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鏡の中に見えるもの

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 と聞かされたが、あまり意識していなかった。まったく関連性のない話だと思ったからである。
 今から思えばその話をスルーしてしまったが、ひょっとすると、落合も同じように夢に見た店だったのかも知れない。
 しかし、一度スルーしてしまうと、もう一度同じ話題を切り出す勇気が久志にはなかった。最初に聞いていれば別に何でもなかったような話題が、後になって聞くと、
――聞かなければよかった――
 と感じるような話題になってしまわないか不安だったからだ。
 この店を最初に見つけた時、久志は一人で入ってみた。バーというのは隠れ家的なところがあるので、一人で来るのが一番いいと思ったからだ。本当は、相手が落合であっても、他の誰にもこの店に連れてくるつもりはなかった。しかし、
「俺が行ってみたいバーがある」
 と落合から言われて行ってみると、そこが久志が最初に見つけて、
――自分だけの隠れ家にしよう――
 と思っていたところだったのだ。
 落合に誘われるまま店に入ると、最初マスターは口を開きかけたが、久志の目配せで、口を噤んだ。きっと、久志が他の人を連れてきたことに対して一言言いたかったのだろうが、久志の目配せで、
――止めてよかった――
 と思ったことだろう。
 落合は、店に入ってカウンターの奥に腰かけたが、そこは本来なら久志の「指定席」だったのだ。
 落合は久志に話しかける。
「実は俺、前からこの店のことが気になっていて、お前と一緒に来てみたかったんだ」
「何が気になったんだい?」
 ひょっとすると、久志が中にいる時、店の外から久志が興味を持ってこちらを見ていたのではないかということを想像すると、ゾクゾクしたものを感じた。
「この店の佇まいは、前から知っていたと思っていた店なんだ」
 それがまさか、以前にスルーしてしまった話に繋がってくるとは、久志はビックリだった。そう、
「そういえば、どこかで見たことがあると思っている店があるんだ」
 と言っていたあの時である。
 久志がこの店を、
――あの時、夢に見た店だと思ったことが、最初に入ってみようと感じた理由だったんだ――
 というのを、その時思い出したのだ。
 店を最初に見た時、夢に見た気になる店があったということは覚えていたが、まさかその店を目の前に見ることになるなど、思ってもいなかったからだ。当然、そんな店は存在するはずがないと思っていたからである。
 そういえば、マスタ―と最初に話をした時、
「僕は、この店を最初に見た時、どこかで見たことがあるって思ったんですよ」
 というと、マスターは
「夢で見たんでしょう?」
 という答えが返ってきた。
「どうして分かったんです?」
「私も最初はそんなことないと思っていたんですが、今までにご来店いただいたお客様から同じようなお話を聞かされたことがありましてね。そう言っていただいたお客様は、結構常連さんになってくれているんですよ。逆に何も言わないお客様は、私と話をすることもなく、ほとんどが一度だけで、二度と来てはくれなかったんですよ。私はそれこそ夢ではないかと思いましたが、今ではそれならそれでいいような気がしています。バーというのは元々、隠れ家というイメージで利用していただければありがたいと思っているので、夢に見てくれたということは、それだけ印象が深かったということだと思っています」
「でも、私も今でも夢に違いないと思ってはいるんですが、一度実際に見たことを、夢で見たとして片づけなければいけない理由があるのだとすれば、それも理屈に合っているような気がするんですよ」
「自分の中で辻褄を合わせようとする理屈ですね。お客さんは、デジャブという言葉を聞いたことがありますか?」
「ええ、あります」
「デジャブというのも、以前に見たことがあるような気がするという思いを抱くことですが、それは自分の中で何かの辻褄を合わせようとする力が働いているという考えもあるようです。この場合の夢も、デジャブのように、自分の中で何かの辻褄を合わせようとしていることに繋がるんじゃないでしょうか?」
「きっと、そんな人って身近に結構いるのかも知れませんね。誰もが黙っているだけで、でも辻褄を合わせようとする自分に気づいた時、過去に感じたことがあるような何かを感じるというのもありかも知れません。理屈を逆にたどるという考えですかね」
 この時は久志も饒舌だった。
 その時から、久志とマスターは昵懇の中になり、久志の態度で、マスターは久志が言いたいことが分かるようになっていた。久志が落合と入ってきた時も、きっと分かったのだろう。久志も、
――マスターならきっと分かってくれる――
 と思っていたに違いない。
 店の名前はバー「クイックル」という。どうしてその名前にしたのか自分から聞かなかったが、マスター曰く、
「ただの思いつきですよ」
 ということだった。
 その時の苦笑いを見た時、
――この言葉にウソはないだろうが、マスターの心の奥に残っている何かがあるんだろうな――
 と久志は感じた。
 人の心を読むことをしない久志なので、それ以上は想像しなかったが、やはりバーにつける名前としては、マスターのイメージから見ても、どこか不自然だ。
――思いつきの中には、何か思い込みのようなものが潜んでいるのかも知れない――
 これは久志の直感であり、すぐに抜けていった思いだった。そんな感覚は今までにも何度かあったが、それが自分の中でどういう意味を持つのか分からなかった。久志にとって思い付きは、
――思い込みを感じさせないようにするために、辻褄を合わせているようなものだ――
 という考えに落ち着いているようだ。
 もっとも、これもすぐに意識から外れ、記憶の奥に封印されているようだが、時々思い出すというのは忘れているわけではなく、記憶の奥の封印が解ける瞬間があるからだろう。その時に何を思い出すかは、その時でないと分からない。
 大学の頃に好きになった女の子がいたが、どうしてその女の子を好きになったのかというと、彼女の方からアプローチしてきたからだ。いかにも好奇心を持っているような視線が眩しく、久志でなくともドキドキしてしまい、自分を見失ってしまうこともあるだろう。
 実際に久志は自分を見失い、
――今の俺は、何をやっても成功するんだ――
 と思い込んでいた。
 彼女の好奇の視線を感じるようになってから、急に他の女の子から気にされるようになっていた。それまで、あまり存在感がなく、写真で中央近くにいても、誰からも気にされないような存在だったのは、自分が負のオーラをまき散らす存在だからだと思っていた。
――これって、モテキなのか?
 人には思春期から少しの間、それまでまったくモテなかった人が、急にモテ始める時期があるというが、もし、それが本当のことだとすると、絶好の機会が訪れたと思えるだろう。
――このチャンスを逃してなるものか――
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次