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リードオフ・ガール3

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3



 5月末、県大会が始まった。
 サンダースの前評判は優勝候補に続くチームと言った所、タイプの異なる3人のピッチャーを擁し、1、2番は俊足で、クリーンアップに加えて6番の和也までの打線は破壊力があり守備の堅さにも定評がある、しかし、下位打線は少し弱く、先発の雅美は少し安定感を欠く、と。
 しかし、それは市大会までの話、下位打線は厚みを増したし、雅美はスタミナが付いて来ている、もう一人のピッチャー、勝も成長著しい、そして、淑子と言う頭脳も加わっているのだ。
 
 サンダースは1、2回戦を順当に勝ち、準々決勝となる3回戦に駒を進めた。
 相手はあまり評価が高かったとは言えないチーム、しかし1、2回戦を勝ち上がって来たチームであることに変わりはない、そもそも小学生の成長は予測できない、一冬越したら別人のようになることも珍しくはない、足元を掬われないという保証はないのだ、油断は大敵だ。
 実際、相手のピッチャーは見た目よりも打ち難い、目を見張る速球はないが、コントロールが良い上に緩いボールを駆使してタイミングを外して来る。
 攻撃面でも、大物打ちこそ4番一人だが常に次の塁を狙う抜け目のない走塁が徹底されている。
 しかし、3回の表、サンダースの核弾頭とコンピューターが作動した。
 由紀がフォアボールを選んで出塁すると執拗な牽制球。
 当然の警戒だが、それでもバッターへの3球目に由紀は楽々と盗塁を決めた。
 マウンドに集まる相手の内野陣、明らかにモーションを盗まれた動揺が見て取れた、しかし、実際はピッチャーに牽制の癖などなかった。
 円陣を解く時、ピッチャーのお尻をミットでぽんと叩いて励ましたファースト、中心打者でもあり、ムードメーカーでもある彼は自分が原因だったなどとは気付いていない。
 彼にはキャッチャーから牽制球のサインが出た時、ミットをぽんと叩くクセがあったのだ。
 彼にしてみれば『よし、投げて来い』と言う意思表示、ムードメーカーならではの景気づけだったのだが……。
 またモーションが盗まれるのでは? と疑心暗鬼に陥ったピッチャーはランナーの由紀に気を取られるあまりに英樹にもフォアボールを出してしまう。
 ランナー一、二塁となって、再びファーストの『ぽん』。
 一塁側へ踏み出そうとしたピッチャーの視界に由紀が走ったのが入る。
「あっ」と驚いたピッチャーは悪送球、既にスタートを切っていた由紀はホームを駆け抜け、英樹も悠々と二塁ベース上……。
 緩急とコントロールが身上のピッチャーが動揺してしまえば歯止めなど効かない。
 サンダースが誇るクリーンアップトリオの連打に加えて、6番の和也が放った三塁打でサンダースは5点を挙げた。
 小粒ながら隙のないチームの特長は接戦でこそ生きる、一挙に5点のビハインドを背負った相手チームに、それをはねのける力はなかった。
 まして6回から登板した良輝は雅美とは打って変わった速球派、目を慣らす間もなく三振の山を築いた。


D (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ!  (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!


 準決勝の相手は大会屈指の好投手を擁するチーム。
 チームとしても3番に座るピッチャーは手首の強さを生かしたバッティングで長打を連発し、4番に座るファーストは小学生とは思えない大きな体で、スイングスピードを見せ付けるように素振りをすると『ブン』と空気を切り裂く音が響く、5番に座るキャッチャーはファーストと同じ位の身長に加えて横幅も大きい、そしてさして速そうに見えないスイングから外野手の頭を越すような大きなフライを打ち上げる。
 優勝候補の一角と前評判の高かったチームだ。
 しかし、光弘から見ればチームとしての総合力には疑問符が付かないでもない。
 全体に大振りだし守備も固いとは言えない、目立って足が速い選手や小技の上手い選手は見当たらないのだ、準々決勝までの3試合は圧勝を繰り返して勝ち上がって来たのでその欠点は表面化していなかっただけの事、光弘はそこに勝機を見出していた。
 そもそも強打を誇るチームには雅美のナックルはむしろ有効だ、『貰った』とばかりに勢い込んで振ってくるので、ふわりと逃げるボールにくるくると回る。
 3回まで雅美が許したのは高いバウンドのショート内野安打1本とフォアボール1個。
 しかし、相手ピッチャーの速球にサンダース打線も3回まではパーフェクトに押さえられた。
 それでもサンダースにはこういった展開を打破する術がある。
 4回表の先頭打者、由紀に出た指示はセーフティバント、1球目からストライクを取りに来ることは読めていたので由紀はセーフティバントを敢行した……が、伸びのある速球に押され、小フライとなってしまった。
 一塁側にマウンドを駆け下りたピッチャーが地面スレスレで掴んでワンナウト。
「うむ……セーフティバントもダメか……」
 唸る光弘に、淑子がアイデアを出した。
「栗田君にもセーフティバントのサインを出しましょう」
「小フライにならないか?」
「賭けですけどもう一度ファースト側にすれば……」
 確かに大柄なファーストの動きは少し緩慢だ、由紀のバントも俊敏なファーストならば楽に捕れていたはず、ピッチャーが無理することはなかった打球だった。
「よし、やってみよう」
 光弘のサインで英樹がバントする、由紀はピッチャーとファーストの間を狙ったが英樹は一塁線へ、今度はピッチャーでは届かない、ファーストは猛然とダッシュして来たが間に合わずにショートバウンド、振り向きざまにベースカバーに入ったセカンドに送球しようとするが大きな体に付いた惰性に邪魔されて山なりの送球。
 英樹が一瞬早く一塁ベースを駆け抜け、サンダースの初ヒットとなった。
「よし! 頼むぞ」
「はい!」
 淑子がファーストコーチャーズボックスへ走る。
 淑子の背番号10を見てファーストはちょっと怪訝な顔をした。
 小柄でいかにも非力な眼鏡っ子、てっきりスコアラーか何かだと思っていたのだ。
 走って来る姿まで様になっていないのだから無理もないが……。

 ピッチャーはセットポジションに入って、すばやい牽制球を送って来た。
 英樹も俊足であると言う情報は入っているのだ、もっとも、由紀ほどに危険なランナーだとは思っていないが。
 そして3番の達也への1球目を確認して、淑子は英樹に耳打ちした。
「顔をキャッチャーに向けたらホーム、牽制の時は最後までこっちを見てるわ」
 淑子にしてみればこんなにわかりやすい癖はない。
 ピッチャーにしてみれば『ばっちり見てるぞ』と言う意思表示なのだろうが、必要以上にランナーを見てしまうのでホームに投げる時は顔の向きがはっきりと変わってしまうのだ。
 果たして次の投球、顔がはっきりと動くのが英樹にもわかった。
 そして次は最後までこっちを見て牽制球。
 こうなればもう二塁ベースは英樹のものになったも同然、英樹はピッチャーがモーションに入ると同時にスタートを切った。
 キャッチャーは強肩ではあった、しかし横幅もたっぷりの彼は立ち上がって送球動作に入るまでに時間がかかってしまう。
 英樹は悠々と二塁を陥れた。
作品名:リードオフ・ガール3 作家名:ST