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短編集18(過去作品)

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 彼らの身体が豆粒のように見えるにもかかわらず、足元から伸びている影が異様に大きい。しかも立体感を感じてしまうのは、先ほど下で自分の影に感じたのと同じである。同じ高さから人の影を見ると歪に見えるのだが、彼らと太陽の間に位置している私から見ると、足元から伸びている影が綺麗に見える。彼らそれぞれの輪郭を原寸大に映し出していることだろう。
――気持ち悪いな――
 平面に横たわる巨大な黒子、そこには表情もなく、感情もない。ただ蠢いているのが見えるだけだ。少しだけ立体感を感じるということも気持ち悪さを増幅しているような気がする。
 彼らは先ほどこの上から見下ろしていた時、私を見ていたのだろうか?
 下から見上げている分には分からないが、上から見ていると見られているような気がして仕方ない。まるでマジックミラーのような感覚である。
 彼らは記念撮影のようなことをしていたが、私はそのまま奥へと向かい、城跡を見学していた。
 撮影ポイントを見つけては、時々立ち止まっている。完全に木々は葉を落としているが、城壁の冷たい壁をバックに微動だにしない木々を見ていると、つい立ち止まってしまう。
 歩いていくうちに次第に寒さを身に染みて感じるようになっていた。さっきまでは晴れていたにもかかわらず、冬特有の分厚い雲が天空に張り巡らされて、完全に夕日を隠した。影を感じることができないほど、あたりを薄暗がりが包んだが、木々の下はさらに暗く、暗黒の世界を暗示しているかのようだった。
 学生時代に友達と行ったところで、これと似たようなところを見たような記憶がある。それがいつどこでだったのかなど、ハッキリと覚えていないのが悔しい。少なくとも私が親友だと思っていた友達と行った記憶はあるのだが、ある日を境に友達との記憶が薄れていくのを自覚したことがあった。
 実は友達は半年前に亡くなっていた。
 友達のお姉さんから連絡を貰い、ビックリして告別式に参列したのだが、告別式でじっと座って考えている時、予感があったことを思い出していたようだ。
 しかしさすがに亡くなるとまでは思っていなかったので、訃報を聞くまで自覚があったなど、想像もしていなかった。
「えっ、まさか」
 お姉さんからの電話にビックリして思わず受話器を落としそうなくらい眩暈を感じていたのだが、それが本当に青天の霹靂による驚きだったのかということを、告別式で考えていたのだ。
 遠くでお経を唱える声が聞こえ、線香の匂いが漂ってくる。完全に普段とは違う自分がそこにいることは分かっていた。頭を下げ、神妙にしている。しかし頭の中ではいろいろな思い出が駆け巡り、その中で木々の下に見える暗黒を不気味だと感じたことを思い出していた。
「最後のお別れをどうぞ」
 葬祭ディレクターの人が静かに語る。それまで神妙にしていた人達の間からもすすり泣く声が聞こえ、私も思わず目が潤んでくるのが分かった。
――最後の――
 という言葉が一番胸を打つ。抑えていた気持ちが抑えられない時、連鎖反応は起こるのだ。そしてその時だっただろう。私が我に返ったのは……。
――思い出はもっといっぱいあったはずなのに――
 そう感じるほど、木々の下の暗闇は印象的だった。他にも思い出したかも知れないが、忘れてしまっていて、覚えているのがそれだけなのだ。
 灰になってしまった友達を見ると、実に虚しくなった。その日はさすがに自分が自分でなくなったような気がしていて、友達と数年も会っていなかったなど信じられないくらいである。
 その日は夢を見たのだろうか?
 いつの間に寝ていたのか、気が付いたら布団の中で目を覚ました。日差しが差し込んでくるところを見れば、昼近くになっていたのかも知れない。日曜なのは分かっていたので慌てることはなかったが、日曜でもそんな時間まで寝ることのない私なので、熟睡していたのだろう。
――友達が死んだこと自体が夢だったのでは――
 まず最初に考えたことだ。しかし、耳に残ったお経の声と、身体に染み付いている線香の匂いが夢ではなかったことを証明している。
 私の中に自閉症を感じるようになったのは、それからだっただろう。
 普段はまわりに人がいないと寂しいのだが、ふとした時に人がいること自体、煩わしく感じる。それは鬱状態に陥った時に感じる億劫な気持ちとは少し違う。
 鬱状態に陥る時は自分でも分かっていて、しかも時がくれば元に戻るのを自覚しているのだ。
 しかし、自閉症が顔を出した時は、そんな自覚などまったくない。孤独というのを感じるわけではなく、出口が見えるわけでもない。漠然とした感覚があるだけで、掴みどころがなく、自分でどうすることもできない。
 しばし暗がりを見つめていたが、それがどれくらいの時間だったか分からない。一瞬、告別式での自分が出てきたような気分になり、すぐに消えたのも分かっている。だが、なぜ今さら思い出すのか分からずにただ見つめている暗がりが、私に何も語りかけてくれないかのように、まったく動くことのない空間を作っていた。
 思わず座り込んで見つめていたが、我に返り立ち上がると、軽い立ちくらみを覚えた。眩暈までは行かないが、目の前をクモの巣のような線が入るのを感じた。
「お前は相変わらず不器用だな」
 亡くなった友達が時々言っていた。
「不器用って何が?」
 思い当たるふしはいくらでもある。一つ思い当たることが頭に浮かべば、連鎖的にいろいろなふしが思い浮かぶのだ。
「女に関してだよ」
 やはりそんなことだろうと思った。一番自分の性格が表に出るところなので、彼以外にも同じことを私に感じている人がいたかも知れない。
 しかし、連鎖的に頭に浮かんでくるのは今までになかったことだった。
 いつ頃から思い浮かぶようになったかというと……、そう、友達が亡くなってからのことだった。
 それからの私は極度な鬱病のようなものに掛かってしまった。厳密には鬱病ではないだろう。
 それまで自分が頑固な性格だと知らなかった。いや、知っていたかも知れないが、頑固な性格が決して悪いことだとは思っていなかったのだ。人からアドバイスを受けても、何となく責められているような気持ちが強く、
――まあいいや、適当に聞き流せ――
 と感じ、真剣には聞かなかった。その場をいつもそんな気持ちで流していたのも、他で自信が持てるところがあるからだろう。
「長所と短所は紙一重」
 というではないか。短所を直すことより、長所を伸ばすことで、短所が補えればそれでいいと感じている。「不器用」というのも短所かも知れないが、私は直そうと考えたことはない。それが自分の性格であり、下手に直すことで長所を損なってしまうことを恐れるのだ。
 だが最近は少し違ってきた。短所を隠そうとしているだけではないかと思うようになったからである。確かに人から言われて自分の性格なので譲れないところも結構ある。自分が受け入れなければならないところに目を瞑るのにも限界があるのかも知れない。自分の中で精神的に理不尽に感じること、イライラしてくると我を忘れるタイプの私には、きついこともあった。
――何でこんなに苦しいんだろう――
作品名:短編集18(過去作品) 作家名:森本晃次