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短編集18(過去作品)

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彩名と聡



               彩名と聡


 彩名はその日、紗枝と待ち合わせをしていた。場所は都内某所の繁華街に入りかけるところにある待ち合わせスポット、間違えるはずのないところである。
「どうしたんでしょう。来ませんね」
 時計を見るとすでに待ち合わせからすでに三十分が経過していた。いつも紗枝は遅れることをしない女性で、遅れるということを嫌うタイプだった、したがって待ち合わせといえばいつも人よりも早く来て、一番に待っている人なのだが、今日に限ってそれはない。思わず声に出して口にしてみた彩名の気持ちも分かるというものである。
 喉がカラカラに渇いてきた。時期としてはクリスマス・イルミネーションが目立ち始める頃で風も冷たい完全な冬である。ブーツにコートが目立つ街中で、彩名も類に漏れずの恰好をしていた。
 さすがに待ち合わせのメッカともいうべきところ、人の熱気がムンムンしている。最初こそ冷たい風の中、待っているのは辛いかも知れないと感じていたが、熱気が次第に身体に押し寄せてきて、背中が汗ばんで感じるくらいだった。目の前にあるビルに設置されている巨大スクリーンを見ているだけで、時間を感じさせないで済む。
 最初はそれでもあまり待たされることはないだろうと、たかをくくっていただけに、手持ち無沙汰で何をしていいか分からなかった。実際にほかの人がどんな行動をしているかということが気になっていたので見ていたが、思ったより落ち着いて待っている人たちにある意味驚かされた。
 しかし彩名も他の人から見れば平然として見えているかも知れない。人を待つということに慣れていないだけで、イライラしているわけでもなく、こんなところで取り乱すような女でもない。きっとまわりの人もそうなのだろう。
――皆、気持ちよりも表に出ている態度は落ち着いているに違いない――
 人を見ることで自分を見つめなおすということもある。彩名は感心しながら、まわりを見ていた。
 さすがに女性が男性を待つ姿が多く見られる。いや、彩名のように女性が女性を待つパターンもあるだろう。とにかく女性の多さにはビックリさせられた。
 足早に歩いているサラリーマンの姿が目に付く。さすが年の瀬である。サラリーマンには立ち止まっている時間などないと言わんべく、いそいそと歩き去る姿は、彩名を少し不安にさせる。
 つい最近まで付き合っていた聡も、このサラリーマンたちのように、今忙しく立ち振る舞っているに違いない。
――聡のことを思い出すのはやめよう――
 何度、そう感じたことだったろう。別に彩名が聡に捨てられたわけでもない。お互いに嫌になったというわけでもない。どちらかというとなりゆきで別れたと言っても過言ではないかも知れない。
 聡は一言で言えばプレイボーイだった。背も高く、恰好もいい。女性からもてるタイプとして最初に思い浮かぶ男性であろう。
 彩名はそのことに別れてから気づいた。付き合っている時に他の女性が聡を見つめる目を見た時、
――どうしてそんなギラギラした興味津々の目で見るのだろう――
 と不思議に思っていた。だが、隣のバラは赤いということわざもあるが、自分のものであると思っている時には得てして感じないものなのかも知れない。
 しかも興味津々の目が次第に隠微なものに見えてきて、あさましさを含んでいるように思えると彩名は少し寂しくなってきた。別に寂しくなる必要もなく、何に寂しさを感じているか自体、自分でも分かっていなかったが、きっと皆同じ表情で見つめていることに寂しさを感じているのだろう。
 その他大勢というのを一番嫌う彩名である。
 一人の人を独占したいと思うよりも、その他大勢が嫌だという気持ちが強いのも彩名の性格のひとつである。
 聡は実に真面目な性格の男性だった。普通にしていればもてるので、浮気の一つや二つは覚悟しても仕方なかったのだろうが、聡に限って浮気という文字はなかった。彩名にとって安心できることではあったが、心の底では本当に安心していたかどうか、自分でも分からない。
 特に安心してしまうと甘えが出てしまうことがある彩名だった。普段はよほどのことがない限り甘えを表に出さない女性として有名である。少なくとも人が見えるところだけは甘えという言葉がまったく似合わない女性であった。逆に一旦崩れると、どこまで崩れるか分からないという意見があるのも事実で、それは彩名自身、自覚していることでもあった。
――聡は私にとってどんな男性だったのだろう――
 聡のどこに惹かれたかということを考えると、きっと真面目で実直なところに惹かれたのだろう。しかし、別れる原因がどこにあったかと聞かれれば、やはり真面目で実直なところと答えるに違いない。
 人間の性格にしてもそうだ。
――短所は長所と紙一重――
 という言葉を彩名は何度か繰り返して言ってみた。野球を見るのが好きな彩名は、実生活のことを時々野球に例えて考えることがある。今でこそ女性ファンが増えたプロ野球であるが、彩名は小学生の頃から男の子に混じって野球を見ていた。その頃はまだスポーツニュースで女性キャスターがいたりするのも希だったので、女性ファンがあまりいなかった時代である。彩名は自分で女性ファンのパイオニアとまで思っているくらいである。
 彩名はパイオニアという言葉が好きである。どんなことでも最初に始めたり、開発した人が偉いのだ。それからどんなに改良されて素晴らしいものができたとしても、パイオニアには敵わないと思っている。
 そんな中で彩名にとって、教訓もかなり野球から受け入れられている。例えば、この長所短所が紙一重だということもそうである。これを考える時の彩名は投手の心理になっていることだろう。投手の目から打者を見た時、捕手の目からでも同じなのかも知れないが、
――得意なコースのすぐ近くにウイークポイントがあるものだ――
 という言葉が頭をよぎるのである。
 まさしく短所は長所と紙一重なのだ。短所の長所の裏側に潜んでいて、長所としてみている時は短所が隠れてしまっていて、短所としてみる時は長所が隠れてしまいがちなのかも知れない。それだけに相手を誤解してしまうような危険性も含んでいる。
 聡と付き合い始めた時、彩名は長所しか見ていなかった。それは彩名に限ったことではないかも知れない。だが、特に彩名は思い込みが激しい方である。長所として見えた部分があれば、そこしか見えていない。自分の中で長所を勝手に増幅させて、相手を自分好みに仕上げてしまう癖もあるのだ。
 それが悪いとは思っていない。確かに相手を見失うことになりかねないとも思うが、それでもなるべく相手に近づきたいと思ってい続けることができるからだ。それでも時々、視野が狭くなることを懸念しもいたりする。それなりに自己分析もできる女だと彩名は自分では感じている。
 最初はそれでもよかった。
 自分にはできすぎるくらいの男だという目で聡を見ていたのだ。実際、聡は知的で教養もあり、その上優しくて、彩名を有頂天にさせてくれた。すべてを聡に委ねられるほど、男というものを信頼していない彩名だったが、聡にはすべてを委ねられる人という印象を強く持っていた。
作品名:短編集18(過去作品) 作家名:森本晃次