「透明人間」と「一日完結型人間」
――この世界にも彼と同じ人間が存在しているのではないか?
とも考えられた。
そんな発想をしているのに、亜衣はまだタイムマシンにこだわっていた。
「タイムマシンの開発はずっと以前からされていると思っていたんですが、なかなか開発されない。そこにはSFでいうような「タイムパラドックス」のようなものが存在していて、その問題が解決されないと、タイムマシンをもし作っても、実用化されないんじゃないかって思っていました。実際はどうだったんですか?」
「その問題は確かにありました。でも、それはそれまでに開発されそうでなかなか開発されないという物理的な理論を何とかごまかすために言われていたことなんですよ。それはタイムマシンだけに限ったことではありません。ロボット開発においても同じこと。僕のいた世界でも、すでにロボットは実用化されています。もちろん、『ロボット工学三原則』や、フレーム問題のような解決しなければいけない問題を解決した上での実用化なんですけどね」
「じゃあ、タイムパラドックスも解決したと思っていいんですか?」
「解決したというわけではありません。パラドックスを孕んでいることを踏まえた上での運用をしなければいけないという縛りがあります。だから、タイムマシンには行ってはいけない場所を覚えこませて、いけるところだけでいかに問題なく行動できるかということが焦点になっています」
「それでは何ら解決にはなっていないではないですか」
「そうですね。覚えこませている部分にも限界があります。要するにそれだけ理性と知識を持って行動できるかということが大切なんです」
「そんな簡単に実用を許可できる時代だったなんて」
「認可する省庁なんて、今も昔も変わりないんですよ。自分たちの都合でいかようにもできるようにする。歴史が証明しているじゃないですか」
「そうですよね。金や権力がいつの世だって強いんですよね。モラルや理性なんてどこにあるというんでしょう」
「そこに関しては僕も同じです。時代が変わっても人間に変わりはない。いかに時代の流れに乗れるかどうかということですね」
「あなたはタイムマシンを使うのは何度目なんですか?」
「何回か使用したことがあります。でもそれは自分の人生を顧みた時、今の自分の根本がどこから来ているのかという素朴な疑問をまず感じて、一度過去に行った時の自分を見て、さらに過去に遡って疑問を解決したいと思う気持ちが強まりました。タイムマシンを使うほどに、どんどん真剣になっていった気がします」
「この時代に来たのは偶然というわけではないんですね?」
「ええ、僕の先祖は、それぞれの代に、いくつかのターニングポイントを持っています。僕はその人それぞれのターニングポイントを遡るのではなく、過去から未来に見つめていこうと思っているんです」
「私にもいくつかのターニングポイントがあるわけですね」
「ええ、そうです」
「じゃあ、今がその第一回目だということなんでしょうか?」
「いいえ、違います。あなたには過去にもターニングポイントがありました。意識がないため、漠然としているのかも知れませんが、確かにあったんです」
「ひょっとして、小学生の時、友達が行方不明になった時のことでしょうか?」
「ええ、そうです」
あれは、小学三年生の時のことだった。
友達数人と鬼ごっこをしていて、一人の少年が見つからず、夜中大人たちが探し回ったことがあったが、翌朝、日の出を過ぎたくらいの時間に、フラリとその子が家に帰ってきたことがあった。その友達は疲れ果てていて、声を出すこともできず、大人たちは、
「落ち着くまで話を聞くのを待ってみよう」
と言っていたのだが、その子が落ち着いた時には、すでに記憶は消えていた。
どこで何をしていたのか分からない。そんな彼がじっと見つめる視線の先にはいつも亜衣がいた。
「亜衣ちゃんの顔を見ていると思い出せるかも知れない」
と言っていたが、結局思い出すことはなく、亜衣もそのうちにそんなことがあったなどということを忘れてしまっていた。
しかし、なぜか定期的に思い出していた。タイミングはさまざまで、そこに共通点はなかったのである。
「この世であなたたちが知っている世界というのは、まだ四次元の世界は架空のものになっているわけですね?」
「ええ、でもあなたの今のお話を聞いていると、まるで未来からやってきたかのように聞こえるんですが、そうなんですか?」
「今、亜衣さんが未来だと思っている感覚は少し違っていると思います。どちらかというとパラレルワールドに近いんですよ。ただ、未来であることには変わりないと思います。でも、考えておられるイメージとはいまいち違っているんです」
「言っている意味がよく分かりません」
亜衣が分からないと言っている言葉の意味を知ってか知らずか、男は話を続けた。
「タイムマシンという言葉とは少し違いますね。時間を飛び越えたわけではなく、次元を飛び越えたと言っていいと思います。ただ、タイムマシンという言葉もあながち間違いではないんですよ。僕の存在は今ここにいる時間とは違った時間で違う次元に存在しているんです」
「ということは、あなたは次元と時間を一緒に飛び越えたというわけですか?」
「そういうことになりますが、厳密には違います。次元と時間は一緒には飛び越えられないんです。どちらかを先に行って、どちらかを後に行う。その順番はどちらが最初でも構わないんですが、元いたところに戻ると時には、その逆をしなければいけません」
「あなたは、どうやって来られたんですか?」
「僕は、まず次元を最初に飛び越えてから、時間を超えました。なぜなら、先に過去に来てしまうと、その世界の過去を変えてしまうかも知れないと思ったからです。最初に未来の世界に到達し、すぐに過去に向かえば、その問題はないからですね」
「戻る時は逆になるから、やはり問題になるんじゃないんですか?」
「ええ、でも、先に時間を超えるのは未来に対してなので、過去で起こしたことが影響しているのかどうか分からないでしょう。それであれば問題ないんです」
「それって証明されているんですか?」
「ええ、僕たちの世界では証明されています。近未来であっても、あなたたちのこの世界よりも数百年ほど科学の進歩はあるんです。ただ、それもこちらの時代がすべてベースになっているので、向こうの世界からは、絶えずこちらの時代を見張っている部署があるんです」
「じゃあ、ずっと守られてきた世界だということですか?」
「そうですね。でも、すべてをいい方に導くことは不可能です」
「どうしてですか?」
「だって、あなたたちも個人で各々が生きているわけではないでしょう? 少なくとも誰かに関わって生きているわけですよね。つまりは人が増えれば増えるほど、何かが起こった時、その人たちのすべてを満足させることができる解決方法なんてないわけでしょう?」
「確かにそうですよね。必ずどこかで妥協のようなものがあって、落とし所を探しているわけですよね。そのために話し合ったりするわけですからね」
作品名:「透明人間」と「一日完結型人間」 作家名:森本晃次