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短編集18(過去作品)

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 普通の付き合いであればそれでいいかも知れない。しかし、中途半端な気持ちで付き合っていたわけではないので、中途半端な助言は、却って頭を混乱させるだけになってしまう。そんな回答を彩名が期待するはずもなく、誰にも話さないでいた。
 以前の彩名なら、どうだっただろう?
 きっとすぐにでも相談して、分からないまま何かの答えを見つけようとするかも知れない。しかし早急な結論など机上の空論にしか過ぎず、しかもいろいろな意見を求めようと焦るばかりに意見をまとめられずに、結局自分の中で結論を先送りにしてしまう結果になったことだろう。
 聡の方はどうだろう?
 聡の方は自分だけで解決しようとする方である。どちらかというと少し打算的なところがあり、ある意味クールで冷静な判断力が頼りがいを感じさせてくれていた。他人に依存症の強い彩名としては聡のような人が本人としても、他人から見ても理想だったのかも知れない。
――お似合いのカップル――
 皆から暖かい目で見られていると彩名が感じていたのは、まんざらではないのだろう。聡にしてもそうである。元々プレイボーイと言われていた聡だったが、彩名と付き合っている時だけは、それほどやっかみなどなかった気がする。それが却ってぎこちなかったのかも知れない。聡はそんな風にも思っていた。
 彩名は時々、
――本当に私たちって別れたのかしら――
 と思うこともある。別れ話があって別れるには別れたのだが、別にお互いが嫌いになったわけでも、憎んでいるわけでもない。ただ漠然と、そう、会話が少しぎこちなくなったりした程度で十分修復が可能なように思えるのだ。
 時間が経つにつれ、彩名は自分の立場が不思議で仕方なくなっていた。その証拠によく聡と一緒にいて楽しかった頃の夢を見る。当然見ている夢も違和感がなく、起きてからも見たことを後悔したりしない。普通であれば、見たことを後悔するか、夢をそのまま見続けていたいと思うか、どちらかであろう。彩名は性格的に後悔する方ではないだろうか。
その後悔がないということは、本当に別れたんだという自覚がないのかも知れない。
 夢の中での聡はいつも笑っている。彩名もその笑顔に答えるがごとく、自分にできる最高の笑顔を返しているつもりだ。しかしそこにわざとらしさのようなものはなく、実に自然な笑顔に思えるのだ。
――こんな笑顔ができる二人なのに、別れたなんて信じられない――
 楽しい思い出の夢を見ているにもかかわらず、気持ちの中では別れたということを自覚しているのだ。夢とは実に不思議なものである。
 聡も同じ気持ちではないかと感じるのは、彩名にとって自分に都合のよい考え方だろうか?
 彩名は聡の気持ちが手に取るように分かっているつもりだった。聡も彩名のことを分かっているようである。元々は、彩名の方が聡のことを理解するのが早かった。それだけ聡は性格的に一直線で、実に分かりやすいタイプの男だったのである。
 しかし聡にしても彩名を見る目は同じだった。お互いに純なところがあり、気持ちに一直線なのだが、それだけに思い入れも激しく、時として相手を息苦しくしているのかも知れない。普段であればそれでもいいのかも知れないが、精神的に少しブルーに入っている時は煩わしくなってしまうものである。
 最初にそのことに気付いたのは聡の方だった。ぎこちなくなってくると相手にそのことも分かるようで、
「どうしたの? 最近のあなたヘンよ」
 優しく訊ねたつもりの彩名だったが、その口調はまるで相手を追い詰めているようだった。もちろん最初は話している彩名には分からなかったが、
「そんなことはないよ。何言ってんだよ」
 と売り言葉に買い言葉、聡も不快感を露にしたように答える。これではまるで火に油である。お互いに性格が分かってきているだけに、少し意固地になっていることは聡にも彩名にも分かっていることだろう。それだけに気を遣っているつもりでも、本音を隠そうとしているのが分かり、憤慨してしまう。そんなところからぎこちなさが生まれてくるのだろう。
 棘のある言葉はそのまま一直線に相手の心に突き刺さっていた。触るつもりなど毛頭ない棘であるが、触ってしまわないと先には進めないのだ。
 お互いにぎこちなさを感じてくる。それまでは無意識に出てきた言葉も次第に少なくなり、何を話していいか分からない。そんな時に初めて空気の重たさを感じた。
 今までに空気の重たさなど感じたことはなかった。聡と一緒にいない時でも同じことである。
「何か空気が重たいわね」
「そうだな、少し色も違って見えるからな」
「色が違って見える?」
「ああ、少し世界が黄色掛かって見えるんだ」
 聡が言っている意味が分からなかった。確かに空気が重たく感じた彩名であったが、黄色く染まった世界というのは想像もつかない。
「きっと鬱状態なんだろうな」
 聡がいう鬱状態というのが彩名には分からなかった。彩名自身が鬱状態に陥ったことはないし、少なくとも彩名と付き合っている時に、聡が鬱状態に陥ったという気配はなかった。初めて見る聡の表情に戸惑っている彩名だったのだ。
――知らぬが仏――
 という言葉があるが、果たしてそうなのだろうか? 何も気付かずにこのまま付き合っていけば、長く付き合えるかも知れない。しかし相手の心の変化に気付かないでいると、気がつけば、
――相手の心、ここにあらず――
 で、気持ちが他の女性に向いていたなどということを考えただけで、怖くなってくる。何も言わなくても通じ合える仲というのが理想であり、聡とはベストカップルだと彩名自身は思っている。
――お互いに恋人ができても、お友達なんだから平気よね――
 心の奥で彩名は自分に言い聞かせていた。きっと聡も私に恋人ができても同じだろう。希望的観測には違いないが、憎しみあって別れたカップルではない。ひょっとして、新しい恋人ができてからお互いのよさに気付くかも知れない。
 彩名の気持ちは結構暴走する方である。思い込みが激しいのも彩名の性格で、自分でそれがいいことなのか悪いことなのか分からないでいる。そんな時はいいことなのだと自分で勝手に判断していた。
 今まで思い込みが激しく痛い目にあったことのない彩名だった。だからこそ純情な性格のままここまで来れたのだろう。そのことを彩名は本当の意味で理解していない。本当に痛い目に遭うということがどういうことかというのを、ひょっとして近い将来体験するだろうという気持ちで緊張しながらドキドキしているのだが、実際に遭うことを望んでいるわけのない。
 性格のすれ違いで別れた二人だが、それから数度会っていた。内容はこれといってないのだが、会おうと言い出したのはいつも彩名の方だった。
 しかし会って話をしてみると、そこには付き合い始める前の雰囲気があった。何となくモジモジしたようなくすぐったさを感じ、そのくすぐったさを感じたくて、彩名は聡を呼び出すのだ。
 聡にしても同じかも知れない。見ている限り鬱状態から立ち直った聡は新鮮に見える。
「だいぶ落ち着いてきたようね」
「ああ、おかげさまでね。心配してくれていたんだね?」
「もちろんよ。あなたのことは心配しているわ」
作品名:短編集18(過去作品) 作家名:森本晃次