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鏡の中に見えるもの

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――もう一人の自分の存在ほど怖いものはない――
 という意識があるからだ。
 自分なので、何でもお見通しという意識と、
――まるで鏡を見ているようだ――
 という思いがあるからで、鏡というものの恐怖を、久志は感じていたからだった。
 鏡というものは、目の前のものをすべて映し出す。そこには死角もあるが、それ以外はすべてを映し出す。しかし、まったく同じというわけではない。左右対称という意味で、すでに同じではない。左右対称というだけでまったく同じだという意識を誰もが疑うこともなく信じているが、果たしてそうなのだろうか?
 久志は鏡の中にも世界があり、その世界の中にいる自分こそ、本当のもう一人の自分であり、鏡という媒体があることで、いかにも同じだと思わせる世界を作り出していると思っている。
 つまりは逆も真なりで、鏡の中の自分も、同じことを考えていて、こちらの世界の自分の存在を信じていないのかも知れない。鏡という媒体は、そういう意味では表と裏の世界に、それぞれまったく同じ左右対称だという虚偽の思いを抱かせて、錯覚を当たり前のことだと思い込ませる魔力を持ったものだと言えないだろうか。その魔力のせいで、もう一人の自分の存在を信じられないものだと感じさせてしまう。それが故意なのか、故意ではないのか、鏡にしか分からないことだった。
 鏡の話について、この間、同僚の落合と話をしたことがあった。会社に入ってから二十歳代までの第一線で仕事をしている頃は、よく同僚数人と呑みに行くこともあったが、移動などでなかなか仲間で揃うことがなくなり、団体で呑みに行くということはなくなった。そのせいか、それまでグループ行動をしていたことで特にその中で仲が良いという相手をそれぞれに持つことはなかった。しかし、足並みが揃わなくなると、必然的にスケジュールが比較的合う相手と仲良くなるというもので、久志はその中で落合という同僚と仲良くなっていった。
 皆で呑みに行く時は居酒屋が多かったのだが、落合と二人で行くようになると、バーがほとんどになった。元々馴染みのバーがあるという話は、皆と呑んでいる時に聞いていた。落合はいつも一人で行っていたということだが久志と仲良くなると、その店に久志を招いてくれるようになった。
「ここは今まで自分の隠れ家のようなイメージでいたんだけど、皆と呑むことがなくなるとやっぱり一人は寂しいものだよ」
 と言って、落合は快く誘ってくれたのだ。
 久志も、
「そういうことなら」
 と、遠慮することもなく、招きに笑顔で応じた。
 グループでずっと行動していたので、一人に思い入れることもなかったが、一人だけのことを友達だと思うようになると、今までグループとして友達だった相手とは、少し違っているように思えてきた。
――まったくの別人のように感じることもあるし、「やっぱりグループで一緒だった相手だ」と感じさせる時もある――
 この思いは学生時代までにはなかった感覚だった。そして久志は、三十五歳になる今から会社に入った時の頃を思い出すと、あっという間だったような気がして仕方がない。
 落合という男は、グループの中でも異質なタイプの人だった。
 こちらから話しかけないと、相手から会話を仕掛けてくることはないタイプだった。久志もどちらかというと人から話しかけられて話題を振られる方が多かったので、落合のようなタイプは実は苦手だったのだ。
 しかし、二人の都合が一番合うことが分かり、お互いに会うことを約束するようになってから、誘いをかけてくれるのは落合からで、話題の提供は久志の方からという、ある意味都合のいい付き合いだった。馴染みのバーに連れて行ってくれた時も久志は嬉々としていて、今までに見たこともないような楽しそうな表情をしていた。やはり二人きりで会うようになると、相手のことを集中しようとして見るからなのか、それまでに知らなかった新しい発見ができたようで、嬉しかった。
 最初の頃は久志の方からの話題ばかりだったのだが、次第に落合の方からも話題を提供してくれるようになり、会話の幅が広がってきた。特に最近は、超常現象の話で盛り上がることが多くなり、鏡の話もその時に出たのだった。
 久志は、その頃から落合という男が、自分の考えていることを一番分かってくれる人であり、話をすることで自分で理解できなかったことを理解できるようになるかも知れないと思うようになった。
 鏡の話は久志の中で、目からウロコが落ちたような気分にさせられた。
 自分の中で、
「鏡の中の世界は、左右対称という以外は、まったく同じなんだ」
 ということに神秘性を感じていたが、その神秘性から一歩進んだ発想を生むことはできなかったが、落合と話すことで、
「鏡という媒体を通じて、もう一つの世界に、もう一人の自分がいて、それが夢の世界に感じるもう一人の自分と関連が」
 という発想に行き着くことができた。
 夢の世界で、もう一人の自分を感じることは何度もあった。怖い夢ばかり覚えているのが夢の中に出てくるもう一人の自分の存在が大きく影響してくるということも感じていた。
 しかし、もう一人の自分の存在が、どうしても夢の世界から一歩進んだ世界を想像することができなかった。落合と話すことで、鏡の中の世界と一つに結びつくことができたのは、本当に、
「目からウロコが落ちた」
 と言っていいだろう。
 鏡の話をしたその日、久志は夢を見たはずだった。
 その日に見た夢を、結局は覚えていないのだが、意識としては、
「怖い夢を見た」
 と感じていた。
 つまりは、その夢の中に「もう一人の自分」が出てきたということに他ならないはずである。それなのに、夢の内容を覚えていないというのは、今までの夢を見るパターンとしては稀なことであった。
 ただ、夢を見たはずなのに、その内容を覚えていないことは今までにもあった。その時に、見た夢が怖い夢なのか、怖いと感じない夢なのか分からなかった。
――分からないから、考えようとしない――
 この思いが久志の中の思いだった。
 目が覚めてから、頭痛がするのを感じた。
 それは目が覚める時、眠りが浅い時に感じる頭痛ではなく、頭の奥からつーんとくるような痛いであり、
「昨日、呑んだんだ」
 と、昨日のことを少しずつ思い出されてきた。
 そのせいで、夢の内容を思い出そうという意識はなくなり、昨日のバーでの会話を思い出そうとしていた。今までであれば、夢のことが気になっていれば、昨日呑んだという意識があっても、そのことを思い出すよりも、夢を思い出すことが最優先になっていたはずだった。
 鏡の話をしたことはすぐに思い出した。
「鏡の話をし始めたのは、どっちからだっけ?」
 この辺りから、記憶は曖昧だった。
 どちらから話題を出したかなどということを、昨日の今日なのに、すぐに思い出せないというのは、思っているよりも、昨夜の記憶が、かなり奥深いところにある記憶を引っ張り出さなければいけないのではないかと感じるのだった。
「そうだ。話題を出したのは、落合の方だった」
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次