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鏡の中に見えるもの

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 と思っていたが、記憶の欠落も死の世界も、この世の世界の発想とは違う世界のものであり、本当は発想してはいけないものではないかと思っていた。
 下手に触れようとしてしまうと、そのまま迷走を繰り返し、二度と迷走を繰り返した考えに戻ることはできない。つまり、迷走を始めた時に感じたことや、迷走を始めたということすれ意識から消えてしまうのではないかと思うのだった。
「私は、自分の欠落している部分の記憶に、他の人の記憶が入り込んでいるような気がして仕方がないんです。それは映し出しているだけで、リンクしていると言える発想ですね」
 美咲はそう言って微笑んだが、美咲自身も話したはいいが、今の自分の心境をどう表現していいのか、考えているのだった。

                 第二章 思い込み

――人の心が読めればいいのに――
 と考える人も多いかも知れないが、少なくとも同じくらいの人数の人が、
――人の心なんか読みたくない――
 と思っているに違いない。
 それは、自分が読んでいるのと同じように相手からも読まれているのではないかという疑心暗鬼な思いと、一度でも人の心を読んだことのある人は、きっと味をしめる形で、それ以降の人の心を読もうとする。それが相手に悟られて嫌われてしまうパターンと、何度も重ねているうちに、見たくもないものを見てしまったパターン、あるいは、勝手な思い込みから、相手のみならず、自分までもが信じられなくなり自己嫌悪に陥ってしまうパターンとあるのではないだろうか。
「俺はどれなんだろう?」
 落合は、そんな思いを抱きながら最近は生活している。なるべく人の心を読まないように心がけているのに、気が付けば、相手の心を読もうとしている自分に気づく。人の心を読みたくない最大の理由は、
「後悔したくないから」
 と思っているが、何が後悔に繋がるのか、具体的には分かっていない。
 人の心を読み続けるということは、将来の自分の後悔に結びついてくるのだということを、落合は信じて疑わなかった。そのため、落合は人と話をしても、
「俺は人の心を読んでいるんじゃない」
 と言い聞かせている。
 あくまでも相手の言葉から、理論的に考えを推理しているだけだった。そのため、
「落合というやつは、どこか冷めたところがある」
 と思われている。
 久志も最初は同じことを感じたが、話をしてみると、そうでもなかった。久志も相手の気持ちを読もうとしているわけではないので、落合の気持ちが分かるのだろう。
「人の気持ちは読むものではなく、感じるものだ」
 というのが久志の考えである。
 落合のように推理するという考えとは掛け離れたところにあるように思えるが、考えようによっては同じである。人の心を読もうという気持ちは自分主導であり、人の気持ちを推理したり、感じたりしようとする人から見れば、
――相手の世界に入り込んでしまって、おこがましい考えだ――
 と言えるのではないだろうか。
 相手にだって、見られたくない部分もあるだろう。それがどういう部分なのかというのは、本人にしか分からない。その思いに近づけば近づくほど、相手は警戒する。
 気持ちを読もうとする方は、コミュニケーションのためだと思っているので、相手が警戒する気持ちが分からない。その時点で、まわりから見ると、おこがましく感じられるのではないだろうか。分からないということはストレスに繋がり、お互いにすれ違った思いを元に戻すのは容易なことではないだろう。
 そう思うと、相手の心を読むということは、すれ違いという危険が背中合わせであるということを分かっていなければならない。それでも、人の心を読もうとしている人はかなりの数いるだろう。本人にも無意識にである。人が相手の気持ちを読もうとするのは、ひょっとすると、本能からなのかも知れない。
 ただ、人の心を読もうとしている人がすべて悪いというわけではない。美咲のように、過去の記憶の一部が欠落しているということを悟ることができるのだ。今回美咲の記憶が欠落していることに気づいた落合は、自分にハッとした。
――また、相手の心を読もうとしてしまったんだ――
 と感じたからだ。
 だが、そこで気が付いてよかった。相手にも自分にも疑心暗鬼を与えたり、お互いに信じられないような状態に陥ることがなかったからである。しかし、落合には分かっていた気がする、
――美咲には、俺が自分の心を読もうとしていたことが分かっていたんだろうな――
 という思いだった。
 久志はというと、落合の気持ちを読もうとしないかわりに、感じようとしている。何を感じたのか、久志は気が付けば、落合といつも一緒にいる。それが自然なことであり、自分の生活の一部でもあった。
 久志は最初、落合が自分と同じ考えを持っていて、考えが噛み合っていることで、お互いに離れられないのだと思っていた。しかし、それは半分当たっていて、半分外れている。
 久志と落合は、決して同じ考えを持っているわけではない。むしろ、話をすればするほど、考え方が違っている。相槌を打つ時は賛成意見を述べることもあるが、ほとんどは、久志は久志で自分の意見も付け加える。
 ただ、人によっては、反対意見をいう人を受け付けない性格の人もいる。久志も落合もそんなことはない。まずは自分の意見を話して相手に分かってもらおうとする落合、そして、相手の気持ちを聞いて、自分の意見をあらためて言う久志と、お互いに噛み合っているというのはそういうところであった。
 久志と落合が離れられないというのは、間違いのないことであるが、それは噛み合っているからだというわけではない。しいて言えばお互いに、
「気が付けば、すぐ隣にいる」
 という関係からだろう。
 まるで道端に落ちている石のように、そこにあっても不自然ではないことで、その存在すらうっすらとしか感じられない時がある。自分の影のように静かで、動かない。動かないというのは、自分から見て動かないという意味で、当然のことだが、自分から影というのは派生しているからだ。その思いを誰にも話をしたことはなかった。落合にもである。しかし、落合には分かっているような気がしていた。決して落合が同じ考えを持っているというわけではない。逆に違う考えを持っているから見えてくる部分もあるのだろう。人の心を読みたくないという考えの落合ならではのことなのだろうが、さすがに久志も落合がそこまで考えているということには気づいていないようだ。
 久志は夢に見たことを、最近よく落合に話している。
「一緒に呑みに行こう」
 と誘うと、
「また、何か夢でも見たか?」
 と、いう返事が返ってくる。
 それに対して苦笑いを浮かべながら無言でいると、落合も理解したと一礼すると、そこで夜の予定は決定する。
 最初にいつも呑みにいくバーを見つけたのは久志だった。実はこの店を見るのは、久志にとって初めてではなかった。
 というのも、久志が夢に見た店と同じ佇まいだったからである。しかも、その時落合からも、
「そういえば、どこかで見たことがある店だと思っている店があるんだ」
作品名:鏡の中に見えるもの 作家名:森本晃次