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短編集18(過去作品)

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指月城慕情



               指月城慕情

 東萩駅に降り立った時、少しだが雪が舞っていた。
 この土地に来るのは二度目、最初に来たのは高校の修学旅行だった。あれからすでに十五年、しかし初めて降りた駅なのに、まるで昨日も来たような気になったのはなぜだろう?
 修学旅行はバス移動だった。したがって東萩駅は知らないはずだ。レンタサイクルを借りたのも宿でだったはずなので、間違いなく初めて降りた駅である。
 旅行先の候補はいくつかあった。最初から、
――一度は行ったことのある土地に行こう――
 と考えていたこともあって、候補地は西日本に絞っていた。大学時代旅行が好きで、よく出かけたのが西日本だったからだ。
 候補地としては、金沢、尾道、伊勢、高山とあったのだが、萩を選んだ理由は、修学旅行で行ったというのが最大の理由である。
 どうしても団体行動だったので、自分の興味のあるところにずっといるというわけにもいかない。確かに班を組んでの行動だったので自主性に任せた計画を立てられるが、当時の私は引っ込み思案な方で、意見を自分から出すなど考えられないタイプだった。
「谷上君、何か意見はないですか?」
 ホームルームなどで班長から言われても、いきなり名指しされたことで気が動転してしまって何も言えずに終わるくらいである。
「谷上君、上の空では困ります」
 まわりの嘲笑するような目、顔が真っ赤になってしまって、頭の中は真っ白だ。ホームルームの時など、話を聞いているつもりでも、いつの間にか上の空で、きっと何かを考えていたのだろうが、終わればすっかり忘れてしまっている。まるで夢から覚める時のようだ。
 修学旅行でゆっくり見ることのできなかった萩に行ってみたいと思ったのも無理のないことだろう。
 候補地としては、萩ともう一つ、尾道に絞った。その後、小倉に寄りたいと思ったからだ。小倉で森鴎外記念館を見たいという思いがあったからである。いや、ひょっとして小倉に寄ることはないかも知れない、とも感じたのだが……。
 尾道を除外した理由は他でもない。最初に尾道に行った時というのが、親と一緒だったのである。親と一緒に行ったことのある土地は避けたかった。
――一人になりたい――
 というのが、そもそもの旅行の目的。親と一緒に行ったところは避けたいと考えていたのに、尾道が頭に浮かんできたこと自体が、私には悔しかった。
 旅行の目的といえば、大学の頃は半分ナンパ目的だった気がする。確かに名所を見て歩くのは好きな私だったが、どうしても旅先で見かける女性は可愛らしく見えてしまう。ナンパというと聞こえは悪いが、同じ艶やかな服装であっても、都会で見るのと、観光地で見るのとでは違う女性を探したい。雑踏の中では見つけることのできない綺麗な花を見つけられそうで、旅行は私にとってのオアシスでもある。
 もちろん今回の目的がナンパなどであろうはずがない。だが、「一人になりたい」と思っているわりには、心の底で素敵な女性に会えそうな予感を密かに抱いていることを自覚していた。
 初めて降りた東萩駅、ここには萩駅というのもあるのだが、玄関口は東萩駅だ。
「雪か、そういえば東京も今日は雪が降るとか言ってたな」
 朝、出てきた時は降っていなかった。天気予報では、
「今日は気温がほとんど上がらず、昼前くらいから内陸部でも雪が舞うところもあるでしょう」
 と言っていたのを思い出した。東京でも降るのだから、日本海に面した萩で降って不思議はない。しかし、東京で感じる雪とどこか違うのを感じる。何となく雪の粒の大きさを感じるのだ。
 まったく風が吹いていない。萩というと荒々しい日本海のイメージをそのままに、雪が降ると吹雪が起こるような想像をしていたが、それは思い込みだったようだ。そういえば北国のかまくらのイメージも、牡丹雪が舞っていそうな雰囲気がある。
 時間的に、そろそろ午後三時になろうとしていた。ホテルのチェックインにもちょうどいい時間だ。夕食までに少し観光もできそうである。本来なら一番暖かい時間帯のはずなのに、落ちてくる雪を見上げると、厚い雲に覆われた空が恨めしく思える。
 まず、ホテルのバスが迎えに来ているので、それに乗り込むことにした。駅を降りてそれほど大きくないロータリーに止まっているマイクロバス、苦もなく見つけることができた。
 今回の旅について誰にも話していなかった。会社から何とか休暇をもらうことができ、会社の連中にも旅行に出たとなど話していない。元々、会社ではあまり目立つ存在でもなく、浮いた存在であることは自分でも分かっていた。当然仕事をしていて楽しいわけなどない。
 それでも入社から三年目くらいまでは楽しかった。私は専門学校を卒業し、物流会社のシステム部に入ったのだが、ちょうど新しい物流センターができるということで、そのための増員だった。
 会社は景気がよかった。需要が増え、それに堪えられる規模ではなくなったことからの設備投資、まわりの不景気をよそに開発計画を順調に進めていたのだ。私も入社早々プロジェクトに参加し、毎日を仕事に追われる生活をしていた。
――こんなに仕事って楽しいんだ――
 と思っていた時期があった。忙しさに追われてはいたが、余計なことを考えることもなく、残業すればしっかり手当ても付くし、上司の目も温かだった。「やりがい」と言う言葉を毎日かみ締めながらの仕事である。
 さすがに連日深夜まで及ぶ仕事は辛いこともあった。それでも半年ほどで一段落し、後は運用に任せればよかったので、いわゆる、
――システムの手を離れた状態――
 になっていた。
「やっと出来上がった仕事だ。打ち上げが済むと、あとはゆっくりできる」
 皆口々にそう呟いていた。私も同感である。
 しかし後がよくない。元々私の性格がおかしいのか、そこからは、少しずつ生活のリズムが崩れていった。精神的に不安定になってきたから、生活のリズムが崩れたのか、生活のリズムが崩れてきたから精神的に不安定になったのか分からない。巡り合わせなのかも知れないと感じた。
 仕事が一段落すると、疲れがドッと出て、まず体調を崩してしまった。胃の調子が悪くなり、病院で検査してもらうと、軽い胃潰瘍だと言われた。手術まではいかないが、毎日の点滴は日課となった。仕事が一段落してからなので、時間的な余裕はあったが、さすがに精神的には少し落ち込んでしまった。
 それまで仕事のことだけを考えていたため、見えなかったまわりが見えてくる。世の中不景気の真っ只中、違う部署ではリストラが行われていた。
「まさか、うちの部署はないよな?」
 同期入社の連中や、一つ上の先輩との話の中でも、避けて通れない話題となっていた。
「だけど、いざとなると会社って残酷だからな」
「あれだけ持ち上げといて?」
「ああ、そんなものさ」
 我々の中でも一番現実的な考え方を持ったやつがサラリという。しかもリストラ第一号となったのが、このセリフを言った人間だということが何とも皮肉で、私たちに少なからずのショックを与えた。
「次は俺じゃないのか?」
作品名:短編集18(過去作品) 作家名:森本晃次