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短編集19(過去作品)

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 どちらかというと好きなタイプの女の子だった。活発なタイプの女の子なのだが、数人の女性グループに所属していながら、目立つ存在ではなかった。後ろからじっと皆の行動を冷静に見ているという印象があったのだ。もっとも、そんな彼女の行動をしっかり把握していた私も、彼女のことが気になっていたことに違いなく、そんな彼女から声を掛けられた時は、本当にビックリした。
 彼女の名前は和江といった。クラスでも注目していた女性の一人であることに間違いない。
「ねぇ、彼女いるの?」
 夏休みに少し遊んでいたのだろうか? きっと女の子のグループと一緒だったからだろう、日に焼けた痕が、顔や腕にクッキリと残っている。
 しかしそれにしてもいきなりの単刀直入な話しかけにビックリしてしまった。
「いきなりかい?」
 少しビックリした私を見て、彼女は臆すことなく続けた。
「ええ、私は聞きたいの」
 たぶん、ずっと考えていた切り出し方なのだろう。一気に聞いてしまわなければ自分の意志がぐらつくとでも考えたのか、それともシナリオ通りの展開でないと、自分の言葉が続かないと考えたのか、どちらにしても朝からの一大決心であることには違いない。
「別にいないけど」
「本当ですか?」
 これでもか、とばかりに彼女の目は私を捉える。
 中学の頃の私とは、明らかに違っていた。女性のタイプはハッキリと確立されていなかったが、女性に対して興味を持ったと自分で自覚できるようになっていた。
 そのためだろうか? 中学時代の自分とはまったく違い、「大人」になったという感覚を強く持つようになり、実際に中学時代がかなり昔に感じられた。
 もしその時和江に対して、「はい」と答えていたのだろうか?
 私はその時、どう答えたか自分で覚えていない。しかし和江と付き合うようになったのは事実で、彼女とのことは後になっても鮮明に覚えているのに、その時の回答だけは、おぼろげでハッキリとしないのだ。
 付き合った女性のことでこれほどハッキリと覚えているのは和江だけだった。
 社会人になって、結婚を意識し始めた今になるまで、何人もの女性と付き合ってきたが、付き合ってきた中でのことをここまでハッキリとおぼれているのは和江だけだった。
 他に付き合った女性の中で、和江に感じたよりもより好きだと感じた女性もいるにはいた。しかし今となって思えばそれも、
――本当の気持ちだったのだろうか?
 という疑問だけが心の中に残っているだけなのだ。
――やはり、最初に付き合った女性というのが、一番印象深いのだろうか?
 単純に私はそう感じていた。
 私の女性のタイプは完全に和江に限定されていた。それまでハッキリしなかった女性への気持ちがハッキリし始めたのは和江が現れてからだ。つばめは生まれてから最初に見た者を自分の親だと認識するという。私もつばめ同様に、最初に好きになった女性のイメージが、そのまま好きな女性のタイプとして確立されてたのかも知れない。私自身がそういう性格で、よく言えば「素直な性格」ということになるのだろう。
 和江は一見大人しそうに見えるタイプで、人見知りも激しい。しかし、気が合った人とは自分から尽くすタイプで、気に入られると、これほど付き合いやすいタイプの女性はいない。
 清楚で真面目な雰囲気も私には嬉しかった。まわりの羨ましげな目が私に向けられている。そう感じただけで、私は心がウキウキしてくる。もちろん和江の私を見つめる目は温かく、いくらでも彼女相手になら会話ができると感じていた。私自身も人見知りする方で、相手によってはまったく会話にならなかったからだ。彼女と知り合ってから、実際にそのことに気が付いたと言っても過言ではない。
 しかし、それだけに一旦嫌われると初めて彼女の恐ろしさが身に沁みた。きっかけは何だったのか分からない。何となく気まずい雰囲気になったのだ。別に浮気したわけでもない。元々隠し事の嫌いな私は、彼女にも例外なく自分のことはすべて話してきた。話さないまでも私の性格は単純らしく、
――あなたのことは見ていればすべて分かるわ――
 という通り、私の行動パターンから、好みまですべて把握されていた。
 付き合っている時はとてもありがたかった。まさに「痒いところに手が届く」といった状態で、ある意味至れり尽くせりといったところであった。しかし、いざこじれてくると私のことが分かっているだけに、
――あなたには、いくら言ってもだめよ――
 という言葉通りで、そう言われてしまうと、私は反論する術を持っていない。
 もちろん別れる気などさらさらなかった。結婚とまで考えたこともある女性をそう簡単に諦めきれるものではない。しかも交際期間は大学に入学してからしばらく続いたこともあり、そんなに短いものではなかったのだ。それまでに私が彼女の性格を把握できなかったことも原因の一つだったのかも知れない。
 しかし和江のようなタイプは一度歯車が狂うとなかなか元に戻ることは難しいようだ。最初私も分からなかった。和江の冷静な話し方に私が合わせていたのかも知れない。それまでは私の方からすべてを切り出し、彼女が賛同しないはずなどないとたかをくくっていたので、冷静な彼女にもそれほど違和感などないのだが、それにしても他人事のように聞こえる話し方には、さすがの私もビックリしている。
 そのうち彼女からの言葉はなくなった。私自身で殻に閉じこもってしまったのかも知れない。
――少し彼女に考える時間を与えよう――
 などと考えたのも悪かったのかも知れない。意地になってこちらから連絡しなければ、彼女の方からしてくれるなどという思いは、完全に私の一人合点だった。
 もうこうなってはどうにもならない。本当は私にもおぼろげながら分かっていたことなのだろう。ここまで来ればいくら私が鈍感でも、彼女の心が私にないことは、分かりきったことだ。結局、私たちは言葉もなく別れた。今までがすべて以心伝心であったように、別れる最後の最後まで以心伝心だったに違いない。
 私はそのことがどうしても頭から離れなかった。
 それから何人か付き合ったが、ハッキリ言って和江ほどの女性は現れなかった。
 私のことを好きだと告白してきた女性がいた。初めて女性に告白されて嬉しくないはずはない。有頂天になった私はその女性とも付き合ったが、どうしても頭の中には和江がいた。しかしどうだろう。和江以外の女性が私の頭の中にいる気がしてきたのは、私に告白してきた女性が現れてからだ。
――中学時代を思い出す――
 中学時代、異性に興味を持ち始める前に私が受けていた片想いについての相談事。その時の思いが頭を巡るのだ。
 頭に浮かぶ女性、それは麻衣と司書室のおねえさん二人である。
――司書室のおねえさんに懐かしさを感じる――
 中学時代そう感じたのは、きっと、私が彼女のような女性に出会うことを暗示していたのかも知れない。私は今、出会ったのだ。名前は恭子、結婚を前提に付き合っている女性だ。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次