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鏡の中に見えるもの

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 大学時代は本が好きで、恋愛小説を何冊も読んだものだった。しかし、買って読んだ恋愛小説のほとんどは、ドロドロとした内容のものが多く、甘い戯言はすべてにウラが感じられた。
 美咲は、本当はそんな恋愛小説を読みたいと思っていたわけではない。口説き文句にしても、その目的は完全に身体目的なのだ。主人公も三十代後半の主婦だったり、恋愛に憧れているが、キャリアウーマンとして立ち回っているため、なかなか本当の自分を表に出せず悶々とした生活を送っている女性だったりする。
 本を読んでいると、主人公や登場人物に感情移入してしまうことが多いので、どうしてもドロドロした小説は、読んでいて気持ちが重くなってしまう。それでも恋愛小説から離れられないのは、いずれ自分がそうならないようにするための反面教師のつもりで読んでいるのだが、どうも最後には少し違った雰囲気になってしまう。
「課長なら、たくさん口説かれそうな気がしますけどね」
 少しだけ話を戻した気がしたが、課長はそれを知ってか知らずか、話をスルーした。
「その口説いてきた女性を見ていると、最初は疑いの目でしか見ていなかったんだけど、そのうちに、違った感覚になってきたんだ」
「どんな感覚ですか?」
「哀れみのような感覚とでも言うんだろうか。僕を見上げる虚ろな目は、僕の目を捉えて離さない。だけど、もし僕が目の前にいなければ、その視線は果てしなく虚空を捉えていて、どこを捉えていいのか、自分でも迷っているような雰囲気を感じたんだ。その目を見ていると、初めて会ったような気がしなくなってきたんだよ」
「それは、以前にも会ったことがあるという意味ですか?」
「そういうことではないんだけど、その逆で、これからこの人と出会うんじゃないかって思うような感覚なんだ。その思いがあったからこそ、その時に、今見ているのが夢だって分かった気がするんだ」
「それは予知夢のようなものなんでしょうかね?」
「僕が聞いたことのある予知夢というのは、夢を見ている時は、それが予知夢だなんてまったく分からないらしいんだけど、現実世界で会った時、夢の中で出会ったとすぐに気づいて、それが予知夢だったで分かるという話だったんだ」
「そうですね。確かに現実世界で出会った時、その人のことを、どこかで見たけど思い出せないというのが普通なんですよね。でも、出会ってすぐに夢で見たと思うことって、本当にあるんでしょうか?」
「あるかも知れないね。でも、今回の僕の場合は、夢を見た時、もう一度、その人に会えると思ったんです。ただ、それが現実世界なのか、また夢の中の世界なのか分からない。でもどちらにしてもレアなケースだと思うんですよ。現実世界で出会うという考え方は、あまりにも非現実的すぎるし、夢でもう一度会うという感覚も、以前に一度見た夢の続きを見るというのって普通ではありえないでしょう? 夢というのが潜在意識のなせる業だと考えればね。でも、もう一つ考えられるのは、昨日見た夢とまったく同じ夢を、もう一度見るかも知れないということなんだ。これもかなりレアかも知れないけどね」
 課長の話は信憑性もなければ説得力もない。しかし、聞いていて黙って無視できるほど単純な話ではないように思えた。美咲も時々、予知夢ということの信憑性について考えることがあった。しかし、考えれば考えるほど、低くなってくる信憑性に、いつもガッカリさせられる。
「ところで課長はどうしてこの話を私に?」
「実は、その夢の中に君も出てきたんだよ」
「えっ、私がですか?」
「ああ、といっても、君は登場人物というわけではなく、影から僕たち二人を見つめていたんだ。夢の中の君は、僕が気づいていることなど分かっていなかったようだけどね」
 確かに夢を見ている本人が作り出した夢なのだから、幾分かは本人の都合よくストーリーが流れていて当然である。
「それで、課長は私の存在をかなり意識していたんですか?」
「君の存在に気が付いたのは、これが夢だということに気づいた後だったんだ。だから、気にはなったけd、『どうせ夢なんだ』という思いから、それほど意識を向けていたわけではないんだ」
「そうなんですね」
「だけど、最初に感じた君から一瞬目を離すと、君はそこにいなかった。そして、思わず当たりを見渡すと、かなり離れたところからやはりこちらを見つめている君がいたんだよ」
「私が瞬間で移動したということですか?」
「夢の中だからそれもありなんだろうけど、僕には少し違った解釈があったんだ」
「どういうことですか?」
「実は君は一人いただけではなく、最初にいたところから見えなくなったのは単純に後ろに身を引いたからで、見渡してから発見した君は、最初からそこにいたんじゃないかってね」
 夢なら何でもありだと思うと、不思議のないことだった。
 ただ、美咲にとってそれよりも、黒沢課長がいろいろ夢を見ながら考えているということに感嘆を覚えた。
――私だったら、そんなにいろいろな発想することなんでできないは、よほど頭がいいのか、それともよほどの天邪鬼なのかも知れないわ――
 と感じた。
 天邪鬼というのは、人に逆らうことなのだろうが、課長の場合はいろいろな発想を抱くことが自分の中の天邪鬼だと思っているのではないだろうか。課長は仕事をしていても、多数意見よりも少数意見の方にいつも耳を傾けている。
「多数派意見というのは、当たり前のことを当たり前に言っているだけで、僕には進歩がないような気がするんだ」
 会議中にそんな話をしていた課長の言葉を思い出した。その時はあまり意識していなかったが、頭の中には残っていた。逆に他の人はその時、かなりの意識を植え付けられたが、ある一定の時期を過ぎると忘れてしまっている。
「人の噂も七十五日」
 であったり、
「のど元過ぎれば熱さも忘れる」
 という言葉が表す通りである。
 しかし、今美咲は少し違う考えを持っている。
――あの時の課長はわざとそんなことを口にしたのではないだろうか――
 と思った。
 それは自分への意識を他に逸らすための高等テクニックではないだろうか。忘れてもらった方が都合のいい何かがあったのかも知れない。内輪の会議と言っても、それくらいのことは仕事をしていれば考えられることである。課長の頭がいいのではないかと思ったのもそこから来ている。
 美咲は、それを意識した時から、課長に対して二つの感情を持っていた。
――この人は頭のいい人だ――
 近づいていいかどうかは、これだけでは分からない。しかし、
――課長の頭のいい作戦は、果たして相手を見ながら行っていることなのだろうか?
 という疑問が頭をもたげた。
 つまり、作戦を考えるにしても何にしても相手があってのことである。相手によって臨機応変にやらなければうまく行くはずがない。しかし、課長を見ていると、相手はどうでもいいような気がする。
――相手が誰であれ、わが道を貫く――
 という考えであり、それが課長の中に見え隠れしている天邪鬼の正体ではないかと思うのだった。
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次