短編集18(過去作品)
とも感じたことがあったが、当たらずとも遠からじではないだろうか。男性というよりも、頼りがいのある人というイメージが強かったのもあってか、男性というのとは違う力強さを感じていた。いや、男性としても見ていたのだろうが、それ以上に頼りがいを求めていたのかも知れない。そのため後ろに見えているはずの男性としての聡を見逃していたと思うと、彩名は口惜しいのだ。
それはきっと来る者は拒まない聡の性格に起因しているような気がして仕方がない。どちらかというと、すぐに諦めてしまうことが多かった彩名である。どうしてもすぐに他の女性を見てしまう聡のそばにいると、独占欲とは別に、遠慮してしまう癖があった。それを自分で「逃げ」だと思っていないところが彩名の悪いところで、ついつい自分を悲劇のヒロインとして祀り上げてしまうのであった。
だが聡は本当に彩名のことをどう思っていたのだろう。彩名には分からなかったが、聡の性格から考えればおぼろげながら分かってくる。しかしそれはあまりにも自分に都合のよい考えではないかと思ってしまうことで、否定している自分を感じるのだった。
彩名の性格を分かっている聡は、彩名を思うあまり、重荷に感じていたことに気づかなかったのかも知れない。聡にとって彩名が、
――妹のようなものだ――
と考えていたとするならば、重荷であっても仕方がない。彩名の遠慮は元々独占欲の強い性格の裏に潜むものなので、独占欲ということをハッキリと認識できていないと、遠慮が知らず知らずのうちに重荷になっても無理のないことだ。
――聡は悪くないんだ――
と思えば思うほど、聡に寄ってくる女性に憎悪を抱いてしまっている自分がいる。
そんな自分が彩名は嫌いだった。お嬢様として育った彩名の中に嫉妬心という言葉は虚空のものだった。ピンと来ないというか、プライドを傷つけるようなものは、元々存在しないと思っていた。しかしそれを悟った時に感じたのが自分の中の独占欲、それが嫉妬に繋がるということを初めて知らされたのが、聡という男性によってだった。
聡のことを考えると、頬が熱くなる。背中に汗を感じるようになる。心臓の鼓動が早くなり、自分ではないような気がしてくる。これらはすべて聡と知り合ってからのことだった。
知り合ってすぐ、付き合い始める前から聡に対してそれを感じていた。それれが本当に聡に対してかどうかを気付いたのはかなり後になってからであったが、聡のことを考えている時の自分はいつもの彩名ではないことだけは自覚していた。
自覚が本物になった時、彩名と聡はすれ違い始めたのかも知れない。どこかに分水嶺があり、そこから二人は行き違った。お互いの意識は遠慮から始まり、それが自分を耐えられないものにしていったことで起こる摩擦、気付いた時には別れ際だったのだ。
――去る者は追わず――
まさしく聡はその言葉どおり、彩名を追いかけることはしなかった。あっさりしたもので、普段出会っても短い間だったが付き合っていた頃と変わりない挨拶を交わす。
「どうして、そんなにアッサリとしているの?」
喉まで出かかった言葉を必死で抑える彩名だったが、きっと目では訴えていたことだろう。それを聡が分からないはずもない。彩名の性格は顔を見ただけですぐに分かってくれていた聡である。
聡はそれからすぐにガールフレンドができたようだった。最初はさすがに辛くて相手の顔も見れなかった彩名だったが、やはり解決してくれるのは「時」だった。時間が経つにつれてそれほど耐えられないという気持ちではない。
「別れてから友達同士なんてできないよね」
女友達の会話で別れてから友達でいられるかどうかが話題になった時、彩名はハッキリとそう言ってのけた。断言したのである。別れて一旦気持ちが離れてしまうと、友達としても一緒にいれないというのが本心だった。
しかし、聡はそんな人ではなかった。憎しみあって別れたわけでもなく、嫌いになったという具体的な事実もない。それだけに友達に戻れるような気がするから不思議だった。
友達という定義がどこからどこまでで、恋人との違いはどこにあるのかなど、今までに考えたことがない。漠然と、
――友達と恋人とは違うものだ――
という感覚があり、まるで違う次元を見ているような気がするくらいである。友達の延長線上に恋人があるのだろうが、恋人でなくなってしまったら、友達でもいられない。帰り道がないのだ。
メビウスの輪を想像させる。例えばタイムマシンを考えてもそうかも知れない。何かが原因で未来が変わったとしても、変わった瞬間を見つけない限り元へは戻らない。では、いったいどれが本当の未来なのだろう? それが分からない限りどこで狂ってしまったか分かるはずもなく、結局流れていく時間には逆らえないのだ。恋人になってから友達の頃が懐かしく感じるのは、そんな本能が働いているからかも知れない。
聡との楽しかった頃のことを思い出す。それは友達だった頃のことから、恋人になってからのことまでが走馬灯のようによみがえるのだ。時系列に沿っているわけでもなく、頭に浮かんでくるものに順番などない。
夢のようなものだと考えればいいかも知れない。夢に時間を感じることなどないと思っている彩名は、目が覚めてくるにしたがって夢が短いものだったことに気付く。ハッキリしてくる意識の中で、夢という記憶が封印されているのだ。同じ世界を想像しても現実に見ているのとではどこかが違う。それはきっと夢と現実という間にある見えない壁が時間を超越しているからなのかも知れない。
しかし彩名は聡と友達ではある。
――聡を思い出すのはやめよう――
と感じたのは、付き合いはじめて、好きになってしまってからの聡を思い出したくないという思いからである。
夢というのが時系列に関係なく見てしまうので、実際に思い出さないようにしようと思えばできることだった。避けては通れない道ではないので、それが彩名にとっては「ありがたかった。
「友達でいよう」
「友達に戻れるかしら?」
「戻れるさ、もう一回やり直すと思えばいいのさ」
そう言って微笑む聡の顔には、余裕のようなものが感じられた。スッキリした表情は、それまで彩名のことを真剣に考えていた証拠でもあり、彩名にもそれが分かったのか、同じ気持ちであることを感じたのだ。
優しさに包まれていたかった。しかしそれは別れを前提にしたものであり、簡単に受け入れられるものではなく、何とも複雑な心境である。彩名にとって、それから先は辛いものだった。
今までであれば相談できる友達もいるので、いの一番に相談していたことだろう。しかし、こと聡のこととなれば別である。お互いにしか分からない気持ちのあうんやタイミング、それを説明するのは難しい。説明できたところで、それが相手の理解できるところかどうかというのも難しいものである。人それぞれ性格が違うように、付き合い方もさまざま、自分の尺度でしか分からないため、助言しかできないだろう。
作品名:短編集18(過去作品) 作家名:森本晃次