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鏡の中に見えるもの

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 それはまるで鏡に写った自分を見ているようではないか。動きはまったく正反対なのだが、同じ動きをしている。鏡の中の世界がまったくの別世界だという意識を持つことで、あいまみえることはないが、まったく別物だと言えなくないように思える。
 鏡の中の自分、長所と短所、同じように、思い込みと思い付きも、
「切っても切り離せない関係」
 と言えるのではないだろうか。
 同じような関係は、今までにも久志は他の人であったことがあるような気がした。その時、自分以外の人が表に出ていて、自分は陰に隠れている。これは、同じ身体の中で繰り広げられていることではなく、れっきとした二人の人間でのことである。そのことで、影に隠れてしまっている時の自分の存在を意識させないようにしている何かが存在しているのだとすれば、その時に記憶が欠落していると考えると、辻褄も合っているのではないかと久志は考えるのだった。
 突飛な考えだというのは分かっている。
 しかし、発想が弾ける時というのは、突飛な発想だとして蓋をしてしまうと、二度と同じ発想を抱くことができなくなる。それは無意識に自分で自分を封印してしまうことになるからだ。
 記憶が欠落しているという意味で、美咲が面白い話をしたではないか。
「私は、自分の欠落している部分の記憶に、他の人の記憶が入り込んでいるような気がして仕方がないんです。それは映し出しているだけで、リンクしていると言える発想ですね」
 こんな発想は、久志の中にはなかったことだ。落合には似たような発想はあったが、そこまではしたことがなかった。結構近いところまで発想が行っていたのだが、ここからが遠い。
「近くて遠い」
 それは、実際の距離だけではない。発想というのも、
「あと一歩発想できていれば」
 ということが往々にしてあるもので、その一歩がどれほど遠いかを分かっている人も稀にいるかも知れないが、ほとんどの人は、その距離さえ考えることをしようとしないだろう。
 久志にはなかったが、落合の中で、
――自分の記憶の中に、どうしても他人事としてしか感じることのできない部分がある――
 と思っていた。
 この発想は、言葉の使い方一つで、いろいろな解釈を相手に与えることになるだろう。
「俺は、時々、自分の中で何を考えていたのか分からなくなることがあるんだ」
 という言葉を使って、久志に話をしたことがあった。
 久志はそれを聞くと、
「それは、意識が朦朧としているから、分からなかったということなのかい?」
「そういうことではないんだが、どちらかというと、意識が飛んでいたというべきだろうか」
「俺には、その感覚が分からないんだ。俺もたまに、気が付けば全然知らないところにいたような気がすることがあるんだけど、そんな時は意識が朦朧としていて、夢を見ていたような感覚になるんだ。普通の夢ではなく、深いところで見ている夢なんだって思っているんだけどね」
 久志の話を聞いて、落合は少し怖くなった。
――気を付けないと、夢の世界に入り込んで抜けられなくなるのでは?
 と感じたが、そのことを久志に言おうかどうしようか迷っていた。
 下手に話して、怖がらせるだけでは、却って久志を追い込むことになるのではないかと思ったからだ。
「医者に診てもらったこともあったんだけど、その時は、あまり深く考えないようにした方がいいって言われて、精神安定剤のようなものをもらって飲んでいると、それからは、意識が朦朧とすることも、深い夢に入り込んでしまったという感覚もなくなったんだ」
 久志は、落合の危惧を察知していたようだ。
 落合は、安堵で胸を撫で下ろしたが、久志が再度口を開いた。
「意識が朦朧としているわけではなければ、何か余計なことを考えてしまって、自分の頭の中で整理することができなくなったからなのかな?」
 久志は、落合という男が、見た目よりも、一つのことに集中すると、まわりのことが見えなくなるほどの性格であることを知っていた。一途な性格とも言えるのだが、融通の利かない性格だとも言える。久志には落合の性格が難しいものであることを感じていた。
 久志は、そんな一途な落合の性格が好きだった。
 外面は品行方正で、まわりに気も遣う融通の利く男に見えるのだが、実際には一人でいることが好きで、一つのことに集中したり、コツコツ一人で仕事をこなすタイプだった。
 最初は彼の品行方正さから、会社では営業部へ彼を配属させたが、なかなか成績が伸びず、せっかくの品行方正さが損なわれたのを見て、上層部は当てが外れたとガッカリしていたようだが、営業部内での資料作成に関しては、結構長けたところがあった。
 それを見た上司が、
「落合君は、営業部というよりも、企画部か宣伝部の方がいいかも知れませんね」
 と人事に推挙したことから、研修期間が終わってからの再配属で、今の企画部への転属になった。
 最初から企画部にいた久志としては、後から来た落合を、最初は疎ましく思っていたのも事実だった。
 見た目が品行方正なので、どうしても内に籠る久志は、一線を画して見てしまう。しかし、実際に付き合ってみると、
――なるほど、彼が営業部からこちらに転属になった理由も分かる気がするな――
 久志は、人と接しながら相手を見ることはあまり得意ではなかったが、遠くから人を観察し、その人の性格を思い図ることには長けていた。冷静な目で見ることができるからだろう。
 落合の性格を見抜いた久志は、だからといって、上から目線になることは決してなかった。どちらかというと落合の方が話も上手だし、話題性もあった。落合と付き合っていくことに久志は何ら抵抗を感じることはなかった。
 品行方正に見える落合のまわりには、人が集まってきていたが、実際に気持ちを通じ合わせる相手というのは、一人もいなかった。
 しいて言えば、久志だけであろう。久志は落合と話をするのが好きだった。話題も学生時代からしてみたかった話題が多く、時間を感じずに話すことができる数少ない人だろうと思った。
 久志も落合も、自分の中の記憶が欠落していることを自覚していた。少なくとも久志は、そんなおかしな意識を持っているのは自分だけだろうと思っていたが、落合も同じことを感じているということが分かると、少し気が楽になった。
 記憶が欠落していることを最初に指摘したのは落合の方からだった。そして、それを踏まえて、
「君もなんだろう?」
 と、分かっていたかのようにしたり顔を見せながら、久志に問いかけた。
 久志は、その表情に唖然としながら、
「ああ、そうなんだが、よく分かったね」
「俺も同じ気持ちでいるからね。君を見ていると、同じように記憶の欠落を感じているように見えたんだ」
 というと、会話が少し続いた後、今度は久志が考えを話す番だった。
「さっき、落合君からその話を聞いて、俺はハッとしたんだ。俺だけではなかったんだってね。そこで今度はさらに考えたんだけど、ひょっとすると、俺たちのように、記憶の欠落している人って、結構いるんじゃないかな?」
 それを聞いた落合は、目からウロコが落ちたかのように一瞬唖然としたが、次の瞬間、嬉しそうになると、堰を切ったかのように話し始めた。
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次