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短編集19(過去作品)

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 と不思議で仕方がなかった。しかしそんな時の友達の顔が幸せそうに綻んでいるのを見ていると、さぞかし彼女とのデートが楽しいものなのかを想像させられる。ただ相手が思い浮かばないだけで、きっと楽しいものであることは想像させられる。
 麻衣に対しては、自分と一緒にいてデートしているという感覚が浮かばなかった。幼なじみとしての会話は弾んでも、彼女としてのイメージはない。
――せっかく会話は弾むのにな――
 残念ではあるが、ホッとしたような気持ち半分なのも否定できない。何が安心なのかその時は分からなかったが、近い将来気がつきそうに思うのも、不思議なものだった。
 彼女に本を渡してしまった私は、そのまま図書館を後にする気分にはなれなかった。せっかく味わった図書館の世界、この雰囲気をもっと味わっていたかった。入り口近くには雑誌のコーナーがあり、とりあえず雑誌でも読むことにしようと立ち上がった。
 図書館の従業員は二人であった。いわゆる館長と呼ばれる男の人と、それを手伝っている女性である。「司書室のおねえさん」と皆が呼んでいた人で、密かに人気があった。皆が噂する中で私も気になっていたのかも知れない。
 雑誌コーナーに足を向けると、ちょうど「おねえさん」も同じコーナーで作業をしていた。私が雑誌を見ていると、気付いているのだろうけど、こちらを振り向くこともなく、一生懸命に作業をしている。それほど身長がある方ではなく、いつも見上げながらの作業は、たまに手伝ってあげたくなる衝動に駆られることもあった。
――図書館に来れば、彼女の様子ばかり気にしているようだ――
 そのことに気付いたのは初めてだった。試験中に勉強をしながらでも、いつも彼女を目で追っていたのかも知れない。「目の保養」というと失礼に当たるだろうが、私にとってはまさしくその言葉がピッタリだった。
 話をしたことはない。誰かに話しかけられても図書館という場所柄、小声で話さなければならないということで、ほとんど声を聞いたこともなかった。
――声を聞いてみたいなぁ――
 何度か感じたことだった。しかしそれも試験勉強中のモヤモヤした気持ちがそうさせるだけで、試験が終わって図書館にあまり立ち入らなくなると、そんな思いもいつの間にか忘れてしまっている。
 いつもロングの綺麗な髪を見つめているとその髪に触れてみたくなる騒動に駆られる。そんな自分が嫌になることがある。彼女が欲しいなどと考えたことのない私が年上の女性に感じるこの感覚がとても不潔なものに感じるからだ。
 最近は暑いせいか、白のブラウスに紺のタイトスカートを穿いている。スラッと伸びたストレートな髪が照明に照らされ、黒髪が上の方だけ少し茶色に見えるのも、私にとって心地良かった。
 タイトスカートのまま本を取ろうと少し背伸びすると、ヒップの形がよく分かる。彼女が目の前を通り過ぎる時に横から見た姿からは、それほど大きくはないがハッキリと胸の形が分かり、しかも白いブラウスが汗を掻いていると薄っすらと透けて見えるブラジャーは、一旦目に止まると、とても目の離せるものではない。
 私が図書館に通いつめるようになったのはそれからのことだった。何度おねぇさんと話がしたいと思ったことか分からない。しかし何となく分かっていた。おねえさんと話すことはないだろうという思いを抱きながら、ただ目の保養を目的にやってくるのも、中学時代の思い出の一つであった。
 それからの麻衣はしっかり文芸部をがんばっているようだった。麻衣が気にならないといえば嘘になる。初めてここで話をした麻衣のことは、なかなか頭から離れることはなかったし、麻衣の私に対する態度もあれから少し変わったような気がする。
――何がどう変わったのか――
 と思っても、自分でもよく分かっていないが、少なくともぎこちなくなったというわけではない。
 そんな思いを抱きながら、私たち三人は中学を卒業していった。
 私と麻衣と聡、それぞれ進む道はまったく違っていた。
 成績優秀で、学校からも期待されていた麻衣は、その期待に見事に答えて、地元では一番の進学校に見事入学した。女子高であるため、もちろん私や聡とは学校で会うということは不可能だったが、高校に入学してから、麻衣の方から連絡してくることも皆無だったのだ。
 聡は車関係の職に就きたいと言っていたので、そのために技術を養う目的で工業高校に入学した。元々成績もよかったので、工業高校の中でも地元では名門と呼ばれるところに入学していた。いわゆる工業大学の付属高校で、望めば工業大学にも入学可能ということで、いくつかの選択肢が望めるのだ。
 さて、私はというと、他の二人とは違い、普通に自分の成績に見合った高校を選び、無難に受験し、無難に入学した。成績に関しては「可もなく不可もなく」いわゆるその他大勢の部類だったので、成績に見合った学校を受験し、普通に勉強していれば入学できるのだ。あまり受験勉強を一生懸命にしたという記憶はない。その時は一生懸命にしていたのだろうが、入学してしまえば、そんなことも忘れている。
――受験勉強なんて、そんなもんさ――
 割り切って考えているが、所詮は受験前の詰め込み勉強、いくら切羽詰って勉強していなかったとはいえ、合格したことの安心感はたぶん他の連中と変わりないだろう。ホッとした気持ちの中で、覚えた知識など、その瞬間にどこかに吹っ飛んでしまっていた。
 高校に入学し、真新しい制服を着て高校に向かうと、急に大人になったかのような錯覚を覚えた。小学校から中学に入学した時はそれほどでもなかった。確かに私服から制服に変わったことや、小学校とはまったく違う中学のカリキュラムは私に少しカルチャーショックのようなものを感じさせたが、大人に近づいたという気持ちはそれほどなかった。中学入学の時に感じなかった思いが、きっと高校入学の時にあったに違いない。
 高校に入学してからの友達は新鮮だった。中学までは、どうしても小学校からの繋がりのようなものがあったが、高校は皆同じように受験勉強をして、同じように喜びの合格があって入学してきているのだ。まぁ、中にはすべり止めで受験し、ここしか来ることができなかったという不本意な入学もあるだろう。私は贅沢な悩みにしか思えなかったが、本人たちにすれば自分の居る場所ではないような、やりきれない気持ちがあるに違いない。
 今度も男女共学なのだが、今までと女性の見方が変わった気がする。中学とは違いカラフルな制服に包まれた彼女たちは、私の目には「大人」に見え、眩しくもある。
――露骨にいやらしい目で見ているかも知れない――
 とまで思えるくらいの自分を少し嫌悪してしまうが、学校に行く楽しみの一つとなっていることは間違いない。
 そんな中、私に彼女ができたのは夏休みが終わってからだった。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次