「透明人間」と「一日完結型人間」
「それが国家単位になると、政府同士の会談だったり、政府内の決めごとだったり、世界共通の平和のための設立機関だったりするわけですよね。考えてもみてください。新聞が書く記事がなくて休刊になったり、ページ数がいきなり減ったりすることはないでしょう? 必ずと言っていいほど、毎日一面を飾るにふさわしいニュースが起こっている。それだけ人が増えてくるといろいろな紛争やもめごとが多くなるというわけです。しかも、一人が二人になったから単純に倍になるというような単純なものではなく、人数が増えるほど、関係が複雑になってきて、その分、もめ事も増えるはずです。それを一つ一つ解決することは度台無理なことであって、落とし所をどこにするかで決まることが多いんじゃないですか?」
彼のいうことはもっともだった。
亜衣も彼の言っていることを理解しているつもりだったが、果たしていつも頭の中にあっただろうか? 急に思い立ったように感じるだけで、その都度感じてすぐに忘れてしまう。
――それが人間なんだ――
と亜衣は感じていた。
「今までの歴史の中で繰り広げられてきた戦争というのは、仕方がなかったと言っているように聞こえますが?」
「この問題は究極の問題を孕んでいるので、余計なことを軽々しくは言えません。そこは忖度してください」
正直者の彼も、さすがにここでは口をつぐんでしまった。
「分かりました」
と亜衣は答えたが、
「でも、向こうの世界、つまり僕のいた世界でも、もちろん歴史の流れはありますが、こっちの世界の影響を受けていることも間違いないんです。ある意味、こちらの世界が反面教師になっているといっても過言ではないんです」
「あれ? おかしくないですか?」
「というと?」
「あなたはさっき、あなたのいた世界が近未来だとおっしゃいましたよね。それなのに、こちらの時代の影響を未来のあなたが受けているんですか?」
「僕が受けている時代は、この世界の未来のことなんです。僕がここに現れたのは、別に今自分が受けている世界を見に来たわけではないんです」
「当然何か目的があってこっちに来られたんですよね? 今までのお話を窺っていると、未来に起こることを何とかしないと、あなたの世界におかしな影響が起こるということになるんですよね?」
「端的にいえば、そういうことですね。でも、これはあくまで僕個人の問題であって、世間レベルではないんです。だから、本当はいけないことになるんでしょうが、僕はそれを敢えて何とかしなければと感じたんです。そのために、まずはいろいろなことを調べてからになると思い、ある程度のことは調べてきました。今ここで話すわけにはいきませんが、あなたの将来のこと、あなたのまわりの将来のこと、そして、この世界の将来のこと、いろいろ調べてきました」
そう言って嘯いている彼の表情は真剣そのものだった。元々、正直者だという意識が強かったのでそれほどビックリはしなかったが、今まで知っている中で彼のような人間を見たことがないだけに、ビックリさせられても不思議はなかった。
「ところで、あなたを見ていると、私は本当に正直者だという印象が強いんですが、あなたの次元の世界の人って、そういう人が多いんですか?」
彼はニッコリと笑って、
「そうですね。正直者が多いと思います。昔はそんなことはなかったんですよ。人を欺くことを何とも思わない人だったり、欺かなければ自分が騙されてしまうという発想が蔓延している時代が長く続いたりしていたようなんです」
「それはあなたの世界の理念が変わったということなんですか? あなたの次元の歴史によって変わったと考えていいんでしょうか?」
「時代が変わり、人々の考えが変化していくには、残念ながらその世界のその時代の影響だけでは変えることは難しいんです。だから時代が変わったりする時には、何らかの影響があるんです。特に政権が交代する時など、クーデターが起こったりしていますよね。あれは他の世界の人間が影響を与えているからクーデターが起こるんです」
「でも、失敗もありますよね」
「それはそうです。だって、クーデターを起こされては困るという人も他の次元の人にはいるわけですから、クーデターを起こされた方にも、別の世界から影響があってしかるべきです。つまりクーデターは、別の世界から影響を受けた『代理戦争』のようなものだと言えるのではないでしょうか?」
「そうなんですね」
「僕がこの世界に来て一番ビックリしたのは、一般市民の歴史認識の低さなんです。歴史を学校で教えるというのは、実に画期的なことであるにも関わらず、当の生徒たちは歴史を真面目に勉強しようとは思わない。どうしてなんでしょうね?」
「歴史を暗記の学問だと教えられているからなんじゃないでしょうか? 年号や出来事を覚えて、教える方も、それを試験にする。時系列はただの年表であり、出来事の一つ一つがいかに結びついているかなど関係ない。そこに問題があるんじゃないかって私は思うんですよ」
「なるほど、歴史を押し付けられているという感覚なんですね?」
「ええ、その通りです」
「歴史というのは、過去の人たちが身を持って証明してきたことを、今の人が学んでいるです。その意識をしっかいり持たなければ、歴史を勉強しても、それは絵に書いた餅にしか過ぎません」
「それでも歴史を勉強しないよりはいいのでは?」
「きっと、それは歴史というものの怖さを知らないから言えるんでしょうね。僕の世界の歴史も、この世界の歴史も、そんなに違いがあるわけではないんです。しいていえば、どちらの世界も、光であり影であるんです。どちらかが表に出ている時は影になり、逆に影になってしまうと、相手が表に出てくるわけです」
「その裏表って、どういう定義なんですか?」
「これはたとえ話なので、定義というわけではないんですが、ある意味、反面教師のようなイメージで考えていただければいいのではないかと思います。我々の世界でもクーデターというものが結構起こりました。その時、どちらが正義でどちらが悪なのかというのは、その時には誰も分かりません。分かっているつもりになっていても、それは本当の回答ではなく、クーデターを起こした人たちもそのことは身に沁みていたはずなんです。その時の首謀者の言葉として、『必ず歴史が答えを出してくれる』と言っていたのが印象的でした。彼らはそうやって死んでいったんです」
「歴史は答えを出してくれたんですか?」
と、亜衣が聞くと、
「あなたはどう思いますか?」
と、逆に聞き返された。
「どうって……。時代が進んでいる限り、永遠に答えなんて出ないような気がするんですが……」
というと、彼はニッコリ笑って、
「その通りだと僕も思います。歴史が終わって初めてその時にしか答えは出ないと思います。でも歴史が終わると、その時点で答えを確認する人もいませんよね。これって実に矛盾したことであり、これこそがタイムパラドックスのような気がしませんか?」
「ええ、そうですね」
作品名:「透明人間」と「一日完結型人間」 作家名:森本晃次