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短編集18(過去作品)

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 聡もそんな彩名の気持ちを分かっているのか、決して焦ったり無理なことをしようとはしない。彩名は聡に、聡は彩名にそれぞれの気持ちで従順だった。お互いの気持ちを思いやることが一番心地よく接することができるのだ。
 彩名にとって聡は、べったりしていなくても心地よい彼氏だった。どちらかというとべったりを嫌っていた学生時代、子供のじゃれ合いのように見えて仕方がない。
――大人の恋――
 そんな言葉が似合う聡との付き合い。そこにはいつもコーヒーの香りがあった。香ばしさが何とも言えず、鼻腔を刺激した香りはそのまま脳神経をくすぐる心地よさを感じていた。
――これが大人の恋なのか――
 大人の恋とはバーでウイスキーを飲んでいるようなそんな雰囲気しか思い浮かばなかった。そこにはジャズが流れていて、少し妖艶な雰囲気があり、彩名自身も妖艶になっていることだろう。妖艶さに麻痺した感覚は、そのままアルコールに酔いしれた身体が痺れているような……。身体の熱さがそのまま妖艶さを引き立てる。それが、彩名にとってイメージされた「大人の恋」であった。
 しかし聡との間には妖艶さはあまり感じなかった。そんな妖艶さがなくとも、彩名の感覚を麻痺させるだけの、雰囲気は十分醸し出していた。それがコーヒーの香りなのかも知れない。
 二人で行く喫茶店も決まっていた。
 最初は彩名が連れて行ったのだが、元々彩名も馴染みの店というほどではなかった。時々疲れた時に顔を出すと、暖かく迎えてくれる気がする。彩名にとってはそんな店だったのだ。
 地下に降りていく階段を見ると、ドキドキしてくる。少し暗めの照明が彩名には幻想的で、聡もそれが気に入ったようだ。昔のガス灯のような雰囲気は、まさに大正時代にタイムスリップしたようで、時間の流れがゆっくりに感じられる。バーではないが、妖艶さをかもし出しているのかも知れない。
 彩名に妖艶さがあるというのは、最初彩名自身には分からなかった。聡のような純情な青年を好きになる自分も、きっと純情で、お互いに相手に対して従順な性格だと思っていた。実際に、友達との間では清純なイメージが焼きついているらしく、学生時代は真面目でお堅いイメージがあったようだ。特に男性に関しては純で、奥手の部類に数えられていた。
「彩名はいいよ」
 男の品定めをするような少し低俗な話題に、彩名は入ることができなかった。
「どうして?」
「あなたのような人が聞く話じゃないの。私たちのような凡人が話す話題なの」
 そういって私を見つめる。その目は冷ややかだった。口では低俗な話題と言いながら、私に向ける視線はビロウなものを見るような何とも言えない視線、思わず言葉どおり自分が低俗なのではないかと疑いたくなるようである。
 楽しそうに話している顔はイキイキしている。しかし、それを妨げようものなら、容赦なく冷ややかな視線が飛び込んでくる。自分たちの世界を壊す人間は、諮らずともすべてが敵なのである。
――やはり私ってお嬢様なのよ――
 そんな視線を浴びるたびに、自分に言い聞かせる自分がいて、彩名はますます自分の世界に入っていく。
――彩名の世界――
 彩名は想像することが好きな女性だった。女の子であればいろいろ想像することはあるだろう。しかし、彩名の場合は妄想に近いかも知れない。自分の性格を冷静に分析した上で、想像するのだ。
――自分がお嬢様であるということを分かっているのは、本当は自分しかいない――
 そういう考えの元、想像することで、低俗という言葉が浮かんできては、皆が話している話題へと思いを馳せることがある。そんな時の皆の話題とは、奇しくも彩名本人の話題であった。
――低俗な人たちに自分が冒涜されている――
 恥ずかしくてたまらないはずであった。しかし、どんな話をしているのかとても興味があり、話に参加しようとするが加えさせてくれない。
「あなたのような人が聞く話じゃないの。私たちのような凡人が話す話題なの」
 という言葉が夢の中でも響く。
――自分の話をしているのに、なぜ聞けないの?
 そんな声にならない言葉を発したまま、ただ目の前で繰り広げられている会話をじっと見ているだけだった。
 そんな時、彩名は自分が妖艶な女性に変わっていくのを感じる。元々妖艶さは兼ね備えていたのだろうが、妖艶という言葉を目の当たりにして、受け入れられるだけの懐の深さはない。しかし、それが夢の中の妄想だと分かっているからなのか、自分に妖艶さが隠れていることに夢の中だけは気付くのか、普段の自分ではなくなっていくのを感じる。
 話をしていた人たちは自分たちの世界に入り込んで、ずっと話し込んでいるが、彩名が自分を妖艶な女性と感じた瞬間から、少し変わってきた。
 何か落ち着きがなくなっていき、彩名を振り返るように、頭を動かしている人たちに気付く。それも、それぞれがうまくタイミングを外し、お互いに気付かれないようにしているかのようである。
 彩名はそんな彼女たち一人一人に笑みを浮かべる。それがきっと自分でも知らなかった妖艶さを含んでいるのだろう。それを見た瞬間、目を合わせた人は、皆条件反射のように視線を一気に逸らすのだ。
 もう話はまともにできる状態ではないようだ。怖いもの見たさなのか、一旦視線を逸らした人もチラチラと見始める。それが次第に露骨になり、まわりの人に遣っていた気も遣わず、人目をはばかることをしなくなった。
 彼女たちの表情に一瞬親近感のような笑みが浮かんだかと思えば、あとは恐怖に歪んだ顔のごとく、まるでこの世のものとは思えない表情になる。きっと妄想だと彩名自身が認識しているから、そんな表情でも受け入れられるのかも知れない。
 夢なのか妄想なのか、時々彩名は分からなくなる。夢と妄想の違いはきっと潜在意識の違いなのかも知れない。
 夢というものは潜在意識が無意識に見せるものだという考えから、自分の想像以上のことはありえないのだ。いくら夢だとは言え、空を飛ぶ夢を見ようとしても不可能だったことを彩名は思い出している。しかし、妄想の場合は意識して見るものなので、自分の常識以外のことでも、少し歪んだ形ではあるが、実現できそうな気がするのだ。そういう意味で、妄想だから妖艶になれるのであって、夢だったら、彩名は自分を妖艶な女性として演出することができないと思っている。
 まわりの人は彩名と聡を見ていると、
――彩名が聡に引っかかった――
 と思うかも知れない。しかし、彩名の考え方は少し違って、
――本当の聡を知っているのは私だけだ――
 というつもりでいる。確かに聡はプレイボーイかも知れない。女性を惹きつけるフェロモンのようなものを感じるし、しかも寄ってくる女性を遠ざけられるほど強い意志を持っているわけでもない。
「来る者は拒まず、去る者は追わず、これが俺だよ」
 と彩名に笑いながら告げた聡の目は笑っていなかった。真剣とまではいかないが、これも聡の一面なのだと感じたのだ。
 男性に関してはウブな彩名だったが、好きになった人の気持ちはよく分かっていた。
――男性として思っていないのだろうか――
作品名:短編集18(過去作品) 作家名:森本晃次