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鏡の中に見えるもの

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「そうじゃないんだ。俺の場合は、気になれば気になるほど、同じ夢を見ることはできなくなると思っているんだ。それだけ、夢というものが、現実世界での意識が通用しない世界だと思っているし、夢の世界には、『都合のいい』という言葉は通じないと思うんだよ」
 その思いは久志にもあった。
 久志の場合は、その感覚を自分の中で抑えようとしている意識が働いていることを、いまさらながらに思い知った気がした。夢の世界が自分の都合でどうにもならないのは分かっているが、夢として見るのは、気になっていることばかりだった。そういう意味では、夢の世界というのは、現実世界での本音を忠実に表現してくれているものだと感じているのだった。
 二人がそんな話をしているのを知ってか知らずか、目の前に現れた女性、美咲が言うには、
「私は、自分の欠落している部分の記憶に、他の人の記憶が入り込んでいるような気がして仕方がないんです。それは映し出しているだけで、リンクしていると言える発想ですね」
 ということである。
 忘れていたわけではなかったはずなのに、落合も久志もその話を聞いて、ほぼ同じ瞬間に、同じことを感じたはずだ。
――この思い、ごく最近、感じた気がする――
 二人とも会話の内容を記憶の奥から引っ張り出した。そんな昔のことでもないのに、二人とも、なぜか記憶の奥に封印していたのだ。
 美咲は二人に訊ねた。
「お二人は前世というのを信じますか?」
 二人は顔を見合わせ、再度美咲を見ると、落合が代表して聞いた。
「どういう意味ですか?」
 美咲が言いたいことは二人とも分かっているつもりだったが、念のために聞いてみた。こういう場合のように、二人の意見が暗黙の了解で一致している時は、代表して落合が口を開くことになっていた。それが二人の間の以前からのルールである。
「私は信じているんですよ。子供の頃から思いは変わらないつもりだったんですが、特に最近はその思いが強くなったんじゃないかって思うんです」
「それは何かの前兆のようなものがあってのことですか?」
 今度は久志が口を開いた。
 前世という発想に関しては、落合も久志も同じように思っているが、比較したことがないだけど、どちらかというと、久志の方が意識としては強かった。
「前兆というか、これは子供の頃から感じていたことでもあるんすが、大人になったある時から、前世という発想が、自分の中でリアルに感じられる時が来るのではないかと思っていたんです」
「それがどういうシチュエーションなのかというのは、子供の頃は分かっていなかった?」
「ええ、もちろん。子供の頃には分かっていませんでした」
「今は分かっているんですか?」
「分かりかけてきたんだと思います。気が付けば前世を感じていたということもありますし、今自分の中で理解できないようなことでも、前世の因縁という意識を持つことで、理解が繋がることもあるんですよ」
 それを聞いて、今度は落合が口を開いた。
「確かに、よく分からないことであっても、何か超常的な発想をすることで、理解できてしまうこともありますね。でも、そればかりを意識してしまうと、すべて前世の因縁で解決してしまおうとしてしまって、少し危ない気もするんですが」
「私は、あまり社交的ではなく、人と話をすることもないので、いつも一人でいるタイプなんですよ。そういう意味でも今おっしゃったような危惧は抱いているつもりなんです。一応、意識はしていますよ」
「たぶん、意識さえできていれば大丈夫なんだと思いますけど、でも今日俺たちにこの話をしたというのは、何か気になることがあったからなんですよね?」
「ええ、普段は人と話もしないので、こんなお話はおろか、普通のお話もしません。私の中では、こういうお話ができる人を待っていたのかも知れないと思うんですよ」
「じゃあ、俺たちがそういう相手だと思われたわけですね? 確かにそういうお話をするにはバーカウンターというのは、シチュエーションとしては整っているのかも知れませんね」
「私がこのお店に来るようになったのも、前世への意識が強まってからだったんですよ。普段から一人でいることに慣れていたはずなのに、前世への意識が強まってくると、急に寂しくなったり人恋しくなったりしたんです。相手が女性に限らず男性であっても、自分の話を聞いてくれるような人がいればいいなって思いながらこのお店に入ったんですが、実際には、やっぱり一人でいて、でも同じ一人でいるのでも、他の場所にいるほど寂しさや人恋しさを感じなくなったんです。ここには私の居場所があって、そう感じるだけで、暖かな気分になれたんです」
「それはいいことだと思いますよ。俺たちも最初からこんな話ばかりしていたわけではなく、集団での行動が多かったんだけど、お互いにこういう話が好きだと知ってからは、皆といるよりも、二人でこうやって話をする時間の方が増えてきたんです。今では集団でいるよりも、二人でいるか一人の時の方がいいくらいですよ」
 と落合がいうと、
「そうですね、彼のいう通りです。俺もこいつと一緒にいるようになってから、普段一人になってからも寂しさや人恋しさはなくなりました。元々、あまり寂しさを感じる方ではなかったので、本当の寂しさというのはよく分からないんです」
 と久志がいうと、美咲は少し不思議そうな表情になった。
「そうなんですか? 私には寂しさというものを知っている人だって思えるんですけども」
 と言われ、さらに落合からも、
「俺もそう思う。久志を見ていると、時々急に寂しそうな表情になるのを感じていたんだけど、そんな表情を見ると、俺は却って安心することがあったんだ。寂しさを見せる人間ではないと、なかなか腹を割って話ができる相手ではないと俺は思っていたからね」
「それは俺も落合に感じていたことだよ。今までこんな話をしなかったなんていまさらながらに不思議な感じだ」
 美咲の出現は、落合と久志の関係にも少し影響を及ぼしてくるのではないかと久志は思った。腹を割って話をしていたつもりだったが、話の内容は理屈っぽいことばかりでお互いに話題を出しても、根本的な解決にはなっていなかったように思う。
 根本的な解決になっていないということは、少なからずお互いに、相手の出した話題から逃げているのではないかと思えた。話を持ち出した方としても、本当に回答を求めていたのかどうかも不思議だった。
――相手から、自分に都合のいい解釈を言ってほしい――
 という思いがある。
 都合のいい解釈というのは、かくいう自分が最初から持っていたものだ。
 つまりは、
――俺と同じ意見を信頼している相手から言われることでホッとした気分になれる――
 ということであり、
――安心したい――
 という「逃げ」に走っているだけのことだったのかも知れない。
 それを感じた時、急に寂しくなったりする。落合が言っていた、
「急に寂しそうな表情をすることがある」
 というのは、そんな心境に陥った時のことを言っているのだろう。
――それにしても相変わらず鋭いやつだ。俺の細かいところまでしっかりとチェックしていやがる――
 と久志は感じ、思わず苦笑いをした。
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次