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短編集19(過去作品)

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 今までに私と付き合ったことのある女性とも、もちろん身体を重ねたことはある。ホテルに入って愛し合ったことも数度あるのだが、決定的に由紀子は他の女と違っていた。
「米村さん……」
 由紀子は今まで私のことをそう呼んでいる。決して下の名前で呼ぼうとはしない。今までの女性はすぐに下の名前で呼びたがるものだったが、由紀子は違ったのだ。
 さらに、ホテルに入ってからの最初の態度が明らかに違う。
 今までの女性はホテルに入るまではしゃいでいて、入ってしまうと急に大人しくなっていた。扉を閉めた瞬間受身となり、たまらず抱きしめ唇を重ねようとしても、主導権は私にあった。
 しかし由紀子の場合は違った。
 部屋に入る前はほとんど無口で私のそばにビッタリついているが、一旦中に入り扉が閉まると、待っていたかのように私の唇を求める。主導権は完全に由紀子のものとなってしまうのだ。
――大人の女――
 そう感じる由紀子に対し、
――キスというものが相手の愛情を量り知るには一番の行為なのかも知れない――
 ということを認識させるに十分だった。
「暗くして……」
 そう言って甘えた声を出すが、
「これくらいがちょうどいい」
 私は取り合おうとしない。
 暗闇の中でほのかに浮き上がって見える姿態は、元々の色白さを物語っている。弾けるようなスベスベした肌に一刻も早く触れたい思いでいっぱいだった。
 私の指が腰を捉える。ビクッと震えたと思うと、その木目細かな肌が私の指を弾き返す。
 さらに捉えようとするが微妙なタイミングで逃げようとする彼女は、私に妖艶さを植え付けるに十分だった。
「恥ずかしい……」
 そんな言葉に白々しさを感じながら、今度こそ捉えた肌を離さない。
 観念したのか、彼女はもう私に逆らおうとはしない。そこから先は、まさしく従順な女性だった。
「いやっ」
 言葉と行動が伴っていない。私が侵入するのを捉えて離さない感覚は、私にさらなる欲情を与えた。静寂の中、汗を掻きながらの湿った空気の中に聞こえる息遣いを感じながら、規則的な動きが繰り返された。
 まさに男と女、本能の赴くままである。
 やがてお互いの官能の果てを彼女の中に流し込むと、今までとは違った静寂が気だるさとともに訪れた。そこに会話などなかった。まだ熱くなっている身体から火照った湯気が立ち上っているのを感じながら、気だるさの中、愛撫だけは続けていた。女性への思いやりという気持ちとは別に、義務感もなく、これも本能の赴くままだったのかも知れない。
 しばし形式的なこととして気だるさの中に身を置いていたが、少し冷えかかった時に摺り寄せてくる彼女の身体の暖かさに、私は感動していた。
「よかったよ」
 静かにそういうと、恥ずかしそうに頷いていたが、その顔にはまんざらではないという満足感のようなものを感じたのは気のせいであろうか。キスから始まった一連の「儀式」、キスがすべてだったと私は感じていた。
「米村さん……」
 由紀子は身体を重ねた後でさえ、まだ私のことを「さん」付けで呼ぶ。
 私の中ですでに人のものを取るという罪悪感は、身体を重ねた瞬間からなくなったような気がする。いや、なくなったと言えば語弊があるか、
――感覚自体が麻痺した――
 と言うべきなのかも知れない。
 しかし由紀子という女性は違うようだ。私に対してまだ「さん」付けで呼ぶということは、私に対して遠慮のようなものがあるのと同様、自分の夫に対しても後ろめたさがあるのだろう。その狭間で苦しんでいる様が私には彼女のどこかよそよそしい態度であって、それが由紀子の美しさに拍車をかけているようである。
 由紀子はきっと高貴な家庭の育ちなのかも知れない。言葉の端々で上品さが伺えるし、男性に対して一歩引いて構えているところがある。
――自分を押し殺している――
 そんなところが見受けられるが、男にとって男尊女卑のような考え方は古臭くもあるが、ありがたいものである。
――着物を着ると似合うかも知れない――
 彼女のすべてを知ってしまったような気がする私は、そんなことも考えたりした。少しポッチャリ系で色白の由紀子にはやはり着物が良く似合うような気がするのだ。
 私はそれ以来、由紀子に陶酔していった。
 相手が人妻であると知ってからというもの、自分でも考え方が大胆になっていくのを感じる。
「あなたは私のものだ」
 感極まりつつある身体の奥から絞り出すように言うと
「ええ、そうよ。あなたのもの……」
 と由紀子の身体の奥からの声を歓喜の声として感じている私がいる。
 その言葉を聞くとそれまで溜めていた余力を振り絞り、欲望を思い切り由紀子へと注入する。
 そんな二人の会話が「儀式」の最後では、恒例となっていた。そこに何ら不自然さはなく、お互いの昂ぶりの末の「お約束」だったのである。
 私の生活は由紀子との生活を中心に回り始めた。
 由紀子は人妻ということもあり、行動できる時間と範囲が限られている。私にとってそれは自分も規則正しい生活を強いる結果となっていた。そのことがさらに私を由紀子に夢中にさせるのだった。
 由紀子に対してのイメージは、
――今までに感じたことのある思い――
 で、あった。初めて重ねたはずの身体に、懐かしさを感じたのだ。愛し合っている時に身体の奥からこみ上げてくるものに感じる懐かしさ、なるべくしてなった仲だという気がしてくるのはそのあたりに理由があるのかも知れない。
 決して美人という感じではない。百人の中に五人だけ美人がいるとすれば、間違いなくその中には入らない。残りの九十五人はその他大勢として数えられるが、その中に埋まってしまって、見つけることはできないだろう。
――彼女は一人でいるから私と出会えたのだ――
 そう感じている。
 性格的にも物静かで、自分からあまり話しかけないタイプの彼女は、きっと九十五人の中に埋もれていたことだろう。その中でも目立つことなく、誰にも見つからないようにと自らを隠しているかも知れない。
 私もどちらかというと、そういうタイプかも知れない。
 自分としては、他の人との違いを前面に出したいタイプの性格なのだが、下手に目立とうとすると、「出る杭は打たれ」てしまう。中学時代に嫌というほど思い知った。「イジメ」にあっていたのだ。
 その頃からだろうか、私には変な正義感が芽生えてきた。少しでも不正を見たりすると一言言わずにはいられないのだ。
 なるべく我慢しているようにしていたが、それがストレスとなっていた。そのためか、人と話すのが億劫になり、自分の殻に閉じこもっていた。
――冷静沈着――
 というレッテルは、ある意味皮肉に満ちたものだったのかも知れない。
 男性からはきっとよくは思われていなかっただろう。「冷静沈着」というイメージを私に貼ったのは女性陣だったからである。
 私にはやたらと、
――人を見ているだけで腹が立ってくる時期――
 というものがあった。
 変な正義感に燃えている時から感じていたのだが、それは私が小学生時代にさかのぼることで分かってくるのである。
 それはどちらかというとよくある話だったのだが、クラスの中で給食費が紛失するという事件があった時のことである。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次