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鏡の中に見えるもの

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 モテキというのは、知らずに通り過ぎてしまう人がほとんどだろう。今でこそ、モテキという言葉が一般的に言われるようになったが、昔のようにそんな言葉があることを誰も知らなかった時期は、もし急にモテ始めたとしても、それを気のせいだと思ってみたり、やっと自分の魅力に他の人が気が付いたというおめでたい考えに行き着く人もいることだろう。そう思うと、なまじモテキなどという言葉を知っていると、それをチャンスだと思い、自分にもその時期がやってくることを、ずっと待ちわびている人もいる。
 久志は、モテキという言葉は知っていたが、半信半疑だった。むしろ、信じていなかったといった方がより近いかも知れない。しかし、好奇の目で自分を見つめている人が現れて、それから気が付けばまわりの人も自分に好奇の目を向けている。そんな状況に、それまで信じていなかった気持ちが揺らぐことになる。そしていったん揺らいだ気持ちは崩れるのも早いものだ。より取り見取りの状況に、
――誰を好きになればいいんだ?
 とその状況に酔ってしまっていた。
 本当は、最初に興味を持ってくれた女性だけを見ていればいいものを、まわりが気になって仕方がない。それまで女性と付き合ったことのなかった久志には、その状況を自分で整理することができなかったのだ。
  自分を見失ってしまうと怖いもので、自分に自信を持つようになると、それまでうまく行かなかったこともうまく行くようになる。それこそ、自分の実力なのに、その実力が信じられないのだろう。まるで負け癖がついてしまったアスリートのように、どうしても、最初から負の状態からスタートしてしまうのだ。
 実力を無意識にでも発揮できることは、自分の実力に伴う結果なのだから、うまく行って当然である。しかし、実力でもないことを実力のように思い込んでしまっているものは、すぐにメッキが剥げてしまって、
――なぜなんだ?
 という疑問しか湧いてこない。
 一時期に、有頂天になっても仕方のない状況と、自惚れからの薄っぺらい実力に裏付けられた状況が襲ってくると、普通ならパニックになってしまうだろう。
 久志はそんなパニックな状況から、考えに考え抜いて、結果、内に籠る性格になってしまった。自分では考えて考え抜いているつもりなのだが、実際には同じところをグルグルと堂々巡りを繰り返しているだけの状況に錯乱させられているのだ。
 しかし、久志は自分でそんな状況を分かっていたような気がする。分かってはいるが、どうしていいのか分からない。そんな生殺しのような状況は、まるで底なし沼に足を取られ、後はズルズルと引きこまれるのを待っているのを想像させる。
――底なし沼の中には何があるのだろう?
 引き込まれることを前提に考える。
 そこにはワニのような凶暴な動物がいて、食われてしまったり、河童のような妖怪がいて、足を引っ張っているかも知れない。河童は身体は人間に似ているので、余計に恐ろしい。相手は河童であっても、人間から沼に引き込まれている状況を想像するのは、これほど恐ろしいことはないような気がした。
 しかし、そんな状況を救ってくれたのは、最初に久志に対し、好奇の目を向けていた女の子だった。沼に引き込まれている久志は、どこにも?まるものもなく、
――もうダメだ――
 と思いながらも、抜けられなくなったその状況に諦めの心境でいながら、身体だけは抵抗を示していた。
――早く楽になりたい――
 という気持ちが頭にはあるのに、どうして身体は抵抗を続けているのか苛立ちを覚えるくらいだった。
――どうせダメなら、あがいたって一緒なんだ。さっさと抵抗をやめて、楽になればいいのに――
 と、頭の中では楽になることばかり考えている。
――そうか、このまま死んでしまうんだ――
 という思いが久志の頭をよぎった。
 人は死ぬと、肉体から魂が離れ、自分は魂だけの存在になる。それまでは、頭の指令を忠実に実行してきた身体が、初めて抗った。無意識に、
――身体は頭の指令に絶対だ――
 と思ってきた法則が崩れたのだ。
 もちろん、そんなことは初めてだった。その時、久志は身体と精神の関係について冷静に考えた。そして思い至ったのが、
――人は死ぬ時、身体と魂が分離する――
 ということだった。
 これは死に対しての前兆だと思うと、辻褄が合った。そう思うと、死を意識したのは、今回が初めてではないように思えてきた。辻褄合わせのための、デジャブのようではないだろうか。
 最初はモテキがやってきたのだと、有頂天になった。しかし、それがあれよあれよという間に、何がどうなって、死を意識している自分がいるのだろう。負のオーラがたくさん掛け合わさって、大きな相乗効果と呼んだのか、一つの歯車がどこかで狂って、それまでいた自分の世界とは違う世界に入り込んでしまったのか、久志にはなかなか理解できなかった。
 彼女が手を差し伸べてくれて何とか助かったが、今度はすっかり怯えが先に来るようになった久志には、疑心暗鬼と自己嫌悪から、彼女も俄かには信じられなかった。
 そんな彼女は、変わり果ててしまった久志を見て、最初に見せたのと同じ表情をしていた。
――彼女は、今の俺を想像して、最初から見ていたんだろうか?
 という憶測も現れてくる。
 疑心暗鬼の自己嫌悪という最悪な状態なのに、彼女の視線を浴びている時は、安息の時間を感じることができた。
「久志さんは、今のままでいいんですよ」
 と、何度も言ってくれたが、
「今のままって、どういうことなんだ?」
 と、蚊の鳴くような声を出した。
 それでも必死に出している声であり、自分には耳鳴りが残るほど大きな声を出しているという感覚が残っている。しかし、実際には蚊の鳴くような声であることは明らかで、ここでも自分の耳が信じられないという思いに襲われるのだった。
 今のままでいいと言われると、本当に今のままでいようと思ってしまう。今の状態がいくら悪いことであるとしても、ここからどう変えればいいのか、変えてしまったことが今よりもさらに悪化した状態になれば、後悔するに決まっている。
――後悔?
 いまさら後悔というのも、どうだというのだ。後悔できるくらいの方がよほどまともかも知れない。
「まともって、この場合はどういうことなんだ?」
 と自分に問いただすが、返ってきた答えは、
「いかに人間らしいということだよ」
 というセリフだった。
 本当は、この質問を彼女にしたかたった。きっと彼女なら同じ答えを返してくれるに違いない。ただ、それも彼女が答えを返そうとする態度を取ればの話であり、その時の彼女からは、何か返事がもらえるような気がまったくしなかったのだ。
 自分から返ってきた答えであるにも関わらず、人間らしいという言葉の意味が分からない。
――相手が質問してきたから、それに対して思っていることを返しただけだ――
 という態度にしか思えない。
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次