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短編集18(過去作品)

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 いつもであれば車のライトは鬱陶しいばかりである。無謀運転の車に何度腹を立てたことか、これも私の性格が許すことの出来ない一つだ。
――相手からは私が見えているのに、こちらから見えないなんて――
 腹を立てながら、納得できないことを漠然と考えている。きっと、いつも歩きながらいろいろなことを考えているため、考えがまわらないのだろう。
 お濠があったところから夏みかんジュースの店まで百メートルくらいのものだっただろう。その間にすれ違った車もわずか二、三台、まだ六時前だというのに、まるで深夜を思わせた。
 店に近づいてくると、何やら店から出てくる集団に気付いた。五名いて、自転車に跨っている。
――さっきの連中だ。またすれ違いだな――
 彼らとはよほど縁がないらしい。そういえば、最初にここで追い抜かされてから、彼らの顔を一度も確認していなかった。西日が眩しく見えなかったり、上から見た時は、影の長さに気を取られて、小さく感じてしまったことで確認できなかった。まるで私に確認させることを拒絶しているかのようだった。
 きっと私の顔は苦笑いをしているに違いない。彼らと出会い、城の中での風景を見ることで、一時間も経っていないにもかかわらず、亡くなった友達、学生時代好きだった女性、そして、今気になっている由里……、いろいろな人を思い出した。
 これが旅の醍醐味なのかも知れない。
 今まで旅行に行く楽しみというのを忘れていたような気がする。この旅の目的の半分は、本当の旅の醍醐味を探すことではなかっただろうか。それを今見つけたような気がする。旅というのは大袈裟だが、「人生の縮図」のようなものなのだろう。
 店に入ると懐かしさを感じる。「カランカラン」という乾いた鐘の音を聞いたからで、店の外から見た時に壁を伝う蔦を見ていると、いかにも維新の元勲を生み出した土地であると、レトロな雰囲気を感じる。
 木目調の壁に木目調の椅子やテーブル、まさしく表から想像できるものだった。中は暖房で暖かく、木の香りが漂ってきそうだった。
「夏みかんジュースを下さい」
「はい、かしこまりました」
 奥から女性が一人、お冷を運んでくれた。少し年配の女性であるが、大学時代に近くの喫茶店を経営していた、「学生贔屓のおばちゃん」を思い出した。学生時代によく出かけた観光地では、決して「おばちゃん」がやっている喫茶店は珍しくなく、却って安堵感を与えてくれる。
――学生時代に来た時もこのおばちゃんだったのかな?
 店の雰囲気をかすかに覚えているだけなので、その時にいた人を覚えているわけもない。特に人の顔を覚えることが苦手な私である、あれから十年以上も経っているのだ。
 しかし、それでも何となく見覚えがあった。店のレトロな雰囲気に、あまりにも似合っているからだろう。ゆっくりと見つめると、雰囲気に溶け込んでいくおばちゃんを感じることができた。
「お待たせしました」
 小さな木でできたお盆に、ワイングラスのようなものに入った夏みかんジュースが運ばれてきた。オレンジジュースよりもかなり薄い色で、表面が泡立っているように見える。表面から湯気が出ていて、そのまま触るとやけどしそうだった。
 ストローを口に含んで一口吸い込んでみる。
 喉が鳴る音が響いて少し恥ずかしかったが、それだけ店内は静寂の中にあった。
「ふう」
 やっと落ち着いた。思わず漏れた溜息に対しては恥ずかしく感じなかったのはなぜだろう? 一息ついて目を閉じた。すると店の雰囲気が瞼の裏に浮かんでくる。
――やっぱり覚えているものだな――
 十数年の月日が経っても、ここは何ら変わりなかった。瞼の裏に浮かんだ光景は高校時代に感じたものである。あの時も同じ窓際の席に座り、表を見ていたような気がする。季節が違いこそすれ、暖かい夏みかんジュースの味は覚えていたのだ。
 もう一息飲み込んでみる。
――そういえば、ここに雑記帳があったな――
 高校の時に、ここで書いたのを思い出した。まだあのノートはあるのだろうか?
 目を開けて出窓になっている窓ガラスを見ると、その横に立てかけてあるノートが置いてあった。それを見る限り、奥の方はかなりくたびれていて、年代別に置かれていることに気が付いた。
 全部を手にとってみる。
「平成元年、平成元年……」
 それが修学旅行の年だった。
「あった」
 懐かしさで手が震えると言えば大袈裟だろうか?
 ペラペラ捲ってみると、さすがに寄せ書き、大きな文字からアリが這うような小さな文字、しっかりした文字から丸文字までとさまざまである。
 だんだん思い出してきた。確か真ん中あたりのページだった気がする。
 捲っていくと、そこには見覚えのある字、まさしく自分が書いたものだった。最近はワープロばかりで手書きなどしたことがないだけに、自分の字だとすぐに分かった。もしずっと手書きでいたならば、今は少し字の書き方も違っていただろう。
 私は自分の書いた内容を読みながら震えていた。懐かしさというよりも、半分恐ろしさもある。
――僕はこれをもう一度見ることがあるんだろうな――
 内容は将来の自分に当てたものだ。
 この言葉に引っかかったのである。
――その時はきっと何か選択できずに迷っている時で、これを見てびっくりしているかも知れない。だが、僕は決断すると思う。迷っているってことはある程度決めていて、最後の段階で決断できないだけなんだと思う。もっと自分に自信を持ちなさい。そしてこれを見た将来の僕に言いたい。「僕が背中を押してあげるよ……」――
 私は由里との結婚を迷っている。将来への不安というよりも、自分自身の性格を考えてのことだ。この旅行の目的のもう一つは、由里とのことを考えることだった。今日は旅の醍醐味を思い出し、それで明日由里のことを考えようと思っていたのだ。
 しかし、まさか十数年前の自分に背中を押されることになるなんて……。
 私が由里との結婚を決意したのはこの時だったに他ならない。

「へぇ、そうなの。面白い話ね」
 結婚して数年して由里に話した。すでに子供が生まれ、暖かい家庭を築き始めた時である。
「うん、そうなんだ。でも不思議な話だろう?」
 私が不思議だと思ったのは、物忘れの激しい私が情景が浮かんできそうなまでの説明を由里にできたことだった。
「ええ、そうね。でも、私もそういえば思い出があるのよ」
 由里はニコニコしながら、その裏に含みのある少し妖艶な笑みを浮かべた。
「どんなだい?」
「私も大学時代にね。萩には行ったの。その時に数人の人たちとお友達になってレンタサイクルを借りたのね」
 固唾を呑んで聞き入っていた。
「その時に萩城跡のお濠の外から城壁の上を見たの。夕日が眩しい時にね。その時に誰かがこちらを見ていたのよ……」
 私はもう何も言えなくなっていた……。

                (  完  )


作品名:短編集18(過去作品) 作家名:森本晃次