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鏡の中に見えるもの

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 久志も落合に対して同じように寂しそうな表情を感じたことがあったが、きっと自分と同じような感覚なんだろう。落合が今久志が気づいたようなことを自分で分かっているのか疑問だが、落合を見ていると、少なくとも自分よりも自己分析ができているように思うので、分かっていても不思議はないと思えた。
――分かっているからこそ、敢えて、俺が急に寂しくなることがあるなんてこと、話をしたのかも知れないな――
 すべてを先読みして話をしていると思える落合のことを考えると、いまさらながらに恐ろしく感じられた。何でも見透かされているような気がして、それでもそんな相手がいてくれるのは、いないよりもずっといいことだと思えたのだ。
 美咲が話を続けた。
「私はお二人を見ていると、以前、どこかでお会いしたことがあるような気がしてきたんです」
「ほう、それはいつ頃のことですか?」
 落合がまず興味を持った。久志も不思議な気がして興味を抱いたが、それ以前に話の内容にピンとこなかった。まだ完全に美咲の話に自分が入り込めていないと思っていた。
「いつ頃のことなのか、それもよく分からないんです。私は記憶が欠落しているとおもっているので、過去のことを思い出そうとして思い出せない時は、それはそれで仕方がないんだって思って、執拗に思い出すことはしないんです」
「そうですね。思い出したとしても、自分の中で信憑性に欠けるものを感じていると、思い出すだけ無駄なのではないかって思えてくるんでしょうね」
「その通りなんです。特に昔になればなるほど、時系列の曖昧さが深くなってくる。それが本当に自分のことなのか疑問に感じることがあるんですよ」
「それがさっきの話の中にあった、人の記憶が入り込んでいるような気がするということなんですね」
「ええ、そうなんです。でも、それだけでは納得できないこともあって、そこで感じたのが、子供の頃から意識している前世への想いだったんですよ。納得できないことを前世の因縁で片づけると、たいていのことは解決できてしまうような気がする。でもそれをしてしまうと、今度はさらに疑問が生じた時、戻ることができないところまで来てしまったことを思い知らされるような気がして、それも怖いんです」
 美咲の思いは久志には通じるものがあった。
 落合もある程度までは理解できたが、どこか納得のいかないものを感じていた。理屈では理解できても、自分の中にある何かが受け付けないような気がしているからだ。
 まず、久志が口を開いた。
「その気持ちは分かる気がしますね。確かに僕もデジャブのように、以前にもどこかで見たことがあるような景色だと思うこともありますが、過去の記憶、しかも欠落している部分の記憶だと思えば最初は納得できるんですが、すぐに行き詰ってしまう気がしてくるんです。そんな時、前世の因縁を考えてしまうこともあった。でも、それは『禁じ手』ではないかと思って、そこで思いとどまることが多かったですね」
 すると、今度は落合が口を挟んだ。
「久志は、『禁じ手』だと思って思いとどまるんだ」
 その言葉が少し高圧的なところがあるのにすぐに気づいた久志は、
――まずいことを言ってしまったのか?
 と思ったが、下手な言い訳は却って相手を刺激するような気がしたので、口を開くことができなかった。
 ただそれが認めたことにならないということを分かってくれる数少ない相手が落合であるということも分かっているので、このまま気まずい雰囲気になることはないと確信していた。
 すると、落合もそれ以上は久志に何も言わず、美咲の方へ向き直って、
「デジャブというのは、自分の意識の中の何かの辻褄を合わせるためだって俺も久志も思っているんだけど、美咲さんはどうですか?」
「私が前世を感じようとするのは、ひょっとするとその辻褄合わせの感覚ではないかって今のお話を伺って感じました。記憶というのは薄れていって当然のものなので、過去になればなるほど、記憶の中の時系列が曖昧になってくるのは当然のことですよね。私はそれも辻褄を合わせるためだって感じました」
 今、美咲が言った言葉、まさしく落合と久志が共有している意識と同じであった。
――これで、美咲とも意識を共有することができるんじゃないかな?
 二人は共通の思いを抱きながら、うんうんと頷いていた。
 美咲は続ける。
「今まで、前世で出会ったことのある人に、そのうちに出会えるんじゃないかって思っていたんですが、それって半分間違いなんじゃないかって思ったんです」
「というのは?」
「私は、きっと自分の方が前世で出会った人を見つけるものだって思っていたんですが、今は急に、相手が私を見つけてくれるものではないかって思うようになったんです。つまり前世を意識している人間には、前世で知っている人を、最初に自分から見つけることができるわけではなく、前世への意識がない人が、『この人と以前出会ったことがある』というようなデジャブを感じた時、その人が私に話しかけてくれて、初めて私はその人を前世で出会った人だって気づくような気がしているんです」
「つまりは、前世で知っている人と出会うには、段階が必要だと?」
「そういうことですね。どうしてこんな思いになったのかというと、お二人の話を聞いていて思ったんです。私は記憶の欠落を、自分だけのものだと思って、人に話しても信じてもらえないという意識から、誰にも言わなかったんですが、お二人の話を聞いていて、記憶の欠落は一人だけの問題ではないと言われて、目からウロコが落ちたような気がしたんです。そこから急に前世の発想から段階が必要だと思ったわけではないと思うんですよ。不思議ですよね」
「それはきっと、美咲さんが自分では意識していないけど、前世で知っている人と出会うには段階が必要だって思っていたからではないかな? もちろんここまで気持ちが固定していたとは思えないけど、そんな気がします」
 と落合がいうと、
「美咲さんは自分の口から出てくることや、自分の意見として意識した時には、すべての理屈をある程度まで確定させていないとできない人に思えてきました」
 と、今度は久志が言った。
「あっ、それはあるかも知れません。確かに無意識にですが、中途半端な気持ちを抱いたまま、そのまま放っておくことはしたくないし、表に出すこともできないと思っていましたからね」
 美咲も、二人の話に自分の意識を重ねるかのように、一つ一つ噛みしめながら話を聞いていた。
「俺は前世を信じていると思う。でも、前世が今の俺に影響を与えているという意識はないかな?」
 と、久志が言った。
「俺は、前世の因縁を感じることもあるよ。それがどんな影響を与えるかというところまではハッキリとはしないけどね」
 と落合は言った。
「私は、意識はしているけど、信じているというところまではどうしてもいけない気がするの。そこには大きな壁のようなものがあるんだけど、半透明な壁なので、半分は見えるような気がするんだけど、却って中途半端で信じられないって思いが強いのかも知れないわ」
 美咲はそう言って、俯いてしまった。
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次