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鏡の中に見えるもの

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「美咲さんの発想は確かにその通りだと思うんだけど、でもね、パラドックスという発想を思い浮かべるということは、自分と照らし合わせるということとは切っても切り離せないことだと思うんですよ。もっと言えば、自分と照らし合わせないパラドックスの発想という方が難しい気がするんです。よほど冷静になって、すべてを他人事のように思えるような人でなければ、その境地に達するのは難しいことではないかって思うんですよ」
 落合の意見を聞いて、久志も黙って頷いた。
 正直、久志は落合の今の話を聞くまでは、美咲のように、パラドックスの発想と、パラドックスを自分に当て嵌めることとの間には段階があるものだと思っていた。しかし、落合に言われると、
――それももっともだ――
 と思わせる説得力がある。
 また、段階という言葉を発想したことで、
――待てよ――
 と考えた。
 先ほど、前世に因縁のある人に出会うまでには段階が必要だという発想が出てきたではないか。
 考え方を変えるとすれば、
――前世に因縁のあった人に出会うにも、本当に段階が必要なのだろうか?
 という思いである。
 段階が必要だと思うのは、あくまでも前世の因縁にしても、パラドックスの発想にしても、すべてを、
――他人事だ―― 
 と思うからなのかも知れない。
 今まで、何でも他人事のように考えていた人が、この三人の中に一人いた。それは美咲だった。
 美咲は、いつも自分ではいろいろな発想をするが、それも他人事だという思いが先に立っているからこそできるというもので、本人は他人事という自覚はなく、
――私は冷静に何事も判断して、考えることができるんだ――
 と思っていたのだ。
 美咲はこの発想を、
――自分だけのものだ――
 と思い、立派な個性だと思っていた。
 確かに個性ではあるが、美咲だけのものではない。美咲は自分だけのものだと思うことで、自分の冷静さが自分の一番の長所だと思っていた。もし、自分以外にも他に同じような発想を持った人がいることを思い知ると、きっとショックで寝込んでしまうくらいに違いない。
 思い込みの激しさは、もろ刃の剣のようなもので、張りつめた緊張の糸が切れてしまうと、これほど脆いものはないと言わざるおえないくらいになってしまうことだろう。
 そのことを知っている人は今まで美咲のまわりにはいなかった。
 いや、本当はいたのだが、そのことを美咲が知るには、まだ少し早かった。
 しかし、久志や落合と知り合ったことは、十分にそのきっかけになる。実際に美咲は漠然と、自分がいつも他人事のように物事を考えていたということに気づき始めていた。本当であれば、悪いことに気づいてしまったという罪悪感があるのだろうが、久志や落合と知り合って話をしていると、罪悪感を感じることなく、自然と受け入れることができるような気がしていた。
 美咲は、自分がいつも何かあると、自分が知らず知らずのうちに他人事のように考えているという意識がなかった。しいて言えば、
――冷静に物事を見ることができる――
 という都合のいい解釈であったのだ。
 しかし、最近ではやっと自分が他人事のように考えているということが分かってきた。なぜ分かってきたのか、すぐには理解できなかったが、どうやら夢に見たことが影響しているようだった。
 夢の内容までは覚えていないが、確かに怖い夢を見たという意識があるわけではないのに、汗をぐっしょりと掻いていて、むしろ悪い夢を見た時よりも、虚しさを感じていた。それは自己嫌悪を感じて言ったからで、自分の意識の中で恥ずかしいと思うような発想だったのだろう。
 ウスウス他人事のように考えているのだと分かってきた頃だったので、そのことを夢に見たのだと、それほど間を置かずに気が付いた。怖い夢なら目が覚めても印象に深く残っているのだが、恥ずかしい夢であると、忘れてしまいたいという思いが強く、印象よりも夢を見たという意識の方が強く残っている。しかも思い出したくないという思いを抱いただけで、頬に紅潮を感じてしまう。それこそ恥じらいが自分の中に芽生えた証拠に違いなかった。
 考えてみれば、夢の内容を覚えていないというのはおかしな話で、ひょっとすると、夢の内容を覚えていないのは、恥ずかしい内容を見ているからなのかも知れない。
 夢の内容で覚えているのは怖い夢ばかりなので、覚えていない夢、つまりは、ちょうどいいところで目を覚ましたと考えている夢をいつも、
――楽しい夢だったんだ――
 と感じていたが、本当は恥ずかしい夢も混じっているのではないだろうか?
 途中までは普通の夢なのだが、ちょうどのところで恥ずかしい感情が表に出て、それが夢となって現れる。一種の欲求が夢の中で現れたのだと思えば辻褄も合うというものだ。
――忘れてしまいたいことだから、目を覚ましてしまう――
 こちらの発想の方が、より自然ではないだろうか。
 確かに楽しい夢を見ていて、ちょうどのところで現実に引き戻されるという発想も、間違いではないだろう。だが、そのことだけに凝り固まってしまうと、本当の自分が分からなくなってしまう。夢というものが、現実とは明らかに違い、結界まで存在するのだという思い込みをしている人がいるが、自然に考えれば、
――人間の中にある欲望が素直に顔を出した。その時に理性が働いて、夢という世界を作り出すことで、隔離しようとしてしまう――
 この場合の夢というのは、普段見ている夢とは一線を画すべきなのだろうが、一緒に考えてしまう方が、理性の存在を確認するという意味では必要なことだと思う。その思いを抱き始めたのは美咲であり、久志や落合は、まだそこまで考えていなかった。
 久志や落合は、自分たちの発想に美咲がついてこれるのかどうか危惧していたが、ある意味では美咲の方が先見の明があると言えるのかも知れない。
 美咲はその時、二人の男性が自分に大いなる影響を及ぼすであろうことを予感していた。
密接に関わっている二人であるにも関わらず、どちらか一方が美咲に大いに関わってくることも分かった気がした。
 だが美咲は、その後、二度と二人が一緒のところに出くわすことはなかったのである……。

                  第三章 欠落したはずの記憶

 美咲は、自分が見たであろう恥ずかしい夢を思い浮かべてみた。たまに自分が恥ずかしい妄想が頭をよぎるのを感じたことがあったが、即座に否定していた。そのため、妄想はおろか、頭をよぎったことまで自分の中で否定しようとしていた。妄想であれば否定もできるが、頭をよぎったことを否定するのは難しい。なぜなら、否定するには、思い浮かべたことを忘れてしまってはいけないからだ。覚えていないことを否定するなどできるはずがない。美咲はそんな簡単な理屈が分かっていなかった。
 それなのに、恥ずかしい夢をどうして否定できないのか不思議だった。夢に見たということを思い出して、恥ずかしい夢を見たということが頭をよぎったのだ。それを否定するには、恥ずかしい夢だということを自覚する必要がある。少なくとも頭をよぎったことを打ち消してしまった時点で、思い出すことができなくなっていた。
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次