リードオフ・ガール3
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県大会決勝の相手は優勝候補NO.1の呼び声が高いチーム、ここまで全く危なげなく勝ち上がって来たところを見てもその評価は正しかったようだ。
ピッチャーはサウスポー、驚くような速球派ではないが、大きく縦に落ちるカーブを持っている。
小学生では変化球を駆使するピッチャーは多くない、成長段階なので投げさせない指導者も多いが、それ以前になかなかモノにならないのだ。
そもそもごく小さい頃から野球を始めたとしても、野球らしい形になってくるのは4年生位から、変化球を思うようにコントロールできるまでには至らない、それゆえ無理に変化球を覚えるよりもストレートに磨きを掛けたほうが得策だし、タイミングを外すだけならスローボールを覚えるだけでも有効だ。
だが、彼のカーブはしっかりモノになっている、コースは右バッターの外角高目から内角低目へと曲がり落ちてくるパターン一つだけ、スピードが遅く曲がりが大きいのでストライクゾーンに決まるのはそのコースだけなのだ、そこから外れるのは単なる投げ損ない、意図的にボール球を駆使できるほどのコントロールはない。
しかし、そこそこ速いストレートにこの遅いカーブを交えられるとバッターにとっては厄介だ、タイミングを計りにくいだけでなく、左バッターは腰が引けてしまうし、右バッターにとっても斜めにストライクゾーンを横切って行く球筋にバットを合わせるのは難しい、しかも決まるのは内角低めの厳しいコースなのだ。
彼は打つ方でも3番を務める堅実なバッターでもある。
彼とクリーンアップを組むのはサードを守る4番とレフトを守る5番。
『4番・サード』と言うフレーズはかつてプロ野球を沸かせたある選手を想起させるが、実際良く似た、打ち気が前面に出るタイプだ。
プレッシャーがかかる場面で打席に入っても緊張するという事はなく『もし打てなかったら』などと言うネガティブな考えは頭になく、タイムリーを放ってヒーローになる姿だけをイメージするらしい、それゆえ、ここぞと言った場面での快打が目立つ。
5番、左打ちのレフトはいわゆるホームランバッター、天性の打球角度を持っている上に体も大きく、長打を警戒しなければならない選手だ。
警戒すべきはクリーンアップだけではない、1番・センターと2番・セカンドはともに俊足で由紀・英樹の1、2番にも匹敵する。
6番以降はやや力が落ちるが、上位打線だけならサンダースよりも破壊力があると言える。
守備に関してはレフトの動きがやや緩慢だが穴と言うほどではなく、充分に固い守りを誇る。
光弘から見ても、確かに主力はサンダースよりも一枚上だと思う、しかしチーム全体として見れば劣っていないとも考えている。
ピッチャーは確かに厄介ではある、しかし、そう言ったところで効力を発揮するコンピューターもサンダースには備わっているのだ。
D (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
試合が始まると、雅美の調子がいまひとつだった、それと言うのも風が関係している。
強めの向かい風が吹いていて、「行き先はボールに聞いて欲しい」のナックルは曲がりすぎてしまい、制球に苦しんだのだ。
しかしキャッチャーの明男はそんな条件下でも速めで曲がりの小さいナックルを上手く織り交ぜてリードした。 その結果、2回までヒット2本を許しながらゼロで抑えることが出来たのだが、スリーボールまで行ってしまうこともしばしばで球数は多い。
一方の相手ピッチャーは向かい風を利用してカーブを多投し、サンダースは3回の表の攻撃終了まで一人の走者を出すことも出来ていない。
迎えた3回の裏、雅美はワンナウトを取ったものの、相手1番に痛烈なライナーを打たれてしまう、出塁を許せば厄介なランナーになるが、横っ飛びに飛びついたセカンド・新一のグラブがピンチの芽を摘み取ってくれた。
しかし、それでもピリッとしないのが今日の雅美、2番にフォアボールを与えてしまうと、3番のピッチャーにもライト前へヒットを許してランナー1、3塁のピンチを招いてしまう。
学童大会は複数の会場を使用して開かれるので、今日で5連投、さすがに疲労の色は隠せない。
ここでバッターボックスに入るのがポジティブ思考の4番・サード、第一打席で雅美は三塁線を強烈に破られる二塁打を喫している。
光弘は雅美を諦め、まだ公式戦には登板していないものの、ここのところ調子が良い勝にスイッチしようと腹を決めた。
だが……。
「どうもこの4番には嫌な予感がするんだよな、勝もコントロールは大きく改善されているから満塁策をとろうか」
光弘は迷った時は淑子の意見を聞くようになっていて、この場面でも意見を求めた、すると淑子から意外なアイデアが飛び出した。
「敬遠するならもう一人ピッチャーを挟みましょう」
「敬遠の為に?」
その考えも解せないが、一体誰に投げさせると言うのか……。
「どうせ歩かせるつもりなんですから、コントロールは関係ないでしょう?」
「あっ、そうか!」
光弘にはそれだけでピンと来た、淑子のアイデア、それはつまりここでロビンソン譲治を使うということだ。
身体能力抜群の譲治はとにかくスピードだけならクローザーの良輝にも劣らない、コントロールはほとんど期待できないので試合で使えるところまで達していないのだが、どのみち歩かせるつもりならば譲治をワンポイントで使うアイデアは悪くない。
「よし、伝令を頼むぞ」
「はいっ」
淑子が伝令に走り、光弘は譲治に投球練習を始めさせた。
「譲治君はまだコントロールなんて出来ないからミットは真ん中に構えて、真ん中目掛けて投げてもボールは高めに浮くから腰はあまり落とさないで暴投に備えて」
「だったら低めに構えようか?」
「それはダメ、ど真ん中に投げ込んじゃうから」
「確かにな」
伝令に走った淑子は雅美と話すフリをして、その実キャッチャーの明男に指示を出していた。
その間に譲治の肩作りが急ピッチで進められる、地肩が異常に強いしコントロールは元々ないから、マウンドに上ってからの投球練習を交えて20球もあれば大丈夫、ブルペンでの肩慣らしが10球程度であれば淑子が時間を稼いでくれるだろう。
「何も考えなくていいぞ、とにかくお前のありったけのスピードボールをぶつけて来い」
譲治への指示はそれだけだ、細かい事を言っても仕方がない、ナックルボーラー雅美の後を引き継ぐならスピードこそが武器になる。
マウンドでは淑子が雅美の肩や二の腕を触っている。
「どうしたね? ハリーアップして欲しいんだが」
主審がマウンドに歩み寄ると淑子が答える。
「ちょっと肩に違和感があるって言うんですけど、2~3球投げさせてみてもいいですか?」
「構わないが、早くし給え」
雅美が3球投げた所で淑子は光弘に向って首を振って見せる、これだけ時間を稼いでくれれば譲治の方は大丈夫だ、光弘はベンチを出て主審に告げた。
「ピッチャー、石川雅美に代わってロビンソン譲治が入ります」
d (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
作品名:リードオフ・ガール3 作家名:ST