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鏡の中に見えるもの

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 普段から抱いている課長へのイメージを裏付けるような話を今、課長の口から聞いているんだと思っていた。それも、夢の中に登場したのは、誰でもない自分だというのも、皮肉なことだと思った。
――それにしても、課長は私に何が言いたいのだろう?
 疑問を呈しながらも、美咲の身体はまだまだ熱くなっていた。身体の奥から洩れてくるドロドロしたものを感じながら、美咲はもう一人の自分が姿を現すような気がして仕方がなかった。
 課長を見つめる美咲の目が一瞬驚きに変わった。
――おや?
 じっと自分を見つめていると思っていた課長の視線が、自分に向けられているわけではないことに気が付いた。
 確かに、課長の視線の先には自分しかいない。だが、目線は美咲の目を見ているわけではない。しかも見つめていると、遠近感も違っているように思えてきた。
――まるで私の身体に穴が開いていて、そこから先を見つめているような気がして仕方がない――
 と、美咲はそう思えて仕方がなかった。
 その先というのを、美咲は分かるような気がしていた。まるで後ろに自分の目がついているような感じである。
――そういえば、誰かに背中を見つめられているような気がしていた――
 さっきから気になり始めたのだが、それがどれくらい前なのか、気づいてしまうと分からない。
 課長の視線は自分の背中を見つめている女性の方に向けられていたのだ。
 ということは美咲は、自分の身体を挟んで、目の前の課長、そして後ろにいる人との間にいるということでり、どのような存在でいるのか分からなかった。
 ただ、後ろに目が付いているかのように、そこにいるのが女性であることに気が付いた。その女性は美咲には見覚えはなかったが、課長には見覚えがあるようだった。
――夢で見たと言っていた人かしら?
 ということは、今課長は、夢の話をしながら、会えるかも知れないと言っている人と、すでに会っているということになる。これだけの視線を浴びせているのに、見えていないということはないだろう。
 美咲は、
――自分がその場から消えてなくなったら、どれほど気が楽だろう――
 と感じていた。
 見えているのに、見えていないかのように話をする課長は美咲に何をさせようとしているのか、そして、後ろに存在を感じるその女性は、いったい美咲に何を訴えようとしているのか、
――後ろに目があるかのように感じるのは、きっと彼女の力によるものに違いない――
 美咲にはそう思えて仕方がなかった。
 すると美咲は先ほどまで感じて言った黒沢課長に対する不安が次第に解消されてくるのを感じた。黒沢課長に対して委ねたくなるような気持ち、こんな気持ちになったのは久しぶりだった。
 しかし、この気持ちはずっと自分が待ち望んでいたもののような気がしてきた。実際に今も待ち望んでいるもので、その思いを必死に押し殺そうとしている自分がいることに気が付いた。
――でも、これって本当に私の気持ち?
 待ち望んでいる気持ちは確かに自分のものだという意識はあるが、押し殺そうとしている自分には気づかなかった。押し殺そうとしていることを意識していないのだから、その先にある待ち望んでいる気持ちがいくら自分のものであったとしても、意識の中にはなかったのだ。
――押し殺そうとする理由がどこにあるのかしら?
 押し殺そうとしている自分にあるのか、それとも押し殺さなければいけない心境にさせる何かが自分の意識の外にあるということなのか、美咲には分からないことばかりであった。
 美咲には、今付き合っている人はいない。学生時代には付き合っていた人もいたが、花が咲くことはなかった。元々、初恋の時からそうだった。確かに初恋は成就することのないものだと割り切ってしまえば、切ない思い出として自部運を納得させることができる。
 しかし、美咲が今まで好きになった人がいても、付き合い始めるまでに行くことはほとんどなく、付き合い始めても、長く続くことはない。よほど自分が男性との付き合い方が悪いのか、それとも自分の気づかないところで相手に何か悪い印象を与えているのかも知れないと思っていた。
 つまりは、自分で納得できない別れ方ばかりだったのだ。
 付き合うようになるきっかけは、いつも相手からの告白だった。
「私のどこがそんなにいいの?」
 さすがに何度も破局を迎えていると、最初からハッキリさせておかなければいけないことは聞いておこうと思うものだ。ただ、相手の方もいきなり聞かれて、
「漠然としてなんだけど、美咲さんの清楚なところが好きなんですよ」
 ほとんどの人はそう答えてくれた。
 そう言われて嫌な気がする女性はいないだろう。
――今度こそうまくいく――
 美咲は、自分にそう言い聞かせてきた。男女の付き合いは、最初から腰を引いてしまってはうまくいくものもうまくいくはずはないと分かっているつもりだったが、子供の頃から引っ込み思案の美咲にとっては、どうしようもないことだと思っていた。
 ただ、美咲はかなり後になって気づいたことであったが、美咲が今まで付き合ってきた男性は、ロクな男性ではなかった。いわゆる「女たらし」とでもいおうか、片っ端から女性に声を掛けて、
「下手な鉄砲、数打てば当たる」
 とでもいうべきか、美咲は彼らにとっての「数」のうちの一人でしかなかったのだ。
 女性の友達が少しでもいれば、忠告もしてくれたであろうし、ウワサ話としても出てくることだっただろう。
 男性を見る目もまだまだだった美咲である。男性から見れば清楚という言葉が口説こうとする一つの理由だろう。それはいい意味ではなく、
「だましやすい」
 という意味で、清楚に見える方がやりやすいと思えたのだろう。
 中には美咲のことを、
――プライドの高い女――
 と見ていたのかも知れない。
 そんな女は最初におだてておけば、信頼を勝ち取ることくらいは簡単なことで、ここまでくれば、自分のいいなりにすることくらいは、さほど難しくないと思っていたに違いない。
 実際に、美咲は最初は身持ちが硬かった。そんな美咲にプライドの高さを感じ、
「受け入れられない」
 と離れていった男性もいただろう。
 そんな男性の方が、まだマシだったかも知れない。
 美咲にプライドの高さを最初から感じていた男性は、
「ほら、見たことか」
 と、自らの洞察力にほくそ笑んだかも知れない。
 その後は、美咲のプライドをさらに高めるようにして、梯子を掛けてやると、美咲はその梯子を喜んで昇っていくことだろう。
 ここまでくれば、男性の方は慌てることはない。
 今まではおだててきたが、今度は逆に少し冷たくする。軽く突き放したような感覚だ。連絡を取る間を少し長くしてみたりして、美咲の不安を駆り立てるのだ。
 掛けた梯子を外されるかも知れないと感じた美咲は、きっと焦ることだろう。それこそが男性側の作戦であった。
「ここまでくれば、女性はいいなりだな」
 完全に主導権は男性側が握ってしまう。
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次