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短編集19(過去作品)

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 と、初恋自体が他人事のように感じていたからである。
 それは突然だった。普通に学校内でしか見ていなかった時には感じなかったのだが、一歩学校を離れると女性が違う人に見えてくる。そのことを思い知ったのは、修学旅行でのことだった。
 団体行動とはいえ、どうしても開放感が滲み出る修学旅行。しかし、それでいて、本当に羽目を外せないという気持ちが強かったのも、私が天の邪鬼だったからかも知れない。
 高校を卒業し、私は地元企業に就職した。
 高校時代までとまったく違った生活が待っているのは分かっていたが、元々性格的に真面目だと思っていたので、それほど苦にはならなかった。ただ、覚えることの多さにはさすがにビックリしたが、あまり好きではない勉強をするよりもまだマシだったようだ。
 しかし、人に気を遣うことがこれほど体力を消耗することだということを、今さらながらに思い知らされたのは、やはり、無意識に溜まっている疲れを感じたからであろう。それが通勤電車の中での睡魔であったりするのかも知れない。
 最初の一ヶ月は、あっという間だった。あれこれ考える暇もなく、気がつけば桜も散って、期待半分、不安半分だった生活も、期待が寂しさに変わっていた。
 いわゆる「五月病」というやつである。
「お前も掛かったか」
 という話をしたきり、高校時代の友達とも話さなくなってしまった。
 その頃までは高校時代の友達と連絡を取り合っていたりしたのだが、それもお互いに掛かってしまった「五月病」の影響か、疎遠になってしまった。お互いに気を遣えるほどの精神状態ではなく、寂しいくせに、下手に話しかけられたくないという思いがあったのかも知れない。
 そんな時、私は一人の女性と知り合った。
 女性に対して、ずっと興味があったにも関わらず、なかなか出会いがなかった私だったが、さすがに就職してすぐは仕事以外に頭がまわらずそれどころではなかった。タイプの女性を見ても、
――素敵な人だ――
 と思いこそすれ、声を掛けることはおろか、気持ちの昂ぶりさえも、もう一つだった。
 もし「五月病」というものがなければ、私はその女性と出会うこともなかったであろうし、いつまで続くか分からない「五月病」に、それ以後も苦しみ続けていたかも知れない。
 自分がスリムで背が高い方なので、小柄でポッチャリ系の女性が私のタイプだった。もちろん、今までに女性と付き合ったことがないわけではなく、高校時代に付き合っていた女性はいた。友達の紹介だったのだが、私の好みである「小柄なポッチャリ系」の女性で、私としては満足していたつもりだった。
 実際にデートなどしていても私は楽しかったつもりだが、気がつけば、相手が楽しんでいるようには思えなかった。
 その人は名前を由紀子と言った。初恋の女性を思わせる雰囲気があると感じたのは、最初からではなかったような気がする。
 初恋の女性のことをそれまで忘れたことはなかった。由紀子が忘れさせてくれるような気がすると感じたのに、その面影があるというのは実に皮肉なことだ。それだけに、無意識に考えたくないという思いが働いたのかも知れない。
 由紀子は私よりも三つ年上だ。最初出会った瞬間は同い年だと思っていたのだが、話をしていて、どこかに違いを感じていた。
 女子大生だということで、いくら大人びた恰好をしていても、会話や何かでどうしても大人に見えないところがある。それはやはり身近のOLを見ていることで、まわりの上司への気の遣い方など、自然と滲み出てくる大人の雰囲気が、決定的に女子大生とは違うものがあったからだ。
 由紀子には、そういったOLのような落ち着いた雰囲気がある。なるべく冷静沈着でありたいと思っている私と波長が合うような気がしたのも、まんざらではないのかも知れない。
 初めて出会ったのは、確か通勤電車の中だった。日勤の時の朝のラッシュに揉まれていた時だったような気がする。最初は声を掛けることもできずに、ただ見つめているだけだったのだ。なぜなら、初めて見た時に、
――以前にもどこかで見たことがある女性――
 と、感じたからだった。
 知り合いの女性の中にはいないタイプの女性、会社の事務員の女性にも落ち着いた雰囲気のある人がいるが、その人は結婚していて、それで落ち着いて見えるのだ。
 由紀子が結婚していないという思いは最初からあった。どうしても既婚者には見えないのだ。
――どこか寂しそうな雰囲気が漂う女性――
 それが由紀子だったのだ。
 翌日から、彼女のことが気になり始めた。いつも同じ時間に同じ車両、今まで気付かなかったのが不思議なくらいである。
 私の視線はさすがに露骨だったのか、彼女も気付き始めた。目を逸らすのもぎこちなく、思い切って声を掛けたのが、初めて見かけてから三日目だった。
「いつもこの電車なんですね?」
「ええ、あなたもこれですよね」
 どう話しかけていいのか分からないまま話しかけると、意外と相手も私のことを知っているようだった。こうなれば話は難しくない。帰りに喫茶店に誘うのもそれほど苦になることではなかった。
 誘ったのは私だったのだが、
「私、気の利いた喫茶店を知ってますのよ」
 という一言で、救われた。実は、誘ったはいいが、気の利いた喫茶店など、私はあまり知らなかったからだ。
 主導権は必然的に由紀子へと移った。
 元々話し上手な由紀子は、人見知りするタイプらしいのだが、気に入った相手とならば話が弾むらしい。
「ということは、私は気に入ってもらえたということですか?」
「ええ、最初からインスピレーションが合いそうな気がしていましたから」
 喫茶店という雰囲気が私を饒舌にさせるのか、普段はあまり自分から話をしないタイプの私が、由紀子の前ではまるで別人である。
 人見知りという点では気持ちはよく分かる。私もどちらかというと人見知りするタイプで、気に入った相手とであれば話も弾むのだが、気に入らない相手とであれば、会話にならないことも多かった。
 特に高校までの頃というとそのイメージが自他共にあり、まわりから話しかけられるタイプでもなかった。
 話をしていて時折香ってくる香水の匂い、喫茶店という密室の中だからこそ感じるのかも知れないが、私と今日ここで話をするためにわざわざつけてきてくれたのだという気持ちは思い過ごしだろうか?
 初めて一緒に行った喫茶店では、時間的に三時間は過ごしていただろう。しかしあっという間に過ぎてしまった三時間という思いは否めなく、きっと由紀子も同じことを感じてくれていると思う。
「もうこんな時間ですわね」
 この一言に寂しさがあったと感じたのは、贔屓目があったからだろうか?
 彼女の名前が由紀子であるということを聞き出すだけでも時間が掛かった。あまり女性と話をすることがなく、最初から苦手だという先入観を持っての話だったので、それも仕方ないことかも知れない。彼女はそんな私をどんな目で見ていてくれているのだろう?
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次