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短編集19(過去作品)

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 由紀子の目を見ていると、吸い込まれそうな気になる時がある。瞳の黒い部分を見つめていると、「限りなく黒に近いブルー」という感じがしてくる。そこに無限の奥深さを感じることで、思わず目を逸らしてしまう自分がいることに気付く。
 そのたびに由紀子の口元が怪しく歪むのが分かった。
――ヘビに睨まれたカエル――
 のような感じがするわりには、気持ち悪さを感じない。妖艶な雰囲気が気持ち悪いという感覚を麻痺させているのかも知れない。
 しかし一旦名前を聞いてからは彼女のことを「由紀子」と呼ぶようになるまで、時間は掛からなかった。
「まるでずっと以前から知り合いだったような気がするわ」
 そう、由紀子が私に言ったからである。
 それは私が最初に感じたことであり、初めて彼女との気持ちの中に共通点を見出したからに他ならない。
「どうしてそう感じるんだい?」
 意地悪な質問に違いない。きっと戸惑いのような表情を浮かべるであろうという予想の元、それを見てみたいという悪戯小僧のような少年時代の気持ちが私にあった。
 なるほど、さすがに戸惑いを見せている。しかし、
「きっと、あなたと同じ気持ちなのかもね」
 そういって微笑んでいるが、まるで自分の気持ちを見透かされているようで、さすがに気持ち悪かった。だが、その表情には厭味はなく、私も精一杯の笑みを浮かべたつもりだったが、苦笑していたに違いない。
 しかし曲がりなりにも、
「同じ気持ち」
 と言われて悪い気はしない。この時から私は由紀子と本当に前から知り合いだったのかも知れないという気持ちに違和感がなくなっていった。
――由紀子の魅力とは、一体何なのだろう?
 ずっと考えていたが、分からない。
――彼女がほしい――
 という気持ちは以前からずっと持っているが、まさしく由紀子は私の待っていた人に思える。
 しかし、由紀子に秘密があったことを知ったのは、数回デートを重ねてからだった。それまでに何度か、
――何か変だな――
 と思うことはあったが、それが何なのか分からなかった。彼女の魅力に惹かれていった頃だったので、自然とそんな気持ちも麻痺していったのかも知れない。
 魅力の中には、本当の美しさを秘めたものと、怖さを秘めた「魔力」のようなものとがある。私にはその違いが分からない。少なくとも由紀子に感じた魅力の中に「魔性」を感じることができなかったからである。
「私、夫がいるの」
 その言葉の重さを聞いた瞬間感じることができなかった。
 その時、私が何と言い返したのか覚えていないが、すでに彼女の魅力に取りつかれていた私には、もうどうでもいいことだった。
 今までの私であれば、どう考えたであろう。
 高校時代など、好きな娘ができても、まず最初に確認することは、相手に彼氏のあるなしだった。
 それは友達に確認することもできたが、最終的に告白した時、本人に聞いてきた。自分の中で、
――人のものを取るということは、罪悪感――
 という思いが強く、その罪悪感を持ったまま、女性と付き合うことの重みに自分が耐えられるかということもあったが、何よりも、罪悪感を持つこと自体に自分自身が許せなかったのだ。
 潔癖症というわけではない。正義感に燃えているというわけでもない。ただ、自分の中で許せる範囲かどうかということが問題だった。
 由紀子と出会うまでの私には、とても許せる範囲のものではなかった。もし、私になびいたとしても、それは一時の感情で、他にいい人が現れれば、そちらになびかないとも限らないからだ。
 冷静な考え方を持っているとしたら、それは学生時代の頃だったかも知れない。
 少し悔しい思いもあった。
 もう少し早く分かっていれば、私は由紀子を好きになっていたであろうか。いや、それよりも彼女が人妻だと分かってからの方が余計に魅力を感じることに、悔しさを持っているのかも知れない。
 由紀子の対しての想い、それは、日に日に募るものだった。一緒にいる時はもちろん、一緒にいない時の方がその思いは強い。きっといろいろ考えてしまうからなのだろうが、それでこそ相手を好きなのかも知れない。
 恋に悔しさを伴うなど、今まで感じたことはなかった。何しろ、相手がいる人を好きになることがなかったので、嫉妬などが起こるはずもない。しかも私の場合、付き合い始めた最初は会話があっていいのだが、途中から女性の方から離れて行こうとする傾向があった。
「あなたといると疲れるの」
 最初は意味が分からない。どちらかというと学生時代の付き合いは、付き合い始め積極的になるのは相手からの方で、約束の場所を決めるのもほとんど相手だった。冷静沈着というイメージはそこでもあったようで、私にもその自覚があった。
「重荷になるのかな?」
 相手にそう言われるが、ますます訳が分からない。
 しかし、その瞬間から立場は逆転、追われる立場が追う立場へと変わってしまう。今までになかった焦りが私を襲う。
 掻いたことのない冷や汗を掻いてみたり、今まで考えたことのない余計なことを考えたりした。
 自分というのを見つめなおしたことのない私が、急に考えるようになったのは、やはり女性から距離を置かれたことへの自覚を感じた時だろう。
――逃げられると追いかけたくなる――
 これは基本的な男の心理かも知れない。私も一人の男であることを認識している。
 そういう意味で由紀子という女性に何か今までの女性と違う面を見つけたのもしかるべきだろうと感じている。
 社会人になって初めての恋、それだけでも私には新鮮だった。
 由紀子にとって私はどう写ったのだろう? ただの新米サラリーマンとして写ったのだろうか?
 ゆっくり考える時間はあったはずである。私は急ぐことは決してしなかった。それは今までの教訓があったからに他ならない。きっと本能的にそう感じたに違いない。
 恋に恋している時期があったのは事実である。高校時代など、相手というよりも、女性と付き合うことで自分が満たされた気分になることがあった。きっと相手に対しての思いやりに欠けていたのかも知れないと感じたが、もう今の自分にそんなことはない。しっかり相手を見据えているつもりである。
 由紀子は逆に私に対して遠慮がちである。
 当然といえば当然なのだが、相手が既婚者ということで、立場的には私の方が有利であった。普通ならここでその優位性を利用しようなどという考えが浮かぶかも知れない。しかし私にそんな巧みな術があるわけでなく、純粋さが自分の性格だと思った。
 そう思えば思うほど、由紀子に対しての嫉妬心は募っていく。私と一緒にいない時の、彼女の夫とのことを思い浮かべてしまう自分が悔しかった。
――由紀子は私を愛してくれている――
 その気持ちが私を支えている。完全に立場は最初と逆転していた。
 それでも私はよかった。愛されていると思うだけで、学生時代のような重荷と思われるよりはいいと思っていたからである。女性から愛されることがこれほど嬉しいこととは、今まで知らなかった。
 根拠を感じたのは初めて由紀子と身体を重ねた時のことであった。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次