で、
――出会うべくして出会った相手――
 というものがどれだけあるだろうか? 由紀子に出会った時に感じた、
――以前から知っていたような気がする――
 という感覚、これはまさしく「運命」という言葉で言い表したい気がする相手なのだ。
「運命」という言葉、それまでにあまり考えたことはない。その時々で、考えることが違って、一貫していないからだろうと思っていたのは、あまり過去を振り返ることをしなかったからに違いない。過去を振り返るということは進歩というものがないという考えが元になっているのだ。
 由紀子は性格的にも控え目で、さすが主婦ということもあり、同い年の女子大生やOLたちとは違ったところがあった。同じ控え目でもどこか打算的なところがあり、合コンなどで見せる社交辞令の笑顔と違い、その目はまっすぐに私を見つめていた。
 きっと私はそんなところに惹かれたのだろうが、由紀子は私の見つめる目をどんな目で見ているか、それも不安であった。
 確かに立場的には私の方が優位である。が、そんなことを感じさせない女性であることには違いない。
――同じことを繰り返すのは不可能なのだろうか?
 最近、そんなことを考える。
 私は中学時代から日記をつけているのだが、それも毎日欠かさずにである。別に深い意味があってつけ始めたのではないが、気がつけば半年も毎日つけ続けていて、
――ここで止めれば、たぶんもう、つける気力がなくなるに違いない――
 と思うことが継続を生む結果となっている。
 きっと「継続」とは、どこか分岐点があり、そこを越えることができるかできないかで決まるものなのに違いない。私の分岐点は気力を感じたその時だったのだ。
 今までの私を支えてきたのは、まさしく「継続」だった。日記にしてもしかりだが、何かを続けることが自分のポリシーのように感じていたのだ。
――由紀子を愛し続けることができるだろうか?
 自信がないわけではない。
 しかしそれに伴って自分が失うであろうものが大きいことも分かっている。これから恋をして、普通に結婚をすることができる私は、少なくとも由紀子との「継続」は、普通の幸せの「放棄」でもあるのだ。
 そのことを一番分かっているのは他ならぬ由紀子である。事あるごとに私の顔を見つめては、寂しそうな表情を浮かべる。きっと私のことを憂いてくれているからに違いない。
 そんな表情を浮かべる時の由紀子はとても美しい。抱き寄せて有無を言わさず、唇を重ねたい。それまで戸惑っていた由紀子の気持ちは私の重ねた唇によって、救われるのだ。唇を重ねることが一番の愛情表現だと思うのは、その時である。
 由紀子の吐息を感じると、私は私でなくなるのかも知れない。私自身も息が荒くなっているのか、由紀子にもそれが分かるようである。
 そんな時、私は今まで感じたことのないような「幸せ」を感じる。刺激と言った方がいいのかも知れない。それまで「継続」だけが自分の人生だと思ってきたこともあって、「刺激」というものには疎い方だった。平凡な生活こそが身上のように感じていたのかも知れない。
 由紀子との将来についてなど考えていない。しかし、離れることは考えられない。迷っている感じもないのだが、「不倫」という言葉に酔っているのかも知れないとも感じる。
 正義感に満ち溢れていた頃の私では考えられないことだ。感覚が麻痺しているとも感じるが、不思議と恐怖感はない。
 しかし、時というものは冷酷というか、残酷なものである。
 いつ頃からであろうか、私と由紀子の距離が遠くなったのだ。それも少しずつというわけではなく、一気にであった。
 いや、こういう関係が壊れるとするならば、徐々にということは考えにくい。完全に情が移ってしまっているのだから、徐々になど考えられない。しかし時というものがどんな精神状態であっても正確に刻むものだということを思い知った時があるとすれば、それが由紀子との別れの時だったのかも知れない。
 その日は最初から予感のようなものがあったのかも知れない。
 出会ってからキスまでが、やけに早く感じられた。
 本来であれば、胸の高鳴りを感じながら、気持ちを盛り上げていく大切な時間のはずである。我ながら、いや、由紀子にとってもとても大切な時間で、お互いにもったいないと思うはずなのに、なぜか焦りのようなものを感じてしまっていた。別に急ぐことではないはずなのだが、気持ちの上で早かったことだけは間違いない。
「もう、あなたと出会って半年が過ぎようとしているのね」
「ああ、そうだね。あっという間だったね」
 今まで過去を振り返るような話をしたことなどなかった。彼女が結婚しているということ以外では、自分たちのことをあまり話したこともないくらいだ。別に話してもよかったのだろうが、「お約束」として、話すことをしなかった。
 半年という年月、私にとってはあっという間だった。会社での生活、家でのプライベートな生活、そして、二人だけのシークレットな世界、それぞれに時間を持っていて、その中でも二人だけのシークレットな世界に感じた時間を一番短く感じたのだった。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次